第17話 キース視点③


 沸々と、ただ怒りが湧いてくる。

 この限りのない怒りは、誰にぶつければいいのか。


 僕を騙した東の『勇者』か、僕を認めないギルドの愚図か、僕に反発したあいつか。


「はぁ……はぁ……。キース、いったん休もうよ」


「……」


「聞いてるのかいキース? リナもこんな状態だし、ここらで少し休んでおこう」


「いや、進む」


「でも……」


「黙れ!! 黙って僕に付いてこい!! そしたら全部上手くいくんだ!!」


 二人は困惑の表情を浮かべる。

 ああ、怒りが止まらない。


 そうだ、この二人も僕のおかげで名声を得られているというのに。

 あいつを追放するときに、僕に付き従ったくせに。


「……いやすまない。ただ、もう少しで開けた空間にでる。僕の魔術、いや勇者の証がそう告げている」


 僕の魔術、祝福は風の力を利用する。

 風の動きを見ることや、風の動きを利用して剣戟の威力を上げる。


 勘ではない。

 あと少しで、開けた場所に着く。

 もっともそこが、休憩に適した場所とは思わないが。


「あっ! ほんとだ! 光がみえる!」


「光? ここは"魔窟"の地下なのに?」


「構造もフロアボスも変わる。何が起こるか分からないのが、ダンジョンだ」


 いや、そんなことよりもだ。


「いるぞ、ここに」


 把握していたことだ。

 この場所に、フロアボスがいる。

 リナとエレインは分かっていないのだ。

 一刻も早く、〈魔晶石〉を手に入れなければいけないこと。

 その後に、どこにいるか分からないが、東の『勇者』にきっちり処罰を下さなければいけないのだから。


「これは……」


 広間を抜けると、そこは吹き抜けた空間になっていた。


 "魔窟"は山脈に繋がるダンジョンだ。

 そこまで驚きはない。

 いや、一々驚いてはいられない。


「キース……」


「ああ、大丈夫わかってる。僕は冷静だよ」


 そして、その隅には魔物を頬張る四足歩行の巨体な魔物がいた。

 蛇のようなしなる尾に、獲物を夢中で頬張っているのはライオンと山羊の双頭。


「キマイラか、いい相手じゃないか」


 僕の心は踊っていた。


 何故ならキマイラは、三層のフロアボスだったからだ。

 あいつだけが呼ばれて、僕は呼ばれなかったあの上層攻略。


 あいつにできて、僕にできないなんてことはないと教えてやる、絶好の好機じゃないか……!!


「どうするキース?」


「僕とリナが走り出す。エレインは合図に合わせて射れ」


 あいつよりも、僕の方が上手くやれる。

 それを、証明してやる。


「さあ、行くぞ!!」


 敵を前に駆ける。

 腕にある『聖痕スティグマ』を見る。


 力を貸せ、この『勇者』に――!!


「きづかれたよ!」


「ああ、パターンは頭に入ってる!」


 キマイラがこちらに気づく。

 そして、たてがみに覆われたその頭部が口を開ける、その瞬間。


「エレイン!!」


「ああ!!」


 事前の攻略戦で、種は割れている。

 初手に取るのは、咆哮。

 だから、それを潰す。


 エレインの炎の矢が、その頭部に当たる。

 目元が燃え上がり、キマイラは態勢を崩す。


「リナ!!」


「うんっ!!」


 同時に、リナが跳躍する。

 獣人の能力を活かした跳躍で、一気にキマイラの胴体の上に立つ。


「フィニッシュは任せろ、行け!!」


「おらああああ!!!」


 凄まじい威力が、胴体に当たる。

 キマイラは転倒し、猫のようにゴロゴロと転がる。


 僕はキマイラの前に立つ。


 「はっ、いいザマだな」


 後は僕が――山羊の頭部を落とすだけだ。


 キマイラの核の位置は、ライオンではなく山羊の方にある。


 もう、種は割れているのだ。

 詰みなんだよ、フロアボス。


 ああ、なんて爽快な気分なんだ。

 ありがとう、僕の為に情報を提供してくれて。

 

