第14話

「一つだけ聞くぞ。」




今すぐにでも拳を振り下ろしても構わない状況だった。しかし、イ・ギブクは冷静に質問を投げかけた。どうしても気になって仕方がないという様子だった。




「なぜ先輩のふりをした?新入生がどんな意図で上級生を装ったんだ?」




「はぁ?」




ペク・ドジンが反応した。カン・ジェヒョクが狂った奴だとは思っていたが、まさかここまでとは思っていなかったらしく、呆れた表情を浮かべた。




「そんなことしてないけど?」




「言い逃れする気か?俺がお前を先輩と呼んだとき否定しなかったくせに、今さら何を言ってるんだ?」




「ああ、それ?パッと見、俺のほうが強そうだったから、尊敬の意味で使う呼称だと思ってたけど?」




こいつ、本当にイカれてるな。




ジェヒョクを理解したイ・ギブクが拳をほぐし始めた。




「お前がずっとタメ口をきいてる理由も、俺より強いからってわけだな?」




「違うけど?学生同士なら普通タメ口だろ?」




「…?」




「そうだろ?俺のクラスの奴らはみんなタメ口で話してるけど?」




サジャの城は、厳密に言えば軍事機関だ。




スキルと武器術の研磨、戦術授業、地形適応訓練、モンスター討伐、低級レイド遠征など。




殺傷技術を直接教え、実行させる。




従来のどんな軍事機関と比べても、その訓練の苛烈さは群を抜いている。訓練そのものが緊急事態と見なされ、期数(入学年度)間のコミュニケーションを簡略化していた。




簡単に言えば、同級生同士では敬語を使わない文化があった。




そもそも年齢層が多様すぎて「兄さん」「姉さん」と呼び合う家系図を作っていたらきりがなかったからだ。




正直なところ、サジャの城は先輩後輩の間でもコミュニケーションの簡略化を推奨している。




学年が違っても、訓練が重なることはよくあるからだ。




特にチーム単位の訓練や大会では、学年という概念が無意味になる。




しかし、ここは大韓民国。




何百年もの間、儒教教育に支配されてきた弊害により、学生たちは先輩・後輩の序列に執着していた。




学年ごとの実力差が大きいため、後輩が自然に先輩を尊敬する理由もあった。




「考えてみたらそうだよな。学生同士がタメ口を使うくらいで、何をそんなに大騒ぎしてるんだ?」




ジェヒョクを散々狂人扱いしていたペク・ドジンが態度を変えた。ジェヒョクが学生たちにタメ口で話すことは、何の問題もなかったからだ。




「でも、3年生のふりをしたのはちょっと…やっぱりイカれてる?」




「お前、横で何なんだ?こっちが言ったり来たりしてるだけだろ?俺はそんなことしてないって言ってるだろ。」




「じゃあ終わりだな。俺たちはこれで行くぞ。」




パンパン。




判決を下したドジンがジェヒョクを連れて立ち去ろうとしたその瞬間だった。




「いくらなんでも、先輩後輩の間にはちゃんとした序列が必要だ。俺たちは1年間ずっと先輩に礼儀正しく接してきたのに、やっと入ってきた後輩がこんな態度じゃ困るだろ。」




イ・ギブクがジェヒョクの肩を掴んで引き止めた。




そもそも、30代半ばで入学したギブクだ。




自分の半分しか生きていない若造たちを先輩と敬ってきたのに、自分の番になった途端に先輩として扱われないなんて。




全く納得がいかなかった。




「伝統は守るべきだ。」




「伝統なんてクソくらえ。お前らが先輩に媚びへつらってたのは伝統のためじゃないだろ?自分たちよりはるかに若い奴に殴られて恥をかくのが怖くてビビってただけだ。」




