第16話 ラルカ・ルーヴェスト


 私は八歳の時に、両親を失った。

 深層攻略に挑み、死んだ。

 そう、されている。

 けれど私は、薄々感づいている。


 深層攻略に際して、ある貴族と対立していた。

 その結果、お父様とお母様は殺されたのではないかと。

 魔物ではなく、人によって。


 復讐がしたい訳じゃない。

 強いて言えば、道半ばで無くなった両親の思いを継いでいると。


 あの日までは、そう思い自分を捨てていた。


 ◆◆◆


 ――キン。


 剣がぶつかり合い、金属音が響く。

 六層にてやりあっているのは、黒い騎士の亡霊。

 何も中身のない、鎧の騎士


「ねえ、人の形してるけど、しゃべれたりする?」


「貴方がフロアボス? 貴方以外、まるで気配がないけど」


 返事はない。

 まあ、そうでしょうね。


 黒騎士はスッと暗闇に溶け込む。


「それずるいでしょ。正々堂々勝負してくれる? 騎士らしく」


 口を動かし、緊張を解す。

 正直、相手していて実態が不明瞭というのは最大の恐怖だ。


 ただ、弱点はあるはず。

 いや、欠点といったほうがいいか。

 その綻びを見つけるのが、私の使命だ。


 ――ヒュッ。

 剣先をギリギリで避け、横に一閃する。


 しかし剣先は、何も捌くことはない。


「たんまたんま! 実態がないとか、ずるすぎだって!」


(今までの六層のフロアボスとは違う。異質すぎる……)


