第20話 キース・ヴァレンシア
――
複数の魔術を複合した一撃は、その外郭をぶち破る。
一度は逃げた。
が。
「俺から逃げ切れると思うなよ――
開いた先は繋がっていて、吹き抜けの構造になっていた。
よし、これで一気に、真下まで降りれる。
そこで、まず目に入ったのは――。
「竜か」
巨体を意のままに操る、赤竜。
これが、中層のフロアボスか。
この手の、目に見えてパワー系の敵は正直苦手だ。
というより、防御にある程度のリソースを割く必要があるのと。
核がどこにあるのか、分かりづらい。
とりあえず俺は一発、お見舞いする。
「――
を、四連に重ねた一撃。
即興だから、これが限界だ。
だが竜はそれを食らい、たまらず転倒する。
これくらいなら、相手にできるな。
――地へと足を着ける。
すると、背後の人物が俺の名を呼んだ。
「……アルト」
「…………」
正直こちらの方が、相手にしたくなかった。
俺にとっての、かつての仲間。
――キース・ヴァレンシアがそこにはいた。
「リナとエレインはどうした」
「それ……は…………」
「そうか」
反応で、察した。
中層へと挑んだことを考えれば、予想できたことだ。
俺がいたときも、このパーティーでは無理だと思った。
仲間への付与魔術なんてこのレベルでは些細なものだ。
俺は自身の肉体については、隅々まで調べ尽くしている。
しかし、他人の肉体――魔術回路をいじることはできない。
他人への付与に関しては、大した効力を発揮しない。
「いや、そんなの言い訳だな」
もし俺がいても何も出来なかっただろうと、そう結論づけるための。
俺に『
「アルト……僕達を、助けに?」
「残念だが違う」
ばっさりと、言い捨てる。
「俺が用があったのは、別の奴の為に……いや、俺自身の為でもあるか。何にせよ、俺はさっさと下にいかなければならない。そのために、ここは速く終わらせる」
「…………自分自身の為に、か。ふっ」
キースが嘲笑する。
いや、それは自嘲だった。
「なんでお前は、そう在れるんだ」
キースはそんなことを、天に向けて虚しくこぼした。
◆◆◆
僕は、名家の生まれだった。
能力が重視される中。
僕は兄に比べてできが悪く、よく父にしつけられた。
ただ父は、兄の考えは気に食わないようだった。
父の考えを遵守する僕は、その点優れていると言ってくれた。
その言葉を、僕はよく覚えている。
「証だ。目に見えぬ、思いなどというくだらんものに騙されるなよ。キース」
でも兄は僕をよく守ってくれていたので、兄の言葉もよく覚えている。
「キース。俺はみんなを守るために戦う。俺の手に繋がる誰かの手があって、そいつにも誰かの手が繋がっていて。そうやって繋がるみんなの為に、俺は戦いたいんだ」
考えの違いで、父と兄はよく衝突していた。
どちらが正しいのか、当時の僕はよく分からなかった。
けれど――
十年前、兄は亡くなった。
「身の丈以上を望むからそうなる。不明瞭なものに縋るからそうなる」
父はそう一蹴し、僕に言った。
「こうはなるなよキース。お前は、実績を求めろ。目に見える証だけを求めろ」
父がそう言って頭を撫でてくれたのは、僕にとって色褪せぬ――大事な思い出だ。
僕もそれこそが正しい考えだと、その時心に決めたのだ。
◆◆◆
そいつに――アルト・コルネットに出会ったのは、五年前のこと。
リナとエレインとパーティーを組んでから、一年が経とうとした頃だ。
「ありがとうねぇ」
「いえ……で、イバス区ってどこでしょうか?」
そいつは自身が困っているにもかかわらず、困っている人間を助けていた。
初めて見た時、正直に感じたのは――なんともいえない嫌悪感。
僕は最初から、そいつの……アルトのことが嫌いだった。
ただ何度か一緒にクエストをこなしていくうちに、アルトの実力に関しては認めざるを得なかった。
数度卓を囲んでみて、アルトの思想を聞いて。
志半ばで亡くなった――兄と重なった。
綺麗事ばかり並べて、優秀だったのにも関わらず何も残さず死んだ兄が重なった。
だから僕は、アルトのことを否定するためにパーティーに誘った。
僕の正義と、こいつの正義のどちらが正しいのか。
どちらが勝つのか、そんな理由が全ての始まりで……終わりだった。
アルトは強く、僕らに合わせているのは傍目でも分かっていたつもりだった。
アルトができると言えば、本当にできるような気がした。
僕の正義は、結局間違っているのか。
――そう思った矢先に、選定の儀が訪れた。
人生の転機だった。
『
目に見える証は、この僕を選んだのだ。
「アルト・コルネット。彼は強くはあったが、正しくはなかった。邪な考えがどこかにあった。……それは否定できません」
自然と、そう口走っていた。
僕の正義が正しかったのだと、舞い上がっていた。
――そうして突き進んだ結果は、最悪な顛末だったけれど。
◆◆◆
巨竜が態勢を立て直す。
目の前の人間ただ一人を、倒すべき敵だとしっかりと認識する。
「下がってろ」
自然と、僕は言われるままに下がっていた。
恐いから?
