「鳥の飛ばない天地の挟間」 33
「祝詞が根性って、ふっちゃん、…。あ、それと先程は失礼しました、藤堂さん、…うちの親父の頭が固くて、…」
藤沢紀志の台詞に嘆き、ついで藤堂に連れて来た幽霊――篠原守両親が、結局説明の役に立たなかったことを謝る篠原守のいそがしいようすに。
藤堂が何か応える前に、藤沢紀志があきれたまなざしを送っていう。
「おまえ、役に立たないことくらい、わかっていろ。」
「…いやだってさー、おれの進路問題なんかより、藤堂さんの方先にしてくれればさー、…もう、こまったよね、まったく」
「こいつ、一ミリも反省していないな、…」
篠原の返しにあきれを隠さずいって息を吐くと。
一度目を閉じ、さらりと藤沢紀志が言葉にする。
「要は、祝詞は神に届ける詞ということだ。世界を構成する中に、たまさか我らが呼びかける神が存在したとしても、――。或いは、この世界にはいない神だとしても」
何を思うのか、静かに視線を伏せて。
「神に奉る詞であれば、無数の祈りと数多の境を越えて、届かせる必要がある。ひとはちいさく、人が知る世界はいまだ狭い。で、あれば、根性で届かせるくらいしか方法はあるまいよ」
微苦笑を零し、視線を上げ。
「…実をいえば、詞はあまり重要でもない。単にイメージするために必要な道具にすぎないともいうな。…」
「ふ、ふっちゃん、…いきなり奥義?」
篠原守の突っ込みに視線を向けて浅く微笑む。
「おまえの好きなファンタジーとやらでは、決まった台詞をいえば、同じように魔法が動くのだったか?だが、それは此の世にはない。此の世では魔法は使えない、…―――。祝詞はな」
言葉を切り、黒板に描いたクラインの壺をみる。
あるいは、その他の数式を。
「少しばかり昔の言葉を使い、神代の昔に近付いた想いで詞を奏上さしあげるだけのものだ。願を届ける為に詞をつかい願う内容のイメージをしやすくして、…―――神に届ける」
それが基本だ、と。
視線を伏せて、しばし眸を閉じて。
「…要は、力業で道を開けるのだ。尤も、今回は塞いだが」
「無事、月がとまって落ちてこなくてよかったよね、…」
「筺の回収は出来たと聞いてはいたからな、…。それがなければ、危うかった。…藤堂、まあ、つまりは」
篠原の言葉に眸をあけて、藤沢紀志が藤堂を振り返りいう。
「要は、わたしも詳しい仕組みがわかっているわけではない。だが、祝詞に必要なのは、神に届ける気合いと根性だということだけはわかっている。」
「…気合い、と根性、…――」
「そうだ。世界を造る有象無象を乗り越えて、此方に常に無関心な神に届けようというのだからな。それは単純に、先に説明した世界を構成する量子が無数の選択に常に無数の世界に枝分かれする中で」
さらり、と。
「望む世界へと道筋を変化させることを、無理矢理にも望み世界が善きことであれと願い奉り、その道筋を、枝の行く先を固定して、この場合は世界の存続を願うというだけのことだ。…――おまえの世界からおまえが連れて来た悪夢を、わたしはそうして、おまえから払った」
何をいえばいいのかわからず、藤堂が見返すのを知っているようにして。
藤沢紀志が嘆くような、謝るような、あるいは何かを堪えるような微笑みをくちもとにみせて。
「わたしは、それほどの力を持たない。単に祝詞を神に奏上し、願を届けて叶えていただけるだけのちいさな力だ。…此の世に月が落ちるのを、おまえの悪夢を目覚めさせることで留められても」
藤堂の前に藤沢紀志がいうのは、――。
「おまえの世界の滅びを返して、留める力をわたしは持たない」
そっと、藤沢紀志の肩に篠原が手を置く。
視線を、無表情にみえるまま語る藤沢において。
「此の世界に月が落ちるのを留め、境を越えることのないようわたしは願った。…おまえの世界を取り戻す力はわたしにはない。――――あるいはおまえ自身をおまえのいた滅びの世界に戻し、おまえごと滅することならできなくもないが」
「…―――それは?」
藤堂の瞠る目に。
「そう、―――つまりは、わたしに出来るのは、神に願うことと、祓い滅することだけだ。…幽霊として実体を持たず、此の世に幻として現れていたおまえなら、わたしは滅することができたのだが」
そして、いう。
「いまなら、まだ、おまえを滅することがわたしには出来るかも知れない。…無数の世界が生まれて消えていく此の世の中で、おまえはどうしたいとおもい、何を願う?」
「…――それは」
藤堂の選択を待つように、藤沢紀志がみる。
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