エピローグ 世界の仕組み編

「鳥の飛ばない天地の挟間」28 エピローグ 世界の仕組み編


「とりあえず、藤堂。おまえ、この篠原の家に住め。住まう処は必要だろう」

「え?え、あの?家主の意志を無視して決めちゃうの?家のことだよ?家の?」

篠原守の抗議に、あっさりと藤沢紀志が肯定する。

「勿論だ。おまえの家は寺だからな。広いだろう。堂宇にはもとより、僧達を泊める施設があるだろう。部屋は空いているんだろう」

「…そりゃ、そうですけど、…――。滝岡総合病院に勤めるんなら、あそこは寮があるんじゃなかった?」

首を傾げる篠原に、あっさりと藤沢紀志がいう。

「確かにあるが、常に一杯だそうだ。それに、あそこは寮とはいえ、実質は個室の揃ったマンションだ。個室では、別世界から来た住人では孤立しかねない。条例でも、こいつのように落ちてきた住人に関しては、世話をみるように決まっているだろう。孤立させず、この世界で生きていく方策や馴染み方を世話する必要があると決まっているだろうに」

「…そりゃー、そうなんですけど」

「だったら何に文句がある。そもそも、おまえの家は寺として、そうした異界から落ちてきた連中を世話する為に始まった機関だろうに。」

「そりゃー、由緒正しい、―――とかいったらそうなっちゃうんですけど。でもね?遣唐使や何だのと一緒に、異界の住人を受入れてたのもいまは昔よ?…そもそも、定期的に来客があるわけじゃないんですから、無料の宿泊施設扱いされても、…―――」

「だか、おまえの寺はそうした際の施設として登録されているからな。そもそもというなら、届出を出したまま、資格を抹消しておかなかった、おまえのご先祖達がわるい」

「…――まあ、そうなんですけどね?資格喪失届けっていっても、条件とか、いろいろ厳しかったり、届出が面倒だったりするんですってば、…――そもそも、うち、こうして異界の住人さん達が落ちてきやすい場所に設立されてるから、…―――この場合、建立っていうのかしら、…―――な、色々な色々がさ、―――わかりました。ふっちゃんの云うとおり、確かに異界落人の皆さんを孤独に放置したとか、独りにして思い詰めさせちゃったりとか、ゴミの出し方も教えずに、コンビニの場所だって教えたりせずに世話しないですごさせて、そーんなあれやこれやになったら、隣近所に顔向けできないもんね?…そーでなくても、うち、本来なら町会長やらなくちゃいけないとこを両親他界につき免除していただいてしまってるし、―――…」

しみじみ事務処理モードで肩を落として長々と語る篠原を無視して、さっさと藤沢紀志が藤堂に指示している。

「こいつは頼りにならんが、こいつの姉上が実にしっかりしているから、心配はするな。ゴミ出しは、月木が燃えるゴミだ。分別はしっかりしろ。寺がリサイクルをしっかりしないという評判を立てるわけにはいかないからな。それから、おまえがこれからここで生きる為に必要な知識と規則を学ぶ為に、明日は窓口にいって登録してもらう。基本情報はすでに向こうで把握しているはずだ。パスポートや在留資格のように、更新が必要な期限があるものではないから、安心しろ」

面倒だが、一度手続きを済ませてしまえば、一生物だからな、といっている藤沢紀志を藤堂が無言で目を瞠ってみる。

 何というか、…―――。

「その、…―――なにか、まるで」

 お隣に誰か越してきたから、町内会のルールと加盟条件などを伝えるような。あるいは、単に引越してきた相手にこれからの来し方を説明でもしているような。

 あきれていいのか、どうしたらいいのか、わからずに言葉が継げないでいる藤堂を、あきれた視線で藤沢紀志がみる。

「どうした、おまえ。ものははっきりといえ」

「…あ、ええと、――つまり、まるで、…。」

 別世界とか、世界が滅んだとか、…そんな何もかもがどこかへ飛んでいくような、…。

「その、まるで、…引越しの手続きでもしてるようだ、と」

戸惑いながらくちにする藤堂に、大きく腕組みした藤沢紀志がうなずく。

「良い喩えだな」

「…いいのか、…?」

 思いがけない藤沢紀志の言葉に、おもわずそのまま返してしまうが。

 腕組みをしたまま、大きくいま一度うなずいて、藤沢紀志がしみじみという。

「そもそも、こうして、まだ高校生だというのに、おまえたちのような異界人の世話をさせている辺りが、あの連中は手を抜いているというんだ。」

「…ふっちゃん、――まあ、そりゃあそうなんですけど、そんな身も蓋もない」

篠原守の突っ込みにあきれて吐息を藤沢が零す。

「身も蓋ももとよりないだろうに。」

「…ええと、その、――」

一応ほら、世間体とか、いろいろ?とかいってみせている篠原守を無視して。藤堂に視線を再度振り向けた藤沢紀志がゆっくりとうなずいて。

「いずれにしても、引越しというのは良い喩えだ。藤堂、移住したとおもえばいい」

「…――移住?」

想像もしていなかった藤沢紀志の言葉に繰り返して瞬く。

 ―――…移住?

