第18話 這い寄る魔の手
時は少し遡る。
――六層にて。
ラルカ・ルーヴェストは黒騎士と静かな熱戦を繰り広げていた。
だがそれも、終わりを迎えようとしていた。
「そういうことね」
幾度と剣戟を交え――
この実態のない魔物の核の位置が分かった。
この鎧のどこかに、核が隠されていると思っていた。
が、気づいたのだ。
「その手に持った得物こそが、貴方の核なのね」
騎士が持つ、その黒い剣そのものが核だということ。。
どんな攻撃も効かない。
そんな無敵の力なんて、あるはずがない。
いや、あるはずがないと思う前提で動くしか無い。
「どう? 当たってる?」
返答はない。
ただおそらく、核は刀身の部分ではない。
柄の部分。
剣を握るにあたっての心臓こそが、核だと思われる。
たまたまだが、その部分を狙うと避けていくのが何度かあった。
……魔物は、人間の意思から発生すると言われる。
この騎士は、散っていった冒険者の残穢のようなものだろうか。
だとしたら、柄を大事な心臓だとしてもおかしくない。
私は基本回避に徹して隙を付く戦い方。
だからあまり、一撃の火力が無い。
"廃棄場"でも、そのせいでミスを犯した。
だが私にとっても、とっておきはある。
隠していた訳では無い。
状況が整わないと、危険すぎるのだ。
「終わらせましょう。この戦いを」
それは速さに任せた、自分でも制御できない一振り。
外したら終わりの、とっておきというにはおこがましい一撃。
「貴方は私にとって、ただのダンジョンの敵でしかないけれど」
母や父の仇でもなければ、因縁の相手でもない。
それでも、倒さなければならない
「来なさい」
剣を腰に収める。
対して黒騎士はそれを見て、剣を大きく振りかぶる。
そして――
振り下ろす、刹那。
「
その一撃は、黒騎士の大剣を追い抜いて柄の部分を両断する。
私の目の前に迫っていた一撃。
しかし、それが当たることはなかった。
剣は消え去り、騎士は少しずつ、その肉体を塵と化していく。
「……終わったの?」
やはり、返答はない。
しかし停止する肉体は最後に、私の方を見た。
空の器に、瞳が宿っているような錯覚を覚えるほど、わたしに何かを伝えようとしているように見えた。
それは心半ばで去っていった冒険者達の、未練のように思えた。
だから、私は胸を張って言う。
「後は任せて」
返答は、ない。
そして、暗闇が晴れていく。
「やった……の?」
実感が追い付かない。
私が、フロアボスを倒した。
『勇者』に選ばれなかった私が、成し遂げた。
「あれが……」
煌々と紫に光るのが、〈魔晶石〉で間違いないだろう。
あれを回収すれば、このフロアは停止する。
私は、攻略したのだ。
「やった! やってやったわ! この私が!!」
あがいて、ねばって、もがいて。
そうしてやっと、勝利を手に入れた。
まだ終わりではないが。
肩の荷が一つ、降りた気がした。
父と母は、今の私をどう思うだろうか。
褒めてくれるだろうか。
ただ成し遂げたという実感は、しっかりある。
「これで一歩、勇者に――」
――ヒュッ。
ふと見ると、背中に何かが刺さっていた。
「え?」
弓矢が、背中を貫通していて。
私は、背後に向き直る。
そこには、下劣な笑みを浮かべた男がいた。
「よお、遊びに来たぜ? ラルカ・ルーヴェスト!!」
邪悪は、最悪のタイミングで現れたのだ。
◆◆◆
「オーラム……オーラム・ジュペイン!!」
「何度も言うなよ。オレのことが好きなのか?」
弓矢を抜き去る。
少し貫通しただけだ。
大したダメージではない。
「何をしにきたの」
「そりゃあ、テメエの手伝いをしにきたのさ。でも倒しちまうとは、さすが『勇者』候補だなあ」
取り合うことはしない。
「計らっていたのね。このタイミングを」
「酷い言い草だなあ。オレ達だって道中に苦戦していたんだぜ?」
連れてきている騎士は、傷一つ無い。
ずっと待機していたのだ。
「ハイエナしないと、お前はボスなんて倒せないものね」
「クク。なんとでも言えよ」
まあそんなことはいい。
「私に攻撃してきたのはなぜ?」
「そりゃあこいつが勝手にやったんだ。そうだろ、副団長様?」
騎士団の副団長――グリム・ホービットは瞠目する。
「は、はい?」
「そうだろうが、なあ……!!」
「はい……。僕の軽率な行動です。申し訳ありません」
絶対に嘘だ。
こいつが命令したのは、間違いのない事実。
「で、なにが目的なの?」
「とりあえず〈魔晶石〉だろ。オレは『勇者』なんだから、その実績はオレのものだ」
しかし――とオーラムは告げる。
「そこに現れたのは、証も何もないか弱い少女。これはどうすりゃあいいだろうな?」
心のなかで舌打ちする。
まどろっこしい言い方が無性に腹が立つ。
「別に私は、あの石にこだわってなんか無いわ。勝手に持っていけばいい」
私は咎人に近しい立場にある。
それを献上したところで、私の立場は結局変わらないだろう。
「そうか。じゃあか弱い少女は、オレが好きにしていいってことだ」
「は?」
か弱い少女というのは私を揶揄しているのだろうけど。
オーラムは今、なんと言った?
