第22話 決着


「上が静かになったのもテメエのせいか。はっ、ご苦労なこった」


 ま、ただと。

 オーラムはカラカラと嗤い付け加える。


「大方そいつを助けに来たんだろうが、ここに突っ込んだのは間違いだったな! 『勇者』のなり損ないが一人増えただけだろ!? オレが優位なのは何も変わらないんだよ!」


「そうだな」


 と相槌を打ってから。

 俺は目線をオーラムへと合わせる。


「だから、そんなに焦るなよ」


「あ?」


 オーラムは少しだけ、声音を上げる。

 そして、傍にいる連中を顎で指し示す。


「こいつを片付けろ、今すぐにだ」


「今すぐには無理だ。少し待ってくれ」


「テメエ、とことんナメてやがるな」


 命令通りに、騎士達はこちらに向けて構える。


 俺はラルカを抱えて、回復ヒールを使っている。

 よし、シンプルにいくか。


 増幅アンプを直列に繋げる。


火球ファイヤボール


 初級魔術だが、それは留まること無く肥大していく。


 ……!?

 疑問符を浮かべ、騎士達は後退する。


 それを俺は、天井へと飛ばしいったんこの場を離脱するつもりだった。

しかし――


 火球は、風に吹かれたかのように消える。


「こんなんでビビってんじゃねえよ」


 オーラムはつまらなそうに言う。

 その反応からして、奴がやったのは分かる。


 ……今のは、なんだ?

 魔力で消し去った訳では無い。


 吸おうとした酸素が、敵意を持って俺に反抗してくるような。

 妙な違和感を覚える。


 まあ、考えるのは後でいい。


破壊ブレイク


 今度は咄嗟に自身の真下に撃ち、その衝撃で辺り一帯は砂塵が舞う。


 一度場を離れ、安全な場所へと退く。


「……っ!」


 俺は改めて、腕の中で気を失っているラルカを見る。

 回復を掛け続けていても、傷が中々癒えない。


 どれだけの無茶をしたのか。

 オーラムと、付き従う騎士団の連中は傷なんて殆どなかった。


 何があったかは、推察できる。

 ラルカはちゃんと、六層のフロアボスを倒したのだろう。


「凄えよ、本当に」


 宣言した通りに、自身に立ち塞がる困難をきっちりと打ち砕いた。

 一度は折れてしまった俺と違って、折れること無く自身を貫いた。


「ここでいいか……」


 五層にある竪穴になっている空間に横たえる。

 中層は既に機能を停止している。

 魔物も現れないし、完全とはいえないがある程度は安全だろう。


「お疲れ様。いったん休め」


 そして、俺は踵を返す。

 決着を、付けるために。



 ◆◆◆



「オイオイマジか! 帰ってきやがった! 尻尾巻いて逃げたんじゃねえのかよ!」


 オーラムの言葉は相手にしない。

 ただ一つ、投げかける。


「最後の確認だ。もう中層攻略は終わったんだ。人間同士で争ったって仕方ないと思うんだが、お前はこれからも、こうして人を傷つけるのか? もうやめにする気はないか?」


 これは選択肢だ。

 人生の分岐点になり得る、選択を迫る。


 俺は別に、自身が最強などと思い上がっているわけではない。

 こいつの魔術は未知数だ。

 俺が死ぬ可能性だって、十分にある。


 だから俺は、敗北の可能性も含めて、覚悟を決めた。

 対して、オーラムは――


「ハッ!! 変わることなんてねえよ! やめるわけねえだろ!! お前も、ラルカも、あのババアも、殺す!! ああッ! 楽しみはまだまだあるなあ!!?」


 そうか。

 世の中には、いなくなったほうがいい人間だっている。

 知っていたことだ。


 貧民街で過ごしていたときだって、治安を維持する為の簡素な組合があった。

 禁忌を犯した人間が忽然と消えたり、そういう景色は珍しくなかった。

 俺はそういう、手を汚すようなことをしないよう、させないようエルナスおばさんがしっかりと守ってくれていたが。


 そう、守ってもらっていた。


 けれど俺はもう、しばらくは帰ってこないでいいらしいからな。

 自立したのだから、俺も躊躇わない。


「なら終わらせよう。お互いの命を懸けて」


「カッコつけんなよ。やってみろや、なり損ない」


 静かに、火蓋が切って落とされる。


 口では言っても、自身は騎士の後ろに隠れているだけ。

 ……そう思わせるのが、奴の手段だ。


 なら、挑発に乗ってやるよ。


「なっ!」


 襲いかかる騎士を避けながら跳躍。

 オーラムの方へと、一気に加速する。


 そして、拳を穿つ。


 が――

 何か、霞のような不思議な感触の壁に阻まれる。


「器用だなあ、でもザンネン!!」


 ふむ。

 もう少しで、何かが分かるような気がする。


 その時だった。

 中空にいる俺に、矢が突き刺さる。


 避けたつもりだったが、それを見越して軌道をあえて逸らしたな。

 やり手だ。


「〈麻痺〉……!!」


 全身が痙攣し、態勢を崩す。

 そこへ間髪入れず、大男が剣を振り上げる。

 いい連携だ。


 オーラムだけに意識を向けすぎていた。

 ここにつれてこられた騎士団の人材も、優秀な実力者揃いだ。


 油断していた。

 俺のミスだ。


 ――なら、この場で挽回すればいい。


 回路を緻密に組み替える。

 俺の研究の果ての、秘奥の一つ。


不変アブソリュート


「なにっ!?」


 俺は立ち上がり、大剣を片手で止める。

 痛みもない。全身の痙攣も、もう無くなった。


 この状態は、簡単に言えば俺に害のある状態を受け付けていない。


「また、やるか?」


「ひっ」


 騎士団長――レグルス・カインバードはかつてのことを思い出し尻もちをつく。

 完全に、戦意を喪失したようだった。


 そうなれば話は早い。


 統率の取れなくなった騎士の間を素通りして、オーラムへと近づく。


「あ? なんだそれ、おもしれえじゃねえか」


 また、拳を振るう。

 そして同様に、何かに阻まれる。


 いや、何かじゃない。

 今のは確認だ。

 

