「鳥の飛ばない天地の挟間」 37 エピローグ 世界の仕組み編 了


「光くん!」

元気よく手を挙げて挨拶する藤沢紀志を、驚いて藤堂が見る。

案内されて少し後を歩いていた藤堂は、おもわず隣を歩いていた篠原守を振り返る。

「あ、まあ、相手が光くんだから。あんまり、ふっちゃんって、

こういうあかるい挨拶するイメージないでしょ?」

「…―――」

うんうん、と思わず篠原の言葉に頷く藤堂が案内されてきたのは就職先候補。

 つまりは、公園のような敷地に建つ二棟の建物がある場所に来ていたのだが。篠原の住む寺から徒歩圏内にある此処は。

「で、此処が滝岡総合病院になるんだよ。話していた就職先候補?あっちが第一で、こっちが総合、間の小さいのが、第二とかいわれてる建物で、あわせて全部が滝岡総合」

「…――中庭になるのか?此処は」

「うん、そう。…と、光くん!お久し振り!」

「お久し振りだな!守くん!紀志くん!」

「光くんも元気そうだ!」

白衣を着た人物が、手を大きくあげて第一と紹介された建物の方から歩いてくる。

黒い瞳が印象的な人物――光が、そうして近付いてきて足を留めて藤堂を見る。

「こちらが、就職したいという藤堂さんか!」

「…はい、藤堂です、…――よろしくお願いします」

思わず頭を下げながら、勢いの良い光に押されている藤堂をみて藤沢紀志がいう。

「何が出来るのかは、こちらで好きにテストしてくれ」

「…――おい、」

何を勝手に、と藤堂がいう前に、光が大きくうなずく。

「そうだな!いずれにしても、紀志くんの処で働かせるんだろう?将来は?」

「それまで、此処で給与が入る仕事を与えてほしい。わたしはまだ未成年だからな。会社は立ち上げてあるから、給与支払いできる仕事を作れないでもないんだが、まだ学生を本分としている以上、あまり仕事に時間を割けない。それに、光くんの処で一般的な仕事を経験しておいた方が何かといいだろうと思うんだ」

「しかし、うちには一般的な仕事はないぞ?」

「ラボで研究だけしているよりは一般的だろう」

「そうかな?…まあ、正義に相談してみるか。おれの処よりはまともな仕事があるだろう」

「…滝岡先生?」

両手を組んで、それまで光と藤沢紀志の会話に入って来なかった篠原がいう。

「…おまえは、本当に滝岡先生フリークだな、…」

醒めたまなざしでいう藤沢紀志に、篠原守が期待するまなざしで光をみあげる。

「あの、滝岡先生、にお時間とってもらっても大丈夫なんですか?」

「かまわないだろ?紀志くんから聞いてる話からすると、正義の処で、西野くん達と仕事する方が適性がありそうだからな!」

「そうですかー、滝岡先生に会えるんですかー」

ぼんやり、夢見る目線に両手を組んだままになっている篠原守を残念なものをみる視線で藤沢紀志が見る。

「まあ、仕方ないか。…藤堂」

「…あ、ああ?」

篠原守の反応に戸惑っている藤堂に、あきらめを交えた視線で藤沢紀志が悟りをひらいた口調でいう。

「これ、は、滝岡先生に憧れて、医師になると言い出した輩でな。…この業界には多い。しばらくこうした夢見がちな反応しか返さなくなるが、あきらめてくれ」

「…―――そんなに、憧れてるんだ?」

おもわずもくちにした藤堂を、しまった、という目線で藤沢紀志がみる。

 次の瞬間。

「そう!なんだって、…!滝岡先生ってすごいんだよ!――」

延々と語られることになった滝岡フリークである篠原守の滔々と語られる「いかに滝岡先生がすごいか」が始まったことに対して。

 聞きながら、反省する藤堂と。

 あきらめに天を仰ぐ藤沢紀志。

 なれている反応に、構わず滝岡を呼び出す光と。




 かくして、滝岡総合病院システム部に就職することに藤堂はなるのだが。







「わたしは、実はすきでな、この世界の仕組みが」

藤沢紀志が微笑んでしずかにいうのを、滝岡総合病院で就職先に関する話を聞いたあと、帰り道に中庭でひとやすみしてベンチの隣りに座って藤堂はきいていた。

「…仕組みがか?」

訊ねる藤堂に微笑んでうなずく。

視線を中庭の樹々に向けて、青空と樹木の緑を前に藤沢がくちにする。

「この世界は、常に無数の選択の影響で、変化をしつづけている。…選択というが、量子の世界では単なる互いへの干渉だ。それは、偶然性に左右された、無数の変化であり、相互作用を考えれば、遠くいまの人類が行く先を計算などできるものではない。…計算はできないが」

ふわりと、優しく微笑むと見えたのは錯覚か。

藤沢紀志が続ける。

「量子の導く無数の世界は、それぞれの選択で変化しているとすれば、その偶然性に左右される部分を差し引いたとしても」

樹々の上を、青空を鳥が飛んでいく。

「善きことを選び、行うことで世界は、ほんの少しでも、その善きことを選択した方向へと進んでいくということになる」

「―――藤沢、…」

藤堂が思わず呼ぶのに、青空を飛ぶ鳥を見ながら、藤沢紀志がいう。

微笑んで、しずかに空を飛ぶ鳥の姿に。

「善きことを選択していけば、その選択が増えるだけ、そちらに近付く。世界がどのように変化していくかは、僅かではあっても、己の選択が寄与しているといえるわけだ」

「―――寄与、…」

「そうだとも。僅かではある。無数の干渉がこの世界を造り、行く先を決めている。その膨大すぎる相互干渉を現代の人類は計算する術を持たない。だが、それすら、いずれ未来には叶えることも可能になるだろう。そうした、挑戦をあきらめなければ」

