第9話 谷を抜け、村へ
岩と砂ばかりの渓谷を行く。崖下の急流を見て、ボスはどうなっただろうかと考えた。この川はイール大河に合流するから、いずれは王都に流れ着くのだろうけれど……
このあたりの道はまるで整備されておらず、馬車も通れそうにない。ただの岩肌を道と言い張っているような状態だ。時折、鳥の鳴く声が天高く響き、寂しい。
そんな道をずいぶん歩いて、日が傾いてきた。ケニーはすいすいと歩いて行く。子供とは思えない健脚だ。
不安になり、私はケニーに尋ねた。
「村はまだ遠いのですか」
「もう少しだよ」
先を歩くケニーは、振り向いたまま話し続ける。
「それにしても、イリス姉さんはすんげえや。おいらについてこられるなんて。結構急いだのに」
「すごいのはケニーです。まだ幼いのに、こんな険しい道を歩けるなんて」
「へへ。おいら、鍛えてるから」
「けれど、ひとり歩きは感心しません。どうしてあなたはひとりで王都まで来たのですか。あなたの家族や村の大人はなぜ来ないのですか」
「村には大人があんまりいないんだ。おいらは村の子供の中で一番強いから、任されたんだよ」
「任されたって……ケニー、あなたはまだ10歳くらいでしょう。それなのに、ひとりで王都に行かせるなんて」
「ええっ? おいら、そんなガキに見える? もう13なんだけどな」
本当に13歳なのだとしたら、あまりにも発育が悪い。背は低いし、手足も細すぎるように思う。
「なあ、イリス姉さん」
ケニーは、急に改まったようすを見せた。
「明日、村で祭りがあるんだ。おいらの荷物、その祭りで出す料理でさ。荷物運びを手伝ってもらったから、イリス姉さんにも祭りに参加してほしいんだ」
「えっ」
「だからさ……村からまた都に戻ったら夜中になっちゃうし、今日は村に泊まってってくれよ」
村に泊めてもらって、さらに祭りにまで参加するなんて、部外者が図々しすぎないだろうか。祭りの雰囲気に水を差してしまいそうだ。
「……ダメか?」
ケニーの瞳は真剣だ。彼なりのお礼なのかもしれない。仮に私がケニーの立場だったら、何もしないのは気が咎めるだろう。そう考えれば、彼の厚意を無下にする気にはなれなかった。
「それは、ケニーからのご招待、ということでしょうか」
「う、うん! そう!」
「では、お受けいたします」
「やったー!」
ケニーはぐっとガッツポーズをした。嬉しそうな彼につられて、私の顔もほころんだ。思えば、今日は笑顔になることが多かった。
「イリス姉さん、笑ってるほうがいいよ」
「そうですね。笑うと健康になると言いますし」
「……うーん!」
ケニーは笑顔のまま眉間に皺を寄せた。不思議な表情だ。私はなにかおかしなことを言っただろうか。
* * * * *
さらにしばらく歩くと、だんだんと足元に緑が増えてきた。低木が見え始め、森となり、せせらぎに葉擦れの音が混じる。小川に沿って腰高の街灯が設置されていて、ケニーの住む村が近いことが知れたが、どれも灯は消えていた。夕日に照らされた森は明るいが、日が落ちれば暗闇に閉ざされてしまうだろう。
「あそこを越えればもう少しだよ」
ケニーが指さす先に、壊れかけた木製の門がある。
その先に、湖が広がっていた。周りをぐるっと囲む断崖から、何本もの川が流れ込んでいる。これまで歩いてきた殺風景な谷とは、空気の味も匂いも違った。なんて、綺麗な景色だろう。
少し先を見やると、湖畔に家々が集まっている一帯があった。そこがケニーの村に違いない。
きっと、美しい村だろう。無邪気にもそう考えていた。
* * * * *
小さな村だった。土がむき出した広場を中心に、木造の家が円を描くように建っている。祭りの準備はすでに終わっているのだろう、広場は質素ながら明るい色の草花で飾られていて、ハレの空気が漂っている。
けれど……
「都とくらべたら、ぼろっちい村なんだ」
ケニーはそんな風に言ったけれど、ぼろっちいなんて、この村にふさわしい表現ではない。
これは、無惨と言うべきありさまだ。
地面や家屋に色濃く残るのは戦いの痕。ひどくえぐれた地面。木の壁には魔物の爪痕らしき傷。中ほどで折れた大木……
「こんなんだけど、奥にある屋敷は綺麗だし、おいらもそこに住んでるんだ。イリス姉さんの分のベッドもちゃんとあるから、安心してよ」
広場で立ち尽くす私に、そうケニーは言った。
返答したくても、声が出ない。
この荒れようは明らかに、この村が魔王軍の襲撃に遭ったことを物語っている。村に大人があまりおらず、ケニーのような子供がひとりで王都までお使いに行かねばならない、その理由は……もう、考えるまでもなかった。
「ケニー!」
赤く燃える夕日のほうから、女性の声がした。
「ああ、ケニー! よかったですわ!」
息を切らして走ってきたのは、大きな赤いリボンをした金髪の少女だった。
「お父様から、あなたがひとりで王都へ行ったと聞いて、心配していましたのよ」
金髪の少女は、ケニーをぎゅっと抱きしめた。
「ア、アン姉ちゃん! 恥ずいからやめてよ!」
「おかえりなさい、ケニー」
アンと呼ばれた少女はケニーを離さない。本当に心配していたのだろうことが、態度にありありと表れている。
「……ただいま」
その言葉を待っていたのか、アンはようやく手を離した。
「ケニー、こちらの方は?」
アンは私を見る。ニーナに言われたことを思い出して、本名は名乗らずにおく。
「イリスと申します」
「アン姉ちゃん。この人、お使いの途中で困ってたおいらを助けてくれたんだ。お礼にお祭りの料理をごちそうしたいんだけど、いい?」
「……」
アンは私をじっと見つめていて、ケニーに答えない。
「え、もしかしてダメだった……?」
ケニーの焦った声に気づいてか、アンはハッとして首を振った。
「ダメではありませんわ。ケニーの恩人なら……」
そう言いながら、アンはまだ私を見つめている。品定めするような不躾な視線ではない。ただ驚いているような、そんな目だ。
「アン、とお呼びすればよいでしょうか」
「は、はい。わたくしはアン。ケニーの姉です。立ち話もなんですから、屋敷に案内いたしますわ。こちらへ」
アンが言う屋敷とは、先ほどケニーも言っていた彼らの住まいだろう。気落ちしているのを悟られないよう、私は努めてしゃんと歩く。
――滅びかけた村に、そのまま住んでいる人々がいる。
魔王を倒しただけでは、平和が訪れたとは言えないのかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます