第19話 全て終わらせる
かつて、こんな会話をした。
「アルト。お前の魔術はどういう種があるんだ。単なる強化魔術じゃない。いや、言い方が悪いが俺にとっては都合の良い魔術が出てきているようにすら感じた」
執務室にて、俺はギルドマスターであるフェリクス・クロードに問われる。
上層攻略に参加した後のことだった。
「ギルマスには言っておかなきゃいけませんよね」
「そう気張ることはないぞ。言いたくないなら強制はしない」
「いや、ここは無理に命令するところでしょ」
仮にも貴族だというのに、俺みたいなろくに立場もない輩にもやけに腰が低い。
そういうところが、俺が自然体で接することができる理由でもあるのだが。
「……そうか。なら命令だ。アルト・コルネット……。そうだな……貴様の魔術を、俺に教えろ」
なんだかぎこちないが、元より言うつもりだったしいいか。
「――俺の魔術は、言ってしまえば状況に応じて魔術回路を作り変える。変幻自在の魔術です」
「ふむ。もう一度言ってみろ。貴様の魔術はなんだ?」
あ、これ信じてないな。
「俺は魔術回路を、意識して組み直すことができる。まあ、使える魔術はある程度限られてますが、徐々に増やしていってる途中です」
属性魔術、属性の祝福だっけか。
その手のは本人の魔力に属性が付与されている天性のものなので使えない。
キースなんかは風の祝福を持っているので、俺は真似できない。
「…………」
それよりも、ギルマスのことだ。
彼は、言葉を失っていた。
じっと俺を見て、固まっている。
「……えと、そうだな。魔術回路は、生まれつき定められたものだ。それを組み直す?」
「ああ。なら何で貴族には魔術を使える者が多く、俺みたいな貧民街の住人は使える者が少ないと思いますか?」
少し失礼な言い方だが、と丁寧に前置きをして。
「魔術回路を持たない者が多いからだろ?」
「それが勘違いなんです。魔力を誰もが持つように、魔力回路も誰でも持っている。ただそれは遺伝子の様なもので、貴族は整然とした魔力回路を持つ者が多く、魔術を行使できる。対して俺みたいな日陰者は、ぐちゃぐちゃで形を為していない――そんな回路自体は持っているんです」
「そんなの……聞いたこと無いぞ!?」
「まあ、魔術を使うための魔術回路は生まれつき決まっていると思われていますから」
「この世の常識すら覆す、それ程の事実だぞ」
そうだろうな。
だから俺は、これを言うか迷ったのだ。
誰にでも魔術を使える可能性があると知られれば、世の中は混乱に陥るだろう。
ギルマスもそれを理解して、俺に告げる。
「心配するな。これを口外することはしない。お前の力にまつわることは一切、外には漏れることはない。約束しよう」
いつもは少し頼りなく見えるギルマスが、目を鋭くしてそう言い切る。
元より信頼は寄せているが、それでもぐっと来る言葉だった。
「で、俺の力についてなんですけど。俺は物心ついたときからこの魔術回路を意識することが出来た。そしてそれを少しずつ、いじっていけるようになったんです」
「信じられん話だが、お前を疑う気持ちにもならん。不思議なもんだな」
こういう型に囚われない、柔軟な考えはこちらとしてもやりやすい。
俺は続けて話す。
回路を自由自在にいじれるようになった頃――村が焼かれて俺はあの場所にたどり着いたこと。
そしてエルナスおばさんに買ってもらった魔導辞典――様々な魔術回路が記されたその本を幾度となく見て、同じ回路を組み立ててみたこと。
「けど、全く同じ回路だと、失敗だったんです」
「ふむ。人によって同じ効果の魔術でも誤差がある。そういうことか?」
「さすがですね、その通りです」
人によって、同様の効果でも回路は異なる。
俺は、身を以て調整した。
当時はもっと街も荒れていて、夜になればゴロツキもうろついていた。
そこで俺は、何度も痛めつけられた。
実践での経験を経て、俺は自分に適した回路を作り上げていったのだ。
「なるほどな。それがお前の源泉か」
「今考えると、危険すぎる綱渡りだったと思いますけどね」
そして、俺がこの街で敵なしになった頃――俺は旅立つ決心をした。
ログレスヘルクには冒険者ギルドのような、その手の貧民が挑戦できる組織が無かった為、俺は北に向かった。
冒険者ギルドという門戸を叩いた。
「本当に助かりましたよ。自分みたいな素性のよく分からないやつでも、受け入れてくれて」
「単純に人手不足な世界だからな。ログレスは貴族以外で武勲を上げるようなのが嫌なんだろうが、格式を重んじすぎてる節があると俺は思う」
「まあそのおかげで、このパーティーに誘われたわけですし、俺にとってはマイナスではないですよ」
その時の俺は、いや、今だってそうだ。
パーティーのみんなとの出会いを、大切だと思っている。
「……正直に言っていいか?」
だけどギルマスが言った言葉も、俺にとっては否定することのない正しき論理だと、今になって思う。
「アルト、お前は――ソロの方が強いだろ」
「……」
咄嗟に俺は、反論しようとして。
けれど、出来なかった。
「なのに、あいつらと組むのか?」
「この国に来て、冒険者登録はしたものの右往左往していた俺を助けてくれたのは、キースです。あいつは決して、俺の実力を頼りにパーティーに誘ったわけじゃない。だから俺も、このパーティーが好きなんです。このパーティーに、居たいんです」
「そうか。なら俺も、これ以上は何もいうまい」
ただ、と付け加える。
「お前は、期待したくなってしまうんだよ」
「したくなる?」
なんだか含みのある言い方をする。
「ああ。お前もいつかは、深層に挑む気があるんだろ?」
「まあ、中層の攻略が終われば。深層に挑みますよ」
「そうか……。そうか……っ!」
ギルマスは相槌を打ちながら、嗚咽をもらす。
言いたいことが、なんとなく伝わった。
――もうすぐ十年が経とうとする、深層攻略戦。
その戦いは、多くの実力者が挑んだ。
お世辞にも仲が良いと言えない東西南北の大国が、手を取り合った。
いや、この長き戦いを終わらせんとする為に見を擲つような、そんな同輩が集まった、偶然の産物らしいが、それでも最高の戦力で深層に挑んだ。
けれど結果は、たった一人も帰還することのない惨敗。
この結果で、大国は責任の所在がどこにあるかで揉めることになってしまった。
ギルドマスターもまた、その責任を大いに問われた。
一番にそれを悔やんでいるのは、その本人だというのに。
そして、彼の――フェリクス・クロードの闘志は燃え尽きてしまった。
俺は、はっきりと言う。
「俺は、この戦いを終わらせますよ。だからしっかり、見ててください」
「……言っておくが、俺は反対だぞ?」
「たとえ独りになっても、俺は行きます。成し遂げてみせます」
フェリクスの瞳に、光が宿る。
「――アルト・コルネット。俺はお前に、期待していいのか?」
「存分に、期待してください」
そうして、互いに笑った。
期待されることは、苦ではなかった。
この人に。
これ以上ない絶望を味わった人に託されるのは、心地よさすら感じた。
「なら俺から一つ。お前の魔術に、名を授けてやろう」
「ええ……いいですよそんなの」
そう言ったが、俺はこの名を大切にしている。
気に入ってしまったのだ。
◆◆◆
――だから、叫ぶ。
原初の勇者、『アルテマ』に模して。
俺は魔術を発動する。
「
さあいこうか。
全てを、終わらせるために。
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