 ダンジョンは何が起こるか分からない。

 無限に魔物が湧く原理も、わかっていない。



「自慢じゃないけど、私じゃなきゃそもそも挑戦すらできないじゃない」


 それに敵がおそらく、意思を持っている。

 会話が通じているわけではないが、確実にこちらを殺すための、戦闘に関しては人に近しい意思だ。


 何かおかしいと感じる。

 ダンジョンが、変化しつつあるのか。

 深層では何故、誰一人として逃げることすらできなかったのか。


「って、そんなの考えるのはあと! 集中しなきゃ――ねッ!!」


 またも寸前で剣を交える。

 それはつまり、剣には実態があるということ。


 剣をどうにか破壊させるか、手放させるか。


「いや、でも。核を潰さないといけないわけだし」


 実態がないあの体のどこかに、核が存在している。

 虱潰しに試行回数を重ねて、それを当てるしか無い。


「……っ! それが難しんだけどね!」


 一度鎧を一閃してから、明らかに警戒している。

 意思が介在している証左だ。


「剣に惑われずに、なんとか核を潰すしかないか……」


 私は力押しが得意ではない。

 とっておきはあるが、使うとしたらたった一撃。

 最後の瞬間だけだ。


 故に今は、試すしか無い。

 不利な状況に陥っているのは分かっている。


 そんな中、ラルカ・ルーヴェストは――


『それが勇者だから。諦めない。何度でもぶつかって、乗り越えてやる』


 あの日の少年の声を思い出して、笑って言った。


 ◆◆◆


 両親が死んだあとは、叔父に引き取られた。

 叔父には娘が一人いて、妹ができたようで嬉しいと語った。

 ただ私は、妹として失格だった。

 当たり前のようにやってきたことは、義姉にとっては当たり前ではなかった。

 だから私は、区別された。


 家に居る、の一人として。

 選定の儀の為の、『勇者』を保持する為に生かされてきた。


 私はそんな立場をあっさりと呑み込む――ことはできなかった。

 私は家を出て、見つからない場所に逃げようと思った。


 そして、わたしは踏み込んだ。

 貧民街の住民が、城下町に上がれないように。

 城下町の、しかも貴族だった私にはそこがとても怖い場所だと思っていた。


 それでも、絶対に見つからない場所として、貧民街へと私は降りた。


 恐る恐る、私は街を歩いていた。

 逃げ場所を探していた。

 その時だった。


「お嬢ちゃん。ここの人間じゃないよな」


「お、しかも貴族じゃね?」


「やべえよ。自治体に見つかる前にやることやっとかねえとな」


 その時の貧民街は、今とはまるで違った。

 灯りは無く、屋根が無い家や、道端で寝ている人も少なくなかった。

「お前こんな幼い女でもいけんのかよ」


「んなわけねえだろ。身ぐるみだけ剥がせば、もう用はねえよ」


 内輪で笑う男達を前に、私は萎縮して動けないでいた。


 その様子を、見て見ぬふりをする人も居た。

 助けてよと思ったが、いま思うと仕方がなかったと思う。

 助けたくても、力が無い。


 私だってそうだった。

 力がないから、勇気がないから、その男たちを前に、逃げることすらできなかった。


 だけど――


「やめろよおまえら。おばさんに言いつけるぞ」


「アルトかよ。俺達が何しようと勝手だろ」


「一方的な勝手ってやつは、自分勝手っていうんだぜ?」


 少年は私と男の間に立って、拳を構えた。


「こんな偶然、逃してたまるか! おまえら! 絶対逃すなよ!?」


「いや、おれを前にして、そんなおうぼう? なことができると思うなよ」


「エルナスのババアの盾に隠れてるだけのクソガキが。今日こそは痛い目見てもらうぜ?」


「こいよ。おれは勇者だから、ぜってえ負けねえ」


 大口を叩いた少年は、三人の大人を相手に――

 ボコボコにされた。

 その三人組も、筋肉質で鍛えられた身体だった。


 少年は強かった。

 三人相手に、私を守りつつしのいでいた。

 私がその間に逃げればよかったと、反省はしている。


 けどしょうがないじゃん、怖かったんだから。

 それに、そう――――少年が守ってくれると、信じたかったんだ。

 本物の勇者を、見たかったんだ。


 まあ現実は、そんな童話みたいなことは起きたりしない。


 男は、軽々と顔が腫れた少年を持ち上げる。


「アルトく~ん? わかったかな? お前は弱いんだ。そのくせいつも、自分は勇者になるとか戯言をほざきやがる。日陰者のクソガキが夢みてんじゃねえよ!!」


 腹に拳を受け、少年は血反吐をはく。


「もういいだろ。騒ぎになってんぞ。早くしねえと」


「そうだな。ちょい熱くなりすぎたわ」


 男が顔を背けた瞬間だった。


粉砕クラッシュ……!」


 何が起きたか分からない。

 衝撃はなかった。

 だが男は、悶え苦しんだ。


「できた、できたぞ……!!」


 血で汚れた少年は、そう喜び、驚愕する残りの二人に近づく。


加速ブースト――ってあれ?」


 魔術だった。

 貧民街の住人が、魔術を使っていたのにも当時は驚きを隠せなかった。

 魔術を使える者は、その資格を持つ者は一握り。

 加え、魔術は相応の訓練で使えるようになる。


 貴族がその立場を確固としているのは、魔術という才を独占しているからでもある。

 そんなことは些細なことだ。


「おらよっ!!」


 少年は勢いをつけすぎたせいか、再び殴られる。

 地面に押し付けられ、何度も何度も――


 それでも、少年は屈しなかった。


反射カウンター……」


「ってえ! なんだこいつ……おい、なんなんだよ!」


「うああああああああああ!!!」


 魔力が乗った一撃が、男を空へ突き飛ばす。


「勇者の拳……なんて名前つけようかな」


 ふらふらと重心を揺らしながら、そんなことを言う。


 そして、残りの一人を見据える。


「……なんで、なんでお前そこまでしぶといんだよ!! おかしいだろ!!」


 その答えを、少年は袖で血を拭いてにっと笑って答えた。


「それが勇者だから。諦めない。何度でもぶつかって、乗り越えてやる」


 私はそこで、救われた。

 進むべき道を、教えてもらった。


 彼の方は背中越しだったから、私の顔なんてよく見ていなかったのだろう。

 いや、年月がすれば印象も含めて人は変わる。

 私のことが分からなくても、知らなくても当然だ。


 それでも、私の方はずっと忘れていない。

 彼の横顔を。

 何度でも立ち上がって、立ち向かった姿を。



 ――――



 しばらく経って、新聞で彼の活躍を見た。

 国を超えて、ログレスヘルクまでその武勇は伝わってきた。

 私はそれを見て、涙を流した。


 本当に彼は、自分の言ったことを叶えようとしているのだと。

 いや、叶える問題ではないのかも知れない。

 もうずっと、彼は勇者として貢献してきたのだと思うと、鼓舞された気がした。


 ――顛末はもう、語るべくもないけれど。


 だから私は、自分の居場所が無くなった時、あの場所に赴いたのだ。

 もしかしたら会えるかもしれないと、恐る恐る聞き回った。

 けれど街の結束は固く、そう簡単にはたどり着けなかった。


 深夜、彼の家に押しかけて居候として置いてもらったのは本当に申し訳なかったと思っている。

 同時に、ありがたくも楽しい、大切な時間だった


 最後に彼の想いが聞けて、寂寥感はあった。

 でも、彼の分まで私が背負うと。

 おこがましいかもしれないけれど、そう誓ってここに来た。


 ――これが、私の全て。


 ◆◆◆


「そういう訳で、負けられないのよ!!」


 何度も剣をぶつけあって、黒騎士の方はかなり回避に徹していた。

 種はもう割れている。


 この勝負、勝たせてもらうわ。









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