「...ペク・ドジン、お前は昔から俺に敵対的だな。」




「そうだよ、俺はお前がマジで嫌いなんだ。外面は豪快なフリをして、実際は陰険だからな?表と裏が違う奴なんて大嫌いだ。」




「俺はお前が俺の高身長を妬んでるだけかと思ったけど。」




「ふざけんな。俺があんたくらいの歳になれば、あんたよりずっと背が高くなるに決まってるだろ?」




「それはないな。」




「無理だね。ギブク兄さんより背が高くなったら少なくとも2メートルだぞ?50センチも突然どうやって伸びるんだよ?」




「キャアアッ!」




2年生の学生たちがこっそり会話に割り込もうとすると、ペク・ドジンが癇癪を起こした。




短い手足を振り回して奮闘するドジンの襟首を掴んで引き止めたジェヒョクが、イ・ギブクに提案した。




「適当に手を打とうぜ。ギブク兄さんが先輩として敬われるべき人だと思ったら、後でちゃんと敬ってやるからさ。それでいいだろ?」




「違うな。それじゃダメだ。」




ドスン。




ただでさえ太いギブクの腕がさらに膨れ上がった。




彼は物心ついた頃からプレイヤーになることを夢見ていた。いや、もしかすると物心つく前から抱いていた夢かもしれない。




たった一つの夢のために20年以上苦労し、サジャの城に入学して着実にレベルを積み上げた彼のステータスは、2年生の中でも上位に属していた。




「俺はお前を後輩として受け入れる気はない。これからお前は俺に会うたびにガタガタ震えて頭を下げることになるだろう。」




力ある者の宣告は、絶対の予言である。




イ・ギブクの腰がしなやかに曲がった。




強い猛獣ほど狩りに全力を尽くすもの。




ドカンッ!




速く、正確に。イ・ギブクの放った拳がジェヒョクの脇腹に突き刺さった。




その威力たるや、廊下に飾られていた額縁や植木鉢がかすかに揺れるほどだった。




「はっ。」




まさか新入生を本気で殴るとは。




もちろん殴られるようなことをしたのは確かだが、下手をすれば死ぬんじゃないか?




驚いた学生たちが心配する一方で。




「興奮してるところを見ると、相当痛いところを突かれたみたいだな。」




ペク・ドジンの反応はそっけなかった。




『まさか。』




イ・ギブクは内心で舌打ちをした。




それなりの力を込めた奇襲が何かに阻まれてしまったのだから。




鞘だった。




薄いコートに隠されていた、それが。




「運が良い奴だな。」




ちょうどそこに鞘があるとは。




苦笑したイ・ギブクは再び拳を振り上げた。




拳が標的に届くまでわずか1秒ほどだろうか。




「...?」




その短い時間の間に、イ・ギブクの肌にはぞっとするような鳥肌が立った。




カン・ジェヒョクの黒い瞳に視線を引き込まれたためだった。




倦怠感、苛立ち、退屈さ。




まるで思春期の少年のようだったその真っ黒な瞳に、これまでになかった何かが蠢いていた。




あれは一体なんだった…?




『ああ。』




あれこそが、俺があれほど望んでいたものだ。




気迫と威厳。




上に立つ者の目つきを、この若き少年はすでに持ち合わせていた。




『カン家…。』




少年の名が遅れて脳裏をよぎる。




カン・ジェヒョク。




生まれながらにして高貴な者。




没落した家門の影すらも、その輝かしい血統を隠しきれないのか。




ドンッ!




