「鳥の飛ばない天地の挟間」 36


「あの子達には、やはり荷が重かったですかねえ、…」

「しかし、最初の接触者が説明などを行い世界になれるように教えるというのは規則ですからね」

先に藤堂が篠原達に案内されてきた執務室に、大きな樫のデスクに就く橿原の言葉に、真藤が窓際に立ちそう答える。

「まあ、ルールですからねえ、…。世界に溶け込みますというか、無事、過ごせるようになる為には、初期に接触した者達がそうしたことを行った方が、より順応することができるというのは、これまでの経験則があることですものねえ、…」

「適応できずに此の世界を害するものに変化されてはこまりますからね」

「…退治するなんて、いやですものねえ、…。まあでも、割にうまくやっている方ではあるのかしら?藤沢さんと篠原さんは?」

「二人は元来そうした迎えをする立場の家系に生まれていますからね。」

「確かに、素養はあるといった処でしょうかねえ、…。まだかなり危ういとはおもいますけど?」

「ですが、経験を積ませなければ出来るようにはなりませんから」

真藤の言葉に橿原が首を傾げる。

「そうかしら?できない子はいつまで経ってもできないものだとおもいますけど」

「…その際には、別の方面に進んでもらうしかありませんが」

「ですねえ、…。でも、松平くん路線も、あれはあれで厳しいものですよ?」

「あちらですか?」

「あら、違うの?」

「――出来れば、藤澤管理官の後継として期待したいのですが?」

真藤の言葉に橿原が沈黙する。

「…ええと、――御血筋とはいえ、無理じゃないかしら?」

「でしょうか?」

藤澤管理官の後継候補は他にいないのですが、と沈痛な面持ちで真藤がいうのを、首をかしげながら橿原が見返す。

「まあでも、なんとかなりますものよ。確かに、藤澤管理官が出来る方面はレアですけど」

何とかなるんじゃないかしら、という橿原を疑わしい目で真藤がみる。

「本気でおっしゃっていますか?」

「…ええと、いざとなれば、死後も働いていただけば良いのではないかしら?」

「…――――やめてさしあげてください、…それは」

真藤の真摯な言葉に橿原がまた首を傾げる。

「あら?でも、労働は尊いですからねえ。死しても働いておられるのは、ほら、篠原守くんのご両親も同じでしょう?」

ご子息の前ですと、説教モードになってしまって、今回も説明代理が出来なかったりする欠点はございますけどね、と平然という橿原をみて。

「…――――」

真藤が沈黙しながらおもう。

 ―――…篠原氏達には、ご苦労をお掛けしているな、…。

それこそ、真実死して後も働かされているといえる、幽霊状態で実は、子息である篠原守と藤沢紀志の知らない働きをしている篠原守両親の幽霊を思って。

 多少ならず同情をしてから、真藤がくちにする。

「せめて、死後はきちんとやすませてさしあげてください。いまも有給は一度もとれていないんですから」

しみじみという真藤自身、有給も普通の休みも取れたことはこの世界に入って一度もないのだが。実をいえば、労働基準法違反に確実になる環境でしか仕事をしたことがない真藤ではあるのだが。

 その真藤からしても同情に堪えない環境にある藤澤管理官――つまり、血筋だけでいえば、藤沢紀志の親となる存在に遠く視線を投げてみせて。

 ひとり、窓外の暮れゆく広大な庭を眺めてみせる真藤に、橿原がいう。

「あらでも、働いているとぼけないといいますものねえ、…。」

「…―――」

橿原の言葉に、真藤が沈黙を貫く。

窓の外は既に昏く、夜の闇がしずかに空を渡っている。






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