 あいつにできることが、僕にできない筈はないんだ。

 僕の正義は――


「ん?」


 岩壁の向こうから。

 ――ズシンと、音がした。

 その衝撃は地面を伝って、僕達に近づいてくる。


 そして。

 次の瞬間。

 壁は、破壊されたのだ。


 ◆◆◆


「そろそろか」


 東の『勇者』――オーラム・ジュペインは目を覚ます。


 そっと、舌を舐める。

 獲物を前に、オーラムは高揚が収まらなかった。


「おいテメエら。そろそろ動くぞ」


 抽象的なオーラムの発言に、騎士団の団員は困惑する。

 それを見かねて、副団長――グリム・ホービットが渋々尋ねる。


「どちらにですか?」


「決まってんだろ。分かってて聞いてんじゃねえよ」


「……未だ交戦中のようですが」


「ああ、だがもう頃合いだろうよ」


 オーラムはまたも、カラカラと嗤う。

 グリムはその真意を測りかねるも、覇気の無い団長の代わりに指揮を取る。


「オレ達が向かうのは――だ」


 一行は動き出す。

 悪意をばらまく、その神輿を担いで。



 ◆◆◆


「……な」


 岩壁が、打ち砕かれる。

 そこから出てきたのは、赤い竜。


 キマイラを優に超える体躯が、二足で立っていた。

 僕達を、見下ろしていた。


 ――その時、ドシャリと後方で音がしたが、僕は気づかなかった。


 ただ視界にギリギリ収まるほどの巨体を、唖然と見ていた。


 すると、赤い竜はけたたましい咆哮をあげる。


「グオオオオオオオオオ!!!!」


 意味がわからない。

 キマイラがフロアボスではなかったのか。


 こんなの、相手にできる訳ない。

 聞いてない。

 こんなのが出るなんて、聞いてない。


 竜は、白目を剥いて横たわるキマイラを見下ろす。


「きーす……」


 その傍には、振り落とされたリナがいた。

 僕の……大事な仲間がいた。


「リナ……!!」


 手を伸ばした、その瞬間。


 ――――――たすけ。

 言葉は、竜の一振りによって掻き消える。


「は?」


 竜は手のひらにある肉塊を、乱雑に口に放り込む。

 それを見て、僕は正気に戻る。戻ってしまう。

 戻っても、もう遅いのに。


「う、わああああああああああああああああああああああ!!!」


 死んだ。

 リナが、死んだ。

 六年の付き合いがあった仲間が、いとも簡単に消えた。


「あ、ああ……あああああ……」


 その現実が、受け入れられない。

 僕は縋るように、エレインに呼びかける。


「エレ……イン。こんなこと……………………は?」



 エレインは広間ではなく、通ってきた道で弓を構えていた。

 そこが一番、後方にとって有意義だと考えたから。


 なのに、その道は既に無かった。

 逃げる為の道は、岩で塞がれていた。


 赤い竜がこのフロアを揺らし、道が崩壊したのだろう。


「えれ……いん?」


 そして、崩壊した岩石の中から――――赤が見えた。

 直近まで生きていたことを示す、赤が大量に流れていく。


「…………」


 おかしい。

 こんなの、おかしい。


 手の甲に存在する『勇者』の証は、『聖痕スティグマ』は、煌々と光るだけだ。


 一体、何故?

 僕は、『勇者』なのに。

 選ばれた、『勇者』だった筈なのに。


 どこで、おかしくなった?


「…………あいつが、いなくなってからだ」


 ――アルト・コルネットがいなくなったから、おかしくなったんだ。

 僕が傷を負うようになったのも。

 リナとエレインとよく揉めるようになったのも。

 ギルドの連中に、アルトのことを詰められるようになったのも。


「全部、アルトのせいだ…………」


 そんなどうしようもない言葉が、空に散った。


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