もちろん、それもある。
ただ、そいつの言葉には力があった。
同じ目線で戦線を張っていた時とは違う、突き放す言い方だ。
それでも従ってしまう、そんな力が。
竜の尾が、アルトのいる一帯をまとまて薙ぎ払う。
その瞬間、流れるようにアルトは剣を抜いて尾を二分する。
「グ、オオオオオオオオオオオ!!!」
竜は次に、口腔を見せる。
高密度のブレスが、その口から放たれんとする。
「チッ」
背後にいる僕を確認して、アルトは竜のブレスに対応する。
炎幕はアルトのいる位置で別れ、僕に当たることはなかった。
「そこか」
そしてアルトは、何かを見つけたようだった。
「はは……」
これが本来の、アルトの姿なのか。
僕達がいない、一人での力なのか。
ああ、なんだ。
僕達は、足枷だったんだな。
結局、こいつの正義の方が正しいのか?
僕の正義は、間違っているのか?
「嫌だ。そんなの、認めない……」
証こそが、『勇者』を定めるのだと。
僕が間違ってないと、証明してやる。
「おい、アルト」
「…………なんだ。残念だが、あまりお前に構っている暇はない」
「先に相手していたのは僕だ。あれは、僕の獲物だ」
アルトは少し逡巡して、簡潔に答える。
「さっき喉奥に見えた。核があるのは頚椎部だ」
「そうか」
「言っておくがリナとエレインの弔いをしたいってんなら、辞めたほうが良いぞ」
ああ、そういえばそうだったな。
別に僕は、二人の死について軽く見ているわけではない。
帰ったら……死ぬほど後悔するだろうな。
六年来の付き合いだ。
アルトと違って、二人のことは本当に大事な仲間だと思っていた。
同じ目線で戦えるのが、何よりも心地よかった。
アルトとは違う、しっかりと一丸となって立ち向かえる――大切な仲間だった。
けれど今は、僕の正義を証明したい。
こいつに、アルトに勝ちたい。
それだけが、今の僕を形成している。
「来るぞ」
竜が本気で、臨戦態勢をとる。
その瞳は、たった一人だけを覗いているだろう。
僕は小声で呟く。
「知ってたさ。だからこそ僕は、お前を追放したんだ」
そうすれば、もう戻ってこれないと思って。
ただこいつは、理由なんてなくても、証なんて無くても戻ってきた。
ああ、すごいな。
やっぱりすごく、嫌いだ。
――絶対に、否定する。
それが僕の、最後の使命だ。
◆◆◆
キースが何を考えているかは分からない。
もう、どうでもいいことだ。
今はこの、目の前の相手に集中する。
「オオオオオオオオオオオオ!!!」
竜は左腕で俺を掴む。
そのまま、至近距離で豪炎を俺に浴びせる気だ。
拘束は解かない。
口内を見せている。
これは丁度いい――
「……っ」
炎は先よりも速く、段違いの火力で放たれた。
赤の幕が邪魔で、捉えづらいが。
俺は掴まれたまま、魔術を組み立てる。
「
核に向け、一筋の光が放たれる。
「ギャ……オオ……」
しかしそれは掠るも、直撃はしなかった。
「防御にリソースを割きすぎたな、少しなまってるか」
ダンジョン攻略からしばらく離れていた為か、勘が鈍っている。
だがもう、次の一撃で終い――
「だああああああああああああ!!!」
その瞬間。
キースが後方から飛び上がり、竜の首元へと飛び上がる。
その勢いのまま、剣を突き立てる。
ただ硬い皮膚は、簡単に打ち破ることができない。
俺が口腔から狙った理由もそこにある。
「やめろ、キース……」
お前じゃ、無理だ。
残酷だが、俺はそれを知っている。
このままでは、キースは……。
「クソッ!!」
竜の拘束を打ち破ると同時。
竜は自身の命に手をかける人間を認識する。
やめろ、やめろやめろやめろ――!!
そう思っても、もう遅い。
グチャリと、音がした。
残された右腕で、キースの肉体を握りつぶしたのだ。
ああ、やはりキースでは――
「あああああ……ああ……あああああ!!!!!」
「なっ」
それでも、キースは叫んだ。
泣き叫ぶような声で、竜の咆哮に対抗する。
そして――
キースは剣を、振り切った。
核を、破壊した。
その様を、俺は呆然と見ていた。
竜は塵となって、消え去っていく。
そのまま、キースは抵抗することなく落下する。
「キース……!!」
俺は腕に、掬い上げる。
回復は……もう、間に合わない。
俺はまた、救えなかったのか?
けれどキースは。
空に向かって、最後に――
「ざまぁ……みろ……僕の……勝ち……だ…………」
そう、言い残して。
キース・ヴァレンシアはその生命を終えたのだった。
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