「そうだ。同じ世界内でも、住む所を変えれば、移住というだろう。勝手を知らない、見慣れぬ場所に住むことになれば、いずれにしろ苦労する。

…――知らない土地に移住したとおもえば、そんなものだ」

「…―――移住、…」

繰り返す藤堂に、淡々という。

「そうだな。これからおまえはこの世界で生きていくことになる。生きる方策を探すことになるだろうが」

「…―――」

見返す藤堂にしずかに。

「住む処と、めしは必ず必要になる。こいつの処は、古からそうした異界からの客人をもてなすことを続けて来ているからな。世話も慣れたものだ。今夜は休んで、明日はあのぬらりひょんの処だからな。ゆっくり休むといい」

「…―――そだね、…。しばらく振りだなあ、…。おげんきかなあ、…」

「篠原、気持ちの入らない言葉をくちにしてもむなしいだけだぞ?」

がっくり、と篠原守が肩を落として遠くを見詰める。

「…――うん、…。藤堂さん、とりあえず、食べられないものとかある?」

「え、…?」

 酷く現実な。

 あまりに、普通で。

 とんでもなく、これまでの体験からは真逆としかおもえない篠原守の質問内容に。

 絶句している藤堂を、同情するようにして篠原がながめる。

「あのさ、気持ちはちょっとだけわかるとおもうんだ。…いろいろなことがあったけど、ここでまずおれが聞かなくちゃならないのはね?」

 真面目に、真剣にうなずく篠原に。

 何だか、笑いたいような、泣きたいような、妙な気持ちに藤堂はなって。

 顔をゆがめて、泣き笑いのような感じになっていた。

 だって、それは。

「姉貴がうるさいから仕方ないんだけどさ、…――。」

 本気で真剣で、一番気にしなければならないのはそれだと篠原がいうのは。

「納豆食べられる?藤堂さん?これとっても大事なんだけど?」

 眉を寄せて、本気で真剣に心配している篠原守。

 対して、無表情に腕組みしたまま隣りに立つ藤沢紀志に。

「確かに、色々と先走った説明などもしていたが、…肝心なのはそこだな」

「…――――」

無言で驚いてみる藤堂にかまわず、幾度もうなずいていたりとするのは。

「納豆が食べられなくては、この御堂に泊まっていただくわけにはいかないからな、…。肝心なことを忘れていた、すまん。篠原」

「…ふっちゃんが謝ってる、…―――天候のくずれが、…。まあ、それはともかく、大事だからね、納豆が食べられるかって。うちは由緒正しい遣唐使か遣隋使かさん達を泊めてた時代から、納豆のルーツといわれるあの謎食物だって、大事に受け継いできたんですからね?」

「まあ、そうはいってもあれと納豆は別物だがな」

「確かにそうですけどー。姉貴が客を受入れる条件が、うちの納豆味噌汁を食べられるかどうかに掛かってるのは単純な事実でしかないんですもん」

「姉上の作られる納豆の味噌汁は、実にうまい。宿泊してよかったと思えるのは、姉上の味噌汁をいただいたときだな」

実にうまい、としみじみ腕組みしたまま思い返しているらしい藤沢紀志に。

「姉貴の味噌汁には敵わないもんね、…。ぼくも修行中ですけど、中々あの味は出せません」

 あの、と。

 おもわずあきれてぽかんとくちを開けて聞いてしまいそうな藤沢紀志と篠原守の会話に藤堂が。

 そうして、藤堂は腹を抱えて、身を二つに折っておもわずもこらえられずに笑いが零れるままに。笑い出して、とまらないくらいにおもわずも泣き笑っていた。

 苦しいくらいに笑って、頬をなみだが落ちるのをしっていても。

身を二つに折って腹を抱えたまま、藤堂は視線をあげて、藤沢紀志と篠原をみる。

「…納豆は、好物だ、…。特に、海苔に乾燥した納豆を挟んだやつが、小腹が空いたときに食べるのにいい。…携帯できるんだ」

気に入っていた月基地で食べていた納豆海苔サンドを思い出して笑んでいう藤堂に、篠原がうなずく。

「あれうまいよね、おれもすき」

「―――…あるんだ?」

 此処にも?と驚きにくちにした藤堂に。

「あるな。…確か、駄菓子の類いだ」

「違いますよ、ふっちゃん、いい加減なこと教えちゃいけません。あれは一応、健康食品の類いで、お菓子として売られてるんですよ。商標登録はね、…―――」

「あるんだ、…」

あきれて、藤堂がくちにして。

「…―――ある、んだ、…―――」

 乾燥納豆の海苔サンド。

 ニッチで、だから、その、…―――。

 苦笑して、笑んで、それから。

 泣きそうになる前に、藤堂はいっていた。

「ぜひ、食べてみたいな、…この世界の」

「そうだな、味を比べておまえがもといた世界の方がうまいとおもえば、味を改良してくれればいい」

真面目にいっているらしい藤沢紀志に、突っ込む篠原。

「だめですってば、――!そういう異世界から来た住人のスキル利用をしての改良とか色々はいろんな規制があるんですってば!ふっちゃんの野望の通り、好きに利用させていくわけにはいかないんですー!」

「そうはいってもな。おまえも、うまい納豆がくいたいだろう」

「…―――ゆ、誘惑はされませんからっ、…!」

「本気か?おまえ、それでうまい納豆が誕生したら、それに抗えるという気なのか?」

 正気をうたがう眸で篠原をみる藤沢に、よよよ、と嘆いてみせる篠原守。

 まるで夫婦漫才な二人の会話を聞きながら。

 そんな二人を目の前にしながら、―――。

 藤堂は、泣きそうな、笑みを苦笑をうかべて。

 くちびるをわずかにかむようにして、…――なんだか、どうにもならないはずのなにかが、強引にどうにかなっていくのではないかという気がして、苦笑していた。

 ――世界が滅んだり。

そんないろいろさえも、確実に吹き飛ばしていくような二人の。

「…納豆が、あるんだ」

 そして、月基地で好きだった乾燥納豆海苔挟み巻き。

 確か、そんな商品名だった。

 ―――…あるんだ、な。…

