「鳥の飛ばない天地の挟間」31
藤沢紀志は不満そうだったが。
腕組みをして。
「おまえ、しかし、理系なんだろう」
藤沢紀志の理解する理系というのが、かなりの偏りがあること、――滝岡とかいう人物の話から察するに、どうも理系の中でも複数の分野を横断的に理解して通常モードで会話してしまう人物が藤沢紀志の周囲には多いらしいと―――つまりは、理解していて当然のレベルが高すぎて、それまでの会話でも当然説明があってしかるべき基礎編が抜け落ちていた為に。
「つまりは、藤堂さんは普通のひととして、こちらの世界に移動なさったわけですから、理系とはいいましても、極一般常識から、そして、世界が違うんですから、その前提となる情報から丁寧に教えてほしいと、そういうことになるのですよね?」
「…―――はい、」
思わず藤堂が喰い気味に応えたくらいには、ぬらりひょん、とあだ名で昨夜語られていた橿原という人物のいうことがまともに思えて。
背後で、腕組みをして眇めた視線で藤堂をみていう藤沢紀志を振り向かずに。
「いいが、これはぬらりひょんだぞ?これに同意して、うっかり嵌まり込んでもわたしはしらないからな?忠告はしたぞ」
難しい顔で腕組みしたままいう藤沢の表情に真剣な影があることに気がつかず。
振り向かないまま、藤堂は橿原に問い掛けていた。
「つまり、―――一体、いま何が起きてるんです?おれの身には?」
「…そうですねえ、…。端的に申しますと」
大きな樫材のデスクに両肘をついて手を組んで藤堂をみあげて。
橿原が、淡々と。
「まあ、簡単に申しますと、この世界に吹き寄せられて漂着した波打ち際のごみというところでしょうか?あなたのお立場は」
「…―――ごみ、…。」
「はい」
淡々と真面目に橿原がみあげて。
「粗大ゴミだな」
背後で、淡々と藤沢紀志が留めを刺している。
「…――そう、なんですか、…」
がっくり、とデスクに両手をついて肩を落とす藤堂に、橿原がいう。
「先に篠原さんたちも申してましたけど、此の世界はそうした大きめのごみが漂着しやすいんです。掃除は常にきちんとしているんですけど、…、ごみがつまりやすくて。…――ぼくは、つまりはそうしたごみの清掃を管理するような立場になりますね。それで、あなたのように漂着したごみを分別して、リサイクルに回すわけです。プラスチックごみと、紙ごみとでは、同じ処に送れないでしょう?ですから、ここで種類をわけて、登録をしまして、次に何処へいくかをお世話するのが役目ですのよ」
「…―――これが、文系向けの解説か?」
「多分、そうだな」
振り向いて目が据わっている藤堂に、腕組みをしたまま藤沢がいう。
「…酷くないか?」
「文系向けだからな」
「…―――文系向けとしても、ひどくないか?例えが」
「あら、でも事実ですのよ?色々な世界から漂着したゴミが、集まって困っておりますの」
「…―――――で、これは人間なのか?この世界産なのか?それとも、どこかの人間以外の産物か?」
歯に衣着せぬ藤堂の物言いに、橿原がすねて横を向く。
「あら、ひどいんですのね。ぼくは、正真正銘、此の世界産のふつうの人間ですのに」
「藤沢、――」
額を手で押さえて、藤堂がうつむいて。
「どうした?」
「いや、――理系向けと文系向けの中間への説明はないのか?」
「あー、おまたせ!ようやくつかまえて連れてきたよー!」
「…篠原?」
いつのまにか部屋を出て、誰かを連れて戻ったらしい篠原に藤沢紀志が眉をひそめて。
「…おまえ、なにを連れて来た」
「え?って、ふつーの説明ができるひと?」
篠原の無邪気な説明に、藤沢紀志が疲れたように肩を落とした。
思わずも、藤堂もその藤沢に同意しそうになる。
だって、それは。
あんまりというものではなかったろうか?
「えーっ?だって、うちの親父は、坊主としては説法がとてつもなくうまいって評判だったんですけど?」
それは、死んでるから頭は固いんで、融通は利かないけど、と。
そういって、篠原が連れて来たのは篠原守両親、―――。
つまり、見事に足のない――いや、よくみれば透けているだけで足はあるのかもしれない――幽霊である、大柄な坊主頭に袈裟が似合う一人と、その隣りにしずかに微笑んで立つ小柄な婦人――だからつまり。
幽霊である、篠原守両親であったのだ。…―――
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