確信を持って藤沢紀志がいうのを、藤堂が隣りで見つめる。

青空が広く、白い雲が流れる天の下で。

「僅かな選択肢が、少しばかりしか行く先を動かすことがなくとも、少なくともその分は確実にそちらの方へ動く。…無数の世界が枝分かれしていくが」

流れる雲の白さが筋を引く青空を仰ぎ。

「計算すらできない複雑さの中に世界はあるが」

白い雲が筋をひく青空に沸立つ雲。

気持ちの良い風の吹く午後に。

「ほんの僅かずつでも、世界は動く。そして、動いた方向に、より善いものがあるようにと、選択して動いていくことができるという、そうした世界だ。失敗も、敗北も存在するが」

それでも、と空を眺めて藤沢紀志は確信を持ち言葉にする。

「わたしは、医療機器を開発したい。いまのこの人類が得ている手術や、何かという遅れた制度を蹴散らして、新しい手段を人類に与えたいんだ。此処でいま行われている医療は遅れすぎているからな」

「…――――」

藤堂が微笑んで語る藤沢紀志を無言でみる。

 それに、笑んで。

 空を仰ぎ、伸びをして。

「光くんも同じだ。あれも、目標は医者のいらない世界、だからな?それでも、いますぐには叶わないから、医者をしている」

「…――医者のいらない世界、…」

「そうだ。光くんは、外科医でな。人の身体を切って縫ってなんていう野蛮な行為をするしかない現代の医療行為を、光くんはなくしたいんだ」

「…なくしたいのに、医者をしているのか?」

藤沢紀志がうなずく。

「…無くしたいからだな。そんな野蛮な方法で医療をするしかない時代を過去のものにして、もっといえば、医療を必要とする前に、未病の段階で病の芽を摘むのが光くんの目標だ。勿論、怪我やなにかはそれでも残るが。それに対しては」

立ち上がり、伸びをして藤沢紀志がいう。

「わたしが、器機を開発するつもりだ。医療として、外科のように実際に人体を切って縫うなど、野蛮すぎる行為は過去の遺物にしたい。その為に、開発をしていく」

「…――でも、それで医師になるんだよな?確か?」

藤堂が篠原と藤沢の会話を思い出していうのに。

振り向いて、笑顔になって。

「その通りだ。開発するにも、問題や改善点は現場に落ちていることが多いからな。やはり、現場を知らずに開発はできない。ヒントもそこに多いだろう。だから、わたしは医者になる」

云い切る藤沢紀志にあきれながらもみあげて。

「壮大な目標だな?」

「無論だ。わたしの徒手空拳では、叶うものも叶わないだろう。だから、手を貸せ。おまえも、異界から落ちてきたものとして、別世界の知識をわたしに協力して生かせ」

「そんな知識ないかもしれないぞ?」

「そうか?まあ、開発は試行錯誤だ。少しでも善い方法を生み出す為に、工夫していくだけのことだ」

大きく伸びをして、藤沢紀志がいう。

「世界は、善い方向に進めていくことができる。ほんの少しずつでもな。」

藤沢紀志が視線を向ける先に明るい青空がある。

「まあ、結局はひとのすることなど小さなものだが。」

それでも、と。

「やらないよりは、やるほうがいい。その分だけ、進むんだからな」

 に、と笑んで振り向く藤沢紀志に、あきれながらも藤堂も立ち上がって。

 それから、篠原守が走ってくるのを藤沢とみる。

「おまたせー!ふっちゃん!お土産もらっちゃったー!」

「食堂のおじさんのか?ここの食堂は美味しいんだ、藤堂。よかったな」

「…なにが?」

疑問をくちにする藤堂に、篠原守が満面の笑顔で。

「勿論!お待ちいただいた甲斐のある、ここの食堂特製のお持たせです!なんと!今回は、実に見事なおじさん特製のお重!しかも、お菓子つき!」

「豪勢だな」

篠原守が手にしたお重が入っているらしい風呂敷包み。

それを真摯に藤沢紀志がみて。

「はやく帰ろう。めしだ」

真剣にいう藤沢紀志に篠原守が笑う。

「もっちろん!藤堂さん、此処に勤めたら、此処の食堂でご飯が食べられるからね!期待していいよ!確実に!」

「…う、うん、…?」

高校生二人の盛り上がりにいまひとつ着いていけずに藤堂がいって。

盛り上がって、はやく帰ってめしだ、と力が入っている藤沢紀志に。

御茶何がいいかなあ、と考えている篠原守。

 ――若いな、うん。

その二人の後を、少し遅れて歩いている藤堂は、

 ふと、空を見上げて。

 気付いて、つい微笑んでいた。

 鳥が、―――――。


 鳥が飛ぶことが、…。


 それが青空に当然の。

 大空に鳥が飛ぶ、天地の挟間に、――――。


 藤堂は微笑んで、一歩を踏み出していた。

 先を歩く藤沢紀志と、篠原守に。

 追いつくように少しだけ足を速めて。

 


 この世界を、生きる為に、―――。





 鳥の飛ばない天地の挟間。

 世界の終わりから、踏み出して。

 始める為に、―――。




              「鳥の飛ばない天地の挟間」

                        ENDE







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る