 もう、種は割れた。


「なるほど。これがお前の魔術の正体か」


「なに言ってやがんだ、オイ」


 まず、素直な感想として。


 ――凄いなと、思ってしまう。


 俺では真似しようと思っても出来ない。

 魔術回路については真似できても、これ程練度の高い扱い方をするのにどれだけの時間が掛かるか。


 ――どれだけの、犠牲を払ったのか。


「お前の魔術の正体、それは大気中のマナを支配し、具現化することだろ?」


 マナは魔力の元となる。

 本当に、酸素と二酸化炭素の様な関係だ。


 基本的に人は魔力を通して魔術を発動させる。

 魔力での攻撃なら食らえば分かるし、食らう前に探知もできる。


 だがマナを知覚することはできない。

 いや、そもそも周囲にあまねく存在するものを探知する意味がほぼ無いのだ。


 オーラムは目を見開き、拍手と喝采を送る。


「正解正解! おめでとさん! すげえじゃねえか!!」


 今度はオーラムから、こちらに近づく。

 耳元で、狂気に満ちた声で囁く。


「マナが魔力になり、魔力を魔術回路に流し込むことで魔術ができあがるわけだ。だったら、人の中にあるマナをいじくり回すとどうなると思う?」


 こちらが答える前に、オーラムは俺に触れる。


「……っ」


 魔術回路が暴走し、破壊される。

 そうか、このために――

 "廃棄場"で、あの子供を欲しがっていたのか。

 他人を使って、実験するために。


 わかりたくなかったことが、わかってしまった。


「どうだ、気分はよ」


「最悪だな」


「は?」


 俺はオーラムの首元へと手を伸ばす。

 その瞬間、オーラムは初めて――後退した。


 同時に、俺はマナを乱雑にぶつけられ後方の壁まで吹き飛ばされる。

 不変が解けていた。

 魔術回路が乱されてしまったからか。


 瓦礫から俺が出てくると、オーラムはその表情を歪めていた。


「なん……だよテメエ。なんで動けんだよ、なんで魔術使ってんだよ……!」


「……」


「答えろや、オイッ!!」


 もう問答は必要ない。

 ただ一つ、どうしても思ってしまう。


 ――もったいない、と。


 俺が言える義理じゃないから口にはしないが、オーラムが本当に『勇者』としての役割を果たすべく中層攻略戦に臨んでいたとしたら。


 リナもエレインも、キースも助かったかもしれない。

 ラルカと肩を並べて戦って、勝利を掴んだかもしれない。


 俺が遅れて着いた頃にはすべて片がついていて、何もすることなんてなくて。

 ただダサい、恥ずかしいやつになって終っていたかもしれない。


 俺はそれで、良かったのに。

 実際は、現実はそんな理想とは違うのだ。


「――終わらせよう」



 一歩を踏み出す。

 再び、オーラムへと歩を進める。


不変アブソリュート


 衝撃が俺を襲うが、俺の歩みには変化がない。

 止まることはない。


「なあ、オイ。テメエ、なんなんだよ……ッ!!」


 一歩。


「ああ、わかった。テメエの身内も、ラルカも殺さねえ」


 一歩。


「部下とは言わねえ、重役に就けてやるよ。そうすればあの街も、テメエの意思で改革できる。ビジネスライクな関係といこうぜ」


 一歩。


「オレを殺すより、その方がよほど賢い選択だ。考えてみろよ?」


 一歩。


「まてや、おい。まて。まだオレには、やるべきことがある。やりたいことがあるんだ」


 一歩。

 もう既に、視界の端にオーラムを捉えていた。


「オイテメエら、オレを守れよ! 『勇者』だぞ、オレは!!」


 どよめく騎士達の中、はっきりと一人が声を上げる。

 それは先ほど、俺に矢を当てた人物だった。


「すんません、これ無理っすわ。詰んでる盤面で、キングの前に騎士ナイト置いたって無駄ですもん」


「はあ!?」


 オーラムは叫ぶ。


「誰でもいい、ここでオレに恩を売ればその功績は計り知れない!! いねえのか、だれも……ッ!?」


 既に、反応するものはいない。


「…………なあ、わかってんのか? オレが死んだら! テメエら懲罰モンだぞ!?」


「あ、もちろんその覚悟はできてますよ。ね、団長」


 戦意を喪失し、その場に立ち伏せていた人物は、目の光を取り戻す。


「ああ。この期に及んで、体の良い話だが。しかし俺はもう一度、自分の正義を信じてやろうと思う。責任も全て俺が取る。……彼女にも、謝らないとな」


 その言葉を皮切りに、騎士達は揃って道を開ける。

 統率の取れた行動の意味を、意思を俺は汲み取る。


「おい、やめろ、やめとけ、やめろって!!」


 視界の中心に、オーラムを据える。


「助けてくれ、オレは……『勇者』だぞ?」


 別に俺は、命乞いが聞きたい訳じゃなかった。

 ただ、せめて一言くらい――


 ラルカへの、エルナスおばさんへの、虐げられてきた人達への。

 謝罪の言葉が、あったらよかったのに。


 最後に、俺は告げる。

 生半可な言葉ではない。

 はっきりと、言い放つ。


「死ね――オーラム・ジュペイン」


 そして、証に認められた者と証に認められなかった者。

 対となる両者の勝敗は、ここに決したのだ。









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