第21話 三つの真実


 キースの亡骸を、火葬してやる。


「何で、あんなことを……」


 最後の行動は、俺じゃ理解してやれない。

 ただ、俺が悩んでいたのと同じ様に。


 キースもまた、その心の中にくすぶっているものがあったんだ。

 それはきっと、俺じゃ分からない何かだとしても。


「すまないが、もういくよ」


 火葬が済んだ訳ではないが、最後まで見届ける余裕は俺にはない。

 俺は行かなければならない。


 全ての決着を、つける為に。


「じゃあな――親友」


 ◆◆◆


 吹き飛ばされたラルカは、その意識が残っていることを、逆に恨めしく思っていた。


「まだ壊れねえとは、丈夫な玩具だなあ」


 そいつは膝を開いて、私の視界に映るようにしゃがみ込む。


「――三つ。お前に真実を教えてやるよ」


 オーラムはそう言って、指を立てる。


「まず一つ。テメエも、雑兵共も勘違いしてるようだが。この中で一番強いのはオレだ」


 つまらなそうに、衝撃的な発言をする。

 はったりだ。

 私を前に、後ろに隠れていただけのくせに。


「信じてねえなら、ちょいと見せてやろうか」


 オーラムは騎士の一人を呼び出す。

 そして、命じる。


「オレに全力でかかってこい。殺す気でな」


「はい? そ、そんなことできません……!!」


「できねえなんて贅沢な選択肢は、テメエにねえんだよ」


 オーラムが本当に、見立て通りの奴ならこれで死ぬ。

 ただ私はやってしまえと、そう素直に思えなかった。

 悪寒が、止まらなかった。


「では……」


 騎士はおそるおそる剣を振りかぶり――振り下ろす。


 が、オーラムには当たらない。

 透明な壁が、剣を押し留めていた。


「よし、よくやった」


 そう言ってオーラムは騎士の肩に手を置く。


「は、はい! 光栄です!」


「あ? まだ終わってねえぞ」


「え?」


「ラルカ。よく見ておけよ」


 そして、私の意識は覚醒する。

 騎士が悲鳴を上げて、その場に崩れ落ちたからだ。


「な……にを」


「さあ、なんだろうな。ただこいつの魔術回路は、もうぐちゃぐちゃになって使えませんっ!」


 は?

 私がその情報を飲み込む前に、オーラムは意識を失った騎士を蹴り飛ばす。


「さっさと片付けろ」


「あの、彼は……」


「生きてはいるだろ。まあもう魔術は使えないだろうけど」


 おそらくそれは、嘘じゃない……そんな気がする。

 外傷があったわけじゃない。

 ならオーラムは、内部的なダメージを与えたということ。


 本当だとしたら。

 一人の人生を、壊したのだ。

 これまで研鑽を重ねて、近衛兵になったというのに。

 それまでの全てが、無に帰したということ。


 考えただけで、恐ろしい。


 加えて、こいつの魔術が何なのかが分からない。

 私を吹き飛ばしたのも、剣を止めたのも、魔術回路を破壊したのも。


「オレの力についてか? そんなもん考えても仕方ねえだろ。どうしようもねえんだから」


「……っ」


 ああ、そうだ。

 全くもって、その通りだった。


 ならもう、考えるのを辞めて――


「二つ目。お前のママとパパは、オレの親父が謀略ではめ殺した」


「…………え?」


「深層について探りすぎたんだとかなんとかで、殺したんだと。あんまりシランけど」


 淡々と言う内容が、嚥下できない。

 予想していたことではあった。

 けれど、何故これほどに、死というものを侮辱できるのか。


「し……ね。し……ねよ」


「殺してみろよ。こうして目の前にいるんだからよ」


 もう、口を動かすのも限界に近いのだ。

 身体は、動く気配すらない。


 ――ドドドドド。


 その時、上のフロアでの振動がこちらにまで伝わる。


「上はまだバチバチやってんのか。意外とやるじゃねえか、北の『勇者』も」


 そうは言っても、この後こいつは私と同じ様に手柄をぶんどって殺すのだろう。


「ああ、ラルカ。テメエの反応が最高すぎて、殺したい気持ちと、殺したくない気持ちが拮抗しちまってるぜ! やっぱテメエは、オレにとっての最高の絶望だなあ!!」


 そして三つ目と、オーラムは楽しそうに続ける。

 そうして立てた中指の手の甲には、はっきりと『聖痕スティグマ』が刻まれていて。


 オーラムは、言ってのける。


「これな。全く、何の力もないんだぜ?」


 薄々分かっていたことだが、本人が口にするというのはやはり衝撃的であった。


「偽物とは絶対に思われない、これだけだ。この『聖痕』があるだけで、どんなやつも、クソみてえな屑も『勇者』になれちまうんだぜ!? そして民衆は、それだけで『勇者』様だと持ち上げる。本当、馬鹿しかいねえよ!!」


 私は選定の儀のとき、異を唱えて乗り込んだことを思い出す。

 その時も確かに、私は白い目で見られた。

 それにしか価値を見出してなかった叔父も、私を捨てた。


「ああ、なんてオレに都合の良い世界なんだろうな。そう思わねえか、ラルカ・ルーヴェスト」


 もう思考もままならなくなってきた私に、オーラムは更に視線を近づける。


「なあ、テメエはずっと! オレのことをナメてたよなあ!? いまどんな気持ちなんだ? 聞かせてくれよ!!」


 意識がおぼろげになっていた私は、頭を掴まれ何度も叩きつけられる。


「なあ、なあ、なあ……ッ!!! クク、ハハハハハハハ!!」


 こいつは……

 私の手柄をぶんどって……親の仇のようなものであって、それで……

 それでも……


 何も、できないんだ。


「はあ。もう反応も無くなってきたな。五層の方に向かうとするかあ」


 そして、オーラムは手を翳す。


「せっかくだから最後まで介抱してやるよ。散々楽しませてもらった礼だ。本当最高だったぜ? オレの人生にとって、至上の玩具だった」


「う……あ……」


 そのわずかな反応をみて、オーラムは睥睨する。

 終わりの言葉を、私にぶつける。


「じゃあな! 何も残せない、最低で情けない人生、おつかれさま!!」


 オーラムが私に何かをぶつける、その間隙を縫って――

 何者かが、入り込んだ。


「あ?」


 私は腕の中に抱かれていることに、気づくのもやっとだった。

 けれど――


「待たせた。後は任せろ」


 その言葉だけで、私は安心して眠りにつくことができた。


 ◆◆◆



「テメエは、前に会った……」


「ああ。久しぶり、でもないか」


 一瞬の動揺があったが、オーラムはすぐに余裕を取り戻す。


「んで、何しに来たんだ?」


 俺はその答えに、迷わず答える。

 抵抗はない。



「――お前の、悪意を振りまくだけの悲しい人生を終わらせに来たんだよ」



 中層は全てのフロアが機能を停止。


 そして、今ここに、勇者と『勇者』が対峙する。

 最後の戦いが、始まろうとしていた。


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