第20話

予感はあくまで予感に過ぎなかった。


「はあああっ!!」


協会からも注目を集める有望株らしく、パク・シウはその実力を見事に証明した。


三匹のヒルが素早く移動しながら暴れ回る湿地帯を、わずか12分36秒で突破したのだ。


「はあっ、はあっ、はあっ...!」


湿地の反対側に到達したパク・シウは荒い息を吐きながら、連続して泥水を吐き出した。


ヒルの奇襲を避けるためにあちこち転げ回った結果、湿地の泥を水のように飲み込んだのだ。


「わあああ!!」


「すごい!さすが赤色判定者!」


興奮したCクラスの学生たちは歓声を上げた。


一方で、Bクラスの学生たちの反応は微妙だった。


『これが速いのか...?』


『モンスターがいると、普段より慎重に動かざるを得ないんだろうけど。』


『でもヒルの動きが思ったより派手だったな。動くたびに波紋が広がるから、あれなら気配を十分に読み取れるんじゃないか?』


『まあ確かに。ヒルよりカン・ジェヒョクの足運びの方がよっぽど静かだろう。』


Bクラスの学生たちは小声で囁き合った。


Cクラスの高揚感に水を差したくなかったからだ。


Cクラス担任が眼鏡を直しながら笑みを浮かべた。


「Bクラスの皆さんが静かなのを見るに、かなり緊張しているようですね。安心してください。シウ君はクラス内でも屈指の実力者です。皆さんがシウ君よりも良い成績を出せなくても、誰も笑ったりはしませんよ。」


「は、はい...」


これがCクラスで屈指の実力者?


Bクラスの学生たちはカン・ジェヒョクをチラチラと見た。


「お前、一体何なんだ?」と問うような視線だった。


Cクラス担任は勘違いした。


「どうやらBクラスの皆さんは、ジェヒョク君が先に挑むのを期待しているようですね?」


そりゃあ、誰がカン・ジェヒョクを好むものか。


没落貴族のくせにきっちり年金を受け取り、兄弟はクーデターを起こした犯罪者。日頃の態度も悪いとなれば、ジェヒョクを目の敵にする学生が多いのも当然だろう。


「カン・ジェヒョク。」


キム・ジンミョンがぶっきらぼうに言った。


「思い切り暴れてこい。」


「暴れるには舞台がしょぼすぎますけど。」


気のない返事をしたジェヒョクが湿地の前に立った。


ヒルが放たれた湿地の区間はおおよそ300メートルと短い。


しかし湿地に足を踏み入れた瞬間、身体が沈み込んで動きが制限される。その強烈な抵抗を振り切って移動するのは決して簡単なことではなかった。


Cクラス担任は陰険に笑った。


『うちのクラスの生徒が湿地を突破するのにかかる平均時間は16分。』


それもモンスターがいない状況での話だ。


ヒルが三匹も放たれた湿地を突破するには、2倍以上の時間が必要だろう。


だが、パク・シウはわずか12分台で突破した。


次に挑む生徒は、必然的に比較対象となり恥をかくしかない。


そしてカン・ジェヒョクはそれを我慢できないだろう。


自分を意図的に恥をかかせようとして順番をこういう風に設定したのかと、烈火のごとく怒り出すに違いない。


「フフフ...」


「ク先生?」


『ヤチャの息子を退学させることに貢献すれば、協会本社でデビューするのも夢じゃない。ほとんどの現場で主導権を握る立場になれる。』


「おい、ク先生。」


「...?」


輝かしい未来を夢見ていたCクラス担任が、ふと我に返った。


キム・ジンミョンが彼をじっと見つめていた。


「次の挑戦者はCクラスから誰を出すんですか?」


「は、まだ決める必要があるでしょうか?」


カン・ジェヒョクが戻るまでに40分はかかるはずだ。ゆっくり見物してから志願者を募ればいい話だ...ん?


