第8話 混血の教育係

 先ほどはひとりでボスを追った道を、今度はケニーと二人で歩く。先導するケニーについて行くうちに、私は困ったことに気がついた。このままだと普通に南門を通ってしまう――守衛に見つかってしまう。ケニーにどう説明すべきか悩んでいると、


「なあ、イリス姉さん。あの人、もしかして姉さんの知り合いか? こっち見てるけど」


 と、南門のそばに立つ男性を指さした。

 黒い髪に黒い瞳、宮廷学者の白衣、そして少し尖った耳――あれはどう見ても、ジュードだ。

 近づいてくる彼は、険しい顔をしている。当然、怒っているだろう。今日の授業を怠け、誰にも告げず城を抜け出したのだから。


「どちらへ行かれるのですか?」


 けれど、正直に答える以外にない。


「こちらのケニーを、彼の村まで送ります」

「ふうむ……」


 ジュードにじっと見つめられ、ケニーは緊張している。無理もないと思う。ジュードの瞳には、何もかもを見抜きそうな理知の光がきらめいていて、毎日会っている私でさえドキッとすることがあるくらいなのだから。


「あなたと、けがをした特徴なき人の少年が一緒にいる。だいたい察しましたよ」


 ジュードは片手で黒髪をくしゃくしゃにして、そして、困り眉で微笑んだ。


「僕が止めたところで、お戻りにはならないでしょう?」

「はい……」


 ふーっと、ジュードは細く長い息を吐いた。聡明な彼からしたら、私はひどく愚かに見えるだろう。失望されても仕方がない――


「では、こちらは当座のお小遣いです」

「えっ……」


 ジュードは懐から革袋を取り出して、私の手に握らせた。ずっしりと重い。中には銀貨がぎっしり入っていた。そうだ、お金を持ってきていなかったのだ。忘れていた。


「大叔父が言うには、今、王都にはガラの悪い者が増えていて、治安も悪化傾向にあるそうです」


 ジュードの大叔父とは、フラドナグのことだ。ジュードはフラドナグの兄の孫らしい。


「でも、大丈夫です」


 ジュードはケニーの前にしゃがみ、目の高さを合わせて優しく言った。


「イリス様はとてもお強い方です。君は安心してイリス様に任せるとよいでしょう」

「は、はい」

「まったくもう。イリス様を焚きつけたのは、どうせ大叔父でしょうけど。宮中で尻拭いをするのは僕なんだよなあ……」

「あの、ジュード」

「はい、なんでしょうか」

「私を連れ戻しに来たわけではないのですか」


 ジュードはゆっくりと立ち上がり、私を見た。


「僕はただ、イリス様にお元気でいてほしい。教育係という僕の立場では、それ以上は言えません。外に出てしまったからには、新鮮な空気を胸いっぱいに吸ってきてほしいとか、そんなことは言ってはいけないんです」

「……今朝、フラドナグにも似たようなことを言われました」

「ああ、やっぱりおじさんのせいかあ」


 ジュードはまた、黒髪を手でくしゃくしゃにした。

 どうやら本当に、ジュードは私を連れ戻しに来たわけではないらしい。それどころか、彼は私の気持ちを汲んでくれている。ニーナと同じように、私に「元気でいてほしい」と……

 嬉しくて、自然と笑みがこぼれた。


「ジュード、ありがとう」

「……っ!」


 ジュードはなぜか一瞬身をこわばらせて、それから、あわてた様子で踵を返した。


「で、では、僕はこれで失礼します。お二人とも、くれぐれもお気をつけて」


 頭を下げてから去って行ったジュードに、小さく手を振った。


「あの兄さんは、森の人エルフなのか?」


 ジュードを見送った後、ケニーが尋ねた。


「半分はそうです」

「半分?」

特徴なき人ナーシとの混血だと聞いています」


 ナーシとは、私やケニーのような耳の丸い種族のことだ。その数の多さゆえに、“人間”という言葉がナーシだけを指していた時代があったという。


「おいら、耳のとんがった人って初めて見た」

「王都にもエルフの住民は少ないですから。大森林から町へ出てくる方は、そう多くないそうです」


 我が国の人口比率はナーシが9割、エルフと大地の人ドワーフが1割。偏りはあるものの、多種族国家だ。そうジュードに教わった。


「なら、エルフとナーシの間に生まれた人は、すんげえ少ないってこと?」

「どうでしょう……ジュード以外に混血の知り合いはいませんので、少ないのかもしれません」

「ふうん……あんな長い耳が全部真っ赤になったら、なんか熱そうだなあ」

「えっ」

「さっきの兄さんの耳……」


 そこでケニーは言葉を切って黙った。なぜ黙ってしまったのだろう。耳の長い人は初めて見たと言っていたし、ジュードのことが気になるのだろうか。


「ケニー」

「な、なに?」

「ジュードの耳は、純血の方の3分の2くらいの長さかと思います」

「……うん」


 不意にケニーは歩き出して、南門をくぐった。私も彼に続く。

 守衛はいなかった。ジュードが人払いをしてくれたのかもしれない。


 日はまだ高い。子供がひとりで歩ける距離なのだから、ケニーの住む村はそれほど遠くないだろう。

――そう思ったのだけれど、それは大きな間違いだった。


     * * * * * 


 二人のもとを去ってから、ジュードはつぶやいた。


「徒歩圏内かつ王都以南で人がまだ住んでいる集落はひとつしかありません。“戦士の村”です」

「了解」


 ジュードの声に応じた砂色の装束の男は、音もなく南門へと向かった。

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