エピローグ

第23話 終わりと始まり


 魔物の巣窟を脱し、山脈の頂上へとたどり着く。

 外では既に、日が昇ろうとする頃合いだった。


「綺麗ね」


 遅れて隣に立つ人物に、俺は問い掛ける。


「本当にもう大丈夫なのか?」


「ええ、ありがと。でも平気よ、私無茶するのは得意だから」


 それは大丈夫ではないのでは、と言いかけて辞めた。

 彼女――ラルカの頑固さというか、自分を捻じ曲げない精神は垣間見えただけでも相当だと言うことは充分に伝わったから。


「それよりもありがとう。来てくれて」


「いや、気にするな」


 俺がしたことなんて、せいぜい後処理に過ぎない。

 手柄を奪って、余計な邪魔者を排除した。

 それだけのことだ。


「…………」


「? どうした」


「ねえ、その……」


 らしくもなく、ラルカは言葉に詰まる。

 指を絡めて、もじもじとしながら俺の顔をちらりりと覗き込む。


「もしかして……私のために来てくれたの?」


「違うが」


 半分は嘘だ。

 正直、気にしていなかったかと言われれば嘘になる。

 リリーにすらバレバレだったくらい、俺は顔に出ていたらしいし。


 ただ、ラルカに責任を感じて欲しいとは思わない。

 そのために言ったのだったが。


「そう……」


 どこか落胆した様子をみせてしまった。

 俺はまた、何かやってしまったのだろうか。


「結局のところ、自分の為だよ。俺は、置いていかれるのが嫌なんだ」


 人と魔物との戦いに、決着が訪れた時が来るなら。

 俺はその場にいたい。

 歴史が変わる瞬間に、立ち会いたい。

 原点はきっとそこにある。


「そういう、仕方ない性分なんだよ」


「なら仕方ないわね」


「ああ、仕方ない」


 人助けとか、そんな高尚な思いなど無い。

 どれだけ理由を並べても、自分の中にある欲求が一番だ。


 だから――


「あの時の言葉は撤回する。俺はやっぱり、自分なりの勇者を目指したい」


「そっか。……そっかっ!」


 するとラルカは。

 ――バチンと、自身の両頬を自ら引っ叩く。


「え、……ど、どうした?」


「気合を! 入れ直したの!」


 一転して、胸を張るラルカ。

 わからない。

 わからないけど、なにかに合点がいったのだろうか。


 彼女は声を張って、俺に尋ねる。


「それで? 貴方はこれからどうするつもり?」


「……どうしようかなあ」


「見切り発車ね!」


 そのことに関しては言い返せない。

 いやだって、仕方ないじゃないか。


 急に家をほっぽりだされたんだから。

 ただそうだな。

 心残りがあるとしたら、リリーのことだろうか。

 何も言わずに出てきてしまったし。


 あいつも言ったら付いていくと豪語しただろう。

 だからこそ、エルナスおばさんが取り計らってくれたんだろうが。


 まあ、考えたって仕方ない。

 なら考えないようにしよう。


「私は――」


 そんなことを考えていると、ラルカは口を開く。


「私は、西に行こうと思う」


「ちなみに、理由は?」


ログレスから一番遠いから」


「……お前も人のこと言えないだろ」


「いいじゃない、どんな理由でも!」


 つんと、そっぽを向いて答えるラルカ。

 ま、俺も彼女もそういう人間なんだろう。

 後先なんて、それこそ後になって考えちまうような。


「それに、西は武道に秀でているからね。私の足りない部分を埋めるために、もってこいってわけよ」


「絶対後づけの理由だろ、それ」


 ログレスヘルクからの関わりを絶ちたいのは、十二分に伝わったが。


「どっちにしろ、私の力だと深層にはまだまだ届かない。今回のことで、ひしひしと痛感したわ」


「俺も似たようなもんだ」


 ダンジョンのフロアは、時間が経つと復活してしまう。

 やるからには、一気に畳み掛ける必要がある。

 故に、この戦いは膠着状態が続いているのだ。


「ただ、もたもたとしている暇はないとはいえ無策で突っ込むような真似はしない。できる限り、情報を集めたい」


 俺に足りないのは知識という名の情報だ。


 なぜ十年前、誰一人として帰って来るができなかったのか。

 ダンジョンの構造や歴史について、改めて精査しておきたい。


「それに、敵は魔物だけじゃない。人の害意ってやつにも気を巡らせなきゃいけないって、改めてわかったからな」


「本当にね、面倒っちいけど」


 原初の勇者「アルテマ」によって、魔物に怯えて暮らす人々が救われても。

 そのおかげで大国ができて、治安が良くなろうとも。


 やはり悪意を持つものはいて、次は人が人を害するようになって。