Cクラス担任の顔が呆然としたものに変わった。


湿地の反対側のゴール地点。


ジェヒョクはいつの間にかそこに立っていたのだ。


泥まみれになり、いまだに息を切らしているパク・シウの横に、あまりにも平然として清潔な姿で。


「ジェヒョクは既に到着しています。」


「ば、馬鹿な!」


少し目を離した隙に終わっただと? こんなの詐欺だ。


Cクラス担任は激しく否定しようとしたが、口をつぐんだ。


半ば呆然としているCクラスの生徒たちの反応を見て、言葉を飲み込んだのだ。


「ヒルじゃなくてトランポリンじゃない? ヒルの頭を踏むたびに60メートルも飛んでるけど、あれが普通か?」


「あれが本来の湿地突破法なのか…?」


「そんなわけないだろ。むやみに真似するな。ヒルに血を吸われてミイラになるぞ。」


『クソッ、カン・ジェヒョクの持つ低ランクスキルがよりによって移動系だったとはな。』


「ク先生? 具合が悪そうですが、Bクラスから進行しましょうか?」


「そ、そうしましょう。」


その後。


Bクラスの生徒たちも湿地を難なく突破した。三匹の湿地ヒルがしつこく妨害したにもかかわらず、平均10分でクリアしたのだ。


特にパク・ヘリンは途中でヒルを踏んで飛び上がることに成功し、わずか6分で目的地に到達した。


「おお、なかなかやるじゃん。」


カン・ジェヒョクさえもヘリンを称賛した。普段から彼女には優しい態度を取っていたが、それも欠点が見当たらない生徒だったからだ。


しかし、イ・ジンソンとトゥベスは勝手な誤解をしていた。


「あの悪魔みたいな奴も顔を見るんだな。」


「パク・ヘリン、確かに美人だもんな。家柄もいいし。」


「俺だって美人だろ?」


「は? チョン・ヘジ、お前は… うん… アッ! なぜ殴る! カン・ジェヒョクに似てきたのかよ!」


和気あいあいとしたBクラスの生徒たち。


一方、Cクラスはまるで葬式のようだった。


言葉を失った担任は木のように立ち尽くすだけで、パク・シウは屈辱のあまり顔を真っ赤にして歯ぎしりしていた。


そんな雰囲気の中では、実力を発揮する生徒はほとんどいなかった。


教師の助言や激励もなく湿地に飛び込んだCクラスの生徒たちは、ヒルに襲われたり、途中で諦めたりするのを繰り返した。


「生徒に罪はないさ。何事も師が大事だ。」


カン・ジェヒョクの鼻は天を突く勢いで高くなった。


彼が言う「師」とは、もちろん自分自身を指していた。


Bクラスの実力が優れているのは、すべて自分のおかげだと言わんばかりの態度だった。


Bクラスの生徒たちも素直にそれを認めた。合同訓練を通じて、ジェヒョクの日頃の嫌がらせが実は大きな助けになっていたことに気付いたからだ。


Cクラス担任のプライドは徹底的に踏みにじられた。


『協会出身のこの俺がギルド出身の教師より劣るというのか?』


怒りの矛先はパク・シウに向けられた。


お前が最初のボタンを掛け違えたせいで、事態がここまで悪化した。


そんな意味を込めた冷たい視線をガンガン浴びせていた。


その軽蔑の眼差しが引き金となった。


「認められるか!」


パク・シウが怒鳴り声を上げた。


「モンスターを足場にして移動してもいいって、最初から知っていたら、俺がカン・ジェヒョクに劣るわけがない!」


「イ・ジンソン。」


「え?」


「俺の記録、何分だったっけ?」


「1分7秒...」


「...」


パク・シウの口がポカンと開いた。


1分7秒?


それが学生が出せる記録だというのか? Aクラスの奴らでも難しそうだが?


いや、あいつができたなら俺にもできる。


ヒルを足場として使えば簡単なことだ。


万が一、いや、万に一つでもカン・ジェヒョクの記録を破れなかったとしても、Bクラスの他の奴らよりは早いはずだ。


『再挑戦して損をすることはない。』


「そこの奴ら! 避けろ!!」


パク・シウが湿地に飛び込もうとしたその瞬間、森の方から慌ただしい叫び声が聞こえてきた。


全員の視線がその方向に向けられ、目撃した。


なんと数十匹の湿地ヒルが群れを成して押し寄せてくる光景を!


「おお。」


ようやくまともな訓練が始まるのか?


カン・ジェヒョクが目を輝かせる一方、他の生徒たちは悲鳴を上げながら大混乱に陥った。パク・シウも同様だった。驚いてもがきながら足を滑らせ、湿地に落ちてしまった。


「た、助けて...! ぶくぶくっ!!」


「なんて見苦しい。」


カン・ジェヒョクがパク・シウを呆れた様子で見ている間に、


ドボン!