悟りを開いたイ・ギブクの拳が、再び鞘に阻まれた。




「それだ。」




ゆっくりと拳を押し戻した鞘が、イ・ギブクの顎先に触れる。




だが、イ・ギブクはそれに気づかなかった。




彼がただ呆然と見つめていたのは、ずっと憧れ続けてきたその眼差しだった。




「俺を見るときは、そんな表情でなければならない。」




ささやくジェヒョクの声は深く、そして堅固だった。




イ・ギブクの心に根を張るほどに。




「覚えておけ。手加減してやったんだ。」




俺の性分じゃ、そのまま頭をぶち壊してやりたいところだが…急に変わったその眼差しが気に入った。




肩をすくめたジェヒョクがイ・ギブクを一瞥し、ペク・ドジンを急かした。




「やめて食堂に行こうぜ。腹減って死にそうだ。」




「どっちが先に着くか勝負だ。」




「子供っぽいな。」




「おい!カン・ジェヒョク!ずるい奴め!」




ドタバタと前を駆けるカン・ジェヒョクと、慌てて追いかけるペク・ドジン。




彼らが通り過ぎた後の廊下には静寂だけが残った。




イ・ギブクは半ば放心状態で、他の学生たちは状況が飲み込めず困惑していた。




普通の2年生たちから見れば、先ほどの一戦は戦いとすら呼べないものだった。




単にイ・ギブクがカン・ジェヒョクの鞘を二度叩いただけ。




年上の先輩が若々しい後輩を諭す姿に近かった。むやみに手を出さずに、うまく宥めるような。




「ギブク兄さん?大丈夫ですか?」




「…悪くはないさ。何してるんだ、早く飯でも食いに行け。」




学生たちを追い返したイ・ギブクが、顎先を伝う冷や汗を袖で拭った。袖は汗でしっとりと濡れていた。




まともに戦えば勝てるだろうか?




もちろん、今のところ勝算はある。




カン・ジェヒョクのスキルが何かは分からないが、彼はまだ新入生にすぎない。




一方、イ・ギブクのレベルは20を超えており、長い修行の末に得たスキルの威力は絶大だ。




マナ測定で赤色を示したのは伊達ではない。




イ・ギブクはA級プレイヤーになれる潜在力を持つ人物だ。




ギルドのリーダーとなる最低限の資格を備えている。




だからこそ、その地位を目指して計画を立て、実行してきた。




『だが…。』




イ・ギブクは、自分の夢が小さな井戸にすぎないことに気づいてしまった。




先ほど目撃した大海原に身を投じたいという欲望に駆られていた。




* * *




「おかしくないか?」




食事を終え、訓練場へ向かう道すがら。




もしかして黄執事から返信が来てるかもと携帯を開いたカン・ジェヒョクが愚痴をこぼした。




「なんで電話が寮でしか通じないんだ?」




「魔法工学の送信塔がすごく高いらしいよ。それで安全区域にしか設置してないんじゃない?」




「それが可笑しいんだよ。緊急事態って安全区域じゃなくて危険区域で起こるだろ?送信塔を設置するなら訓練場とかモンスターが湧く地域に設置すべきだろ。全く、税金の使い方が下手くそだよ。それも全部俺の親父が稼いだ税金のはずだし。」




「貴族ってあんまり税金払わないんじゃないの?」




「親父が守ったゲートや都市がなければ、全体の税収が減っただろ?一言言ったら十を理解しろってのに、こんな風にいちいち説明させるなよ。」




「そんなのどうでもいいから、訓練計画を教えてくれよ。」




「どうでもいいだと?どうでもいいってか?全く、最近の奴らは強大国の公爵閣下に感謝の気持ちも持たないんだから。ああ、腹立たしい。」




カン・ジェヒョクが一人でぶつぶつと愚痴をこぼしている間に、




少年たちは第三訓練場に到着した。




週末にもかかわらず、個人訓練に励む学生たちで賑わっていた。




みんな真剣だ。




訓練を適当にこなしている者は一人もいなかった。




その熱気が、ジェヒョクの士気を高めた。




『入学して本当に良かった。』




サジャの城がますます気に入る。




特にジェヒョクは、緑の髪をした少年から目を離せなかった。




派手に染めたなと思ったが、その顔立ちを見るに外国人のようだ。




「…外国人がここにいるなんてどういうことだ?」




今度は外国人にまで血税を無駄遣いしているのか?




ジェヒョクが眉をひそめたその瞬間。




視線を感じた緑髪の少年が振り向き、ジェヒョクを見つめた。




『あれ?』




ジェヒョクがぎょっとし、




「ロレン…?」




ペク・ドジンはまるで幽霊でも見たかのような顔をした。




緑髪の少年の視線が彼に向けられた。




「久しぶりだね、ドジン。」




「てめえ、このクソ野郎が…!」




「君の両親は俺の保護下で無事だ。そんなに熱くなるなよ。」




「ロレェェェェン!!」




ジェヒョクが状況を把握する間もなく、ペク・ドジンがロレンに飛びかかった。




自分の身長よりも大きな大剣を掴みながら。




必ず仕留めるつもりで。

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