 人と魔物、わかりやすく背反する存在という壁が無くなったら、より世界は悪くなっていくのかもしれない。


 それでも……

 俺は、俺が見たいものを見たい。


「俺は北東……ガルビア共和国に向かおうかな」


「へえ……」


「いや、俺達は仲良しこよしするような関係じゃねえだろ」


「そうかもしれないけど……」


 それにだ。

 なんていうか、こういうのを口に出すのは恥ずかしいが。


 俺は、彼女を、ラルカ・ルーヴェストのことを――


「ライバルだって、思ってるからな」


「へ?」


「いや、お前しかいないだろ」


 周囲を確認する彼女に、指先を向ける。


 俺にとって彼女の在り方を表すのに、この表現が適切だと思った。


 彼女の在り方を羨ましく思った、輝かしく思った。

 もう一度、この思いを俺の中に取り戻させてくれたのは、間違いなく彼女なのだ。


「へえ……ふうん。そっか。そう……えへへ」


「何だその反応……」


「べっつにい?」


 ラルカは少しだけ背後を向いたあと、こちらに向き直る。


「それで、なんで北東なの?」


「おばさんはああ言ったけど、俺的には東――ログレスの動向はやっぱり気になるんだよ」


 貧民街に危害が加えられることはないと言い切れるのか。

 そして、『勇者』が死んで何が起きるのか。


 騎士団のお偉いさん曰く――


「大丈夫です。だって貴方に恨まれるとどうなるか、僕達は身をもって見してもらってますから」


 そういうわけで口外しないと約束をしてくれたので、そこは信じてみようと思う。


 あと、もう一つ――


「キースの手向けをしてやりたいからな」


 ガルビアはキースの生まれ故郷だ。

 亡骸ももう残ってないし、直接報告に行くなんて真似はしない。

 それでも、気持ちだけでも。


「貴方を追放したやつでしょ? なんでそこまで」


「……さあ、なんでだろうな」


 俺だって、自身の衝動の原理なんて知らない。

 強いて言えば、俺達は確かにあったから。


 キースと、リナと、エレインと。

 四人で苦楽を共にした、あの時間があったから。


「なんだかんだ、俺にとってはかけがえのない時間だったんだよ」


「そ」


 それだけ言って、ラルカは追及することはななかった。


「ならガルビアは適所ね。あそこは北と東の大国の板挟み状態だけどどちらに傾倒してる訳でもない。情報集めにももってこいって訳ね」


「んな打算的な理由じゃないからな?」


 一応釘を差しておく。

 こうして一通り、今後の展望について話し合ったところで。


「いったんお別れね」


「だな」


「どう? 寂しい?」


「居候が居着かなくて安心したよ」


 ラルカは目を細める。


「よく言うわね。貴方あんなに不器用なのに」


「ぐっ……」


 ぐうの音も出ない正論だった。

 貢献度でいえば、確かにただの数日いただけの居候以下な気がする。


 ま、まあ……リリーも同じだし。

 向いてないことは誰にでもあるので。


 とりあえず話を戻す。


「ならしばらくは、各々の道を行くことになるな」


「そうね。私も次に会ったとき、貴方に負けないくらい強くなってるから」


「負けてられないな」


 この手のタイプの成長曲線は、予測できない。

 急速に発展を遂げる瞬間だって、少なからず見てきた。

 そういった意味で、俺も油断なんてしない。


「じゃあ、そろそろ行くわね」


「ああ」


 淡白なやり取りで、俺達は別の道を歩み始める。


 ――また会えるから、と。

 その意味を込めての、俺達なりの合図だ。


 ただ俺は、最後に――

 ラルカの背中に向け、叫んだ。


「またな!」


 対して、彼女は。

 その瞳を大きく開けて、輝かせてこう返したのだ。


「ええ、また!」



 ◆◆◆




 ――今度こそ、静寂が訪れる。


 証が勇者を定めるのか。


 正解はきっと存在しない。

 ラルカは証が無くとも、それでも挑み道を開いた。

 キースは証に値する『勇者』として、最後に限界を超えて役目を果たした。


 だとしたら、俺は……?

 その答えは、未だ分からない。


 けれど俺は、この戦いを終わらせる。

 誰に知ってもらえなくても、認めてもらえなくとも。


 決めたから。

 終を見届ける魔術師として、もう歩みを止めたりしないと。




――――――


 この作品はここで完結とさせて頂きます!

 別の作品の方に注力したいのでそちらも読んで頂けると幸いです!!

 ここまで本当に、本当に!!

 読んでくださってありがとうございました!!

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