キム・ジンミョンが湿地に飛び込んだ。生徒を助けるため、反射的に体を投げ出したのだ。迷っていたCクラス担任もそれを見て、生徒たちを連れて退避した。


「しっかりしろ! 早く上がれ!」


キム・ジンミョンがパク・シウをなんとか引き上げた。


巨体の男が興奮して暴れるせいで自分の体は湿地に深く沈んでしまったが、生徒を助けるという信念のもと、気にすることはなかった。


「あ、ありがとうございます...!」


突き出た岩をつかみながらやっとのことで湿地から抜け出したシウ。


その揺れる瞳には迷いが浮かんでいた。


背後にはヒルの群れが迫ってくる状況。


このまま金ジンミョンに手を差し伸べれば、血を吸い取られて死ぬ可能性が高い。


ならば…。


「くっ…!」


両目をぎゅっとつぶり、パク・シウは急いでその場を立ち去った。


その時、不意に。


「…!」


避難中の他の学生たちとは異なり、じっとその場に立ち尽くすカン・ジェヒョクと視線が合ってしまった。


「…くそっ!とにかく生き延びないとだろ!俺が死ねば金ジンミョン先生の犠牲も水の泡になっちまうじゃないか!」


パク・シウが絶叫するように叫んだ。


恥ずかしさと罪悪感を振り払うためなのか、全力で声を張り上げた。


「誰が何か言ったか?」


カン・ジェヒョクはパク・シウを非難しなかった。


他人を助けるのは強者の特権だ。


弱者が軽率に飛び込むのは崇高な犠牲ではなく、ただの無駄死にに過ぎない。


そして、パク・シウは弱者だった。


カン・ジェヒョク自身も同じだった。


覚醒もしていない身で、数十匹ものモンスターと戦うなんて不可能の領域だ。


だが。


「そんな風に諦めてたら、どこまでも限界に囚われるだけだ。」


カン・ジェヒョクは諦めを知らなかった。


8年間、毎日限界を克服してきた。


父親の仇を討つために。


そして、貴族であるからこそ。


貴族。


強いからこそ上に立つ者。


貴族として生まれたカン・ジェヒョクには強くなる義務があった。


「カン・ジェヒョク!早く逃げろ!何してるんだ!」


まだ弱くても、上に立つ者の責任を背負う義務があった。


「先生こそ早く逃げてください。」


沼地に深くはまり、崖を登ることができない金ジンミョンに向かってカン・ジェヒョクは手を差し伸べた。


いつの間にかすぐ近くまで迫ったヒルの群れの気配が感じられたが、彼の真っ黒な瞳は静けさを湛え、落ち着き払っていた。


「つかまらないで何してるんですか?」


「ふざけるな!どこの世界に、自分の生徒を危険にさらして助けを受ける教師がいるんだ!」


「生徒じゃなく、公爵の息子だと思ってください。」


「…なんだと?」


「俺には国民を守る義務があるんです。」


一生年金で食べてきたんだから、その分の働きをしないとな。


チャプン!


キム・ジンミョンが意地を張り続けると、ジェヒョクが沼に飛び込んだ。


スパァーン!


ジェヒョクより一歩先に放たれた三筋の剣光が、キム・ジンミョンの体に張り付いていたヒルたちを弾き飛ばした。


「カン・ジェヒョク…!このバカ野郎…!」


「わかってますよ。でもどうしろって言うんですか?親父に見習ったのはこれくらいしかないんです。」


危険に陥った人を救うこと。


それはジェヒョクの体と心に刻まれた当然の行動原理だった。


奇しくもさっき、それを実感したばかりだ。


自分でも呆れたように笑うジェヒョクが、キム・ジンミョンを崖の上に放り投げた。


同時に。


ゴォォォォォォォォォォン!!


ジェヒョクの頭上に巨大な影が落ち、数十匹のヒルが沼へと降り注いできた。



【あなたの苦行に「義務」、「正義」、「犠牲」が追加されます。】


【あなたの苦行の主体であった「憎悪」、「殺意」、「復讐」と相反する概念です。】


【新しいファーストスキルの開花に大きな影響を与えます。】

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