「どういう……ことよ」
「とりあえず、と言ったろ? オレにとっては、あんな石の方がおまけ。んでラルカ、テメエを屈服させるのがオレにとっての最高の実績なんだよ! この時をずっとずっと、待ってたんだよ!! ハハハハハ!!」
男は、涎を垂らすほど口を開けて大笑いする。
私はそれに、返す言葉が無かった。
代わりに、決めた。
私はこの男を、絶対に世界から消し去る。
そうしなければならないと。
「――殺す」
「やってみろよ、『勇者』の成り損ないがよッ!!」
私が臨戦態勢に入った時、身体に異変が生じる。
「<毒>」
オーラムの元にいる弓兵――グリムが呟く。
「今、発動しました。僕がブレンドした、特製の毒です」
そして、騎士団長のレグルス・カインバードは静かに号令を発する。
十人の精鋭が、視線をこちらに向ける。
「総員、構えろ。標的はラルカ・ルーヴェスト。ただ一人の、罪悪人だ」
毒が回るにつれ、心臓の鼓動が速くなる。
ただそれ以上に、心が痛い。
「本当にそれで、いいんですか……?」
かつて彼は、私に言った。
――『君が『勇者』になったら、俺達は全力で君を英雄にする。君の正義に、俺は惚れたんだ』と。
そう言ってくれた、背中を押してくれた。
なのに何故、こうして対峙しないといけないのか。
「……すまない」
レグルスさんはこぼす。
そうだ、決まっている。
全部全部――オーラム・ジュペインが諸悪の根源だ。
あいつを、絶対に許さない。
「いえ。ただ私も、全力で抗います」
這い寄る魔の手に、私は屈しない。
「――放て」
一声で、弓を構えた兵士が矢を放つ。
私はそれを、上空へ飛び回避。
天井へと足を付けると、その男に狙いを定め――
「ぐ……っ」
「二発目ですね」
私の動きに合わせて、グリムさんの矢が正確に私を射抜く。
矢を抜くが、効果が発動するタイミングはグリムさん次第。
毒もじわじわと広がってきて、全身の震えが止まらない。
「オーラム!! 貴方は絶対に、許さない!!」
「活きが良くて最高だな、オイ!!」」
苦しい。苦しい。苦しい。
けれど、あいつだけは殺さなければ。
不幸を振りまくだけの、最悪の象徴。
力が無いくせに、人を使って不幸へと貶める。
私はこいつが、戸籍のない人々をさらって、その人達は行方が分からなくなったことを知っている。
あの時、エルナスさんが居なければあの子がどうなっていたか、分かっている。
抗えない人達は、どれほど無惨に消し去られたのだろうか。
考えるだけで許しがたい。
「ああっ!!」
私は天井を蹴り、オーラムへと剣を向ける。
「うぐっ……!」
そこで、肉体が硬直した。
痺れて、動けなくなった私は途中で落下する。
「――<麻痺>です。……団長、後は頼みます。もう僕は見たくない」
「ああ。終わりにしよう」
地に這いつくばった私に、巨大な影が覆う。
レグルスさんが、大剣を振りかぶっていた。
「オイオイテメエら、余裕なさすぎだろうよ。魚みたいにバタバタと地面で苦しんでるんだぞ!? もっと楽しめよ!!」
「「……」」
二人はそれに、無言で返す。
レグルスさんに至っては、涙を流していた。
誰も特なんてしない。
なんで、こんなことをさせるのか。
自分が直接手を下さず、他人に無理やりさせる。
――許されない存在が、『
ただの証のせいで、こうして不幸が拡大していく。
私を殺したことを、この人はきっと生涯根に持つだろう。
ああ……。
毒が回り、視界がおぼろげになってくる。
身体の感触が無い。
私が弱いから……こうして……悲しい思いを。
……あの、少年みたいに……
私……は……。
勇者に……なるんだ。
「あああああああああああ!!!」
動けない肉体を、魔術で無理やり動かす。
「うそっ」
「な……っ!!」
半ば身体を引きずる形で、おぼろげに映るその男に剣先を向ける。
「死……ね!!!」
ただそんな、不鮮明な視界の中――
オーラムは、嗤っていた。
そして――
パン。
オーラムが眼前に迫ったその瞬間――
私は、吹き飛ばされた。
◆◆◆
同刻。
様々な混乱がひしめく中、一人の男が無遠慮に足を踏み入れようとしていた。
「さすがにここまでは追ってこないだろ」
資格のない男は、正面からではなく、"魔窟"の頂上に立っていた。
そこからの侵入者など、誰も想定していない。
「さて、始めるとするか」
男――アルト・コルネットは告げる。
「一世一代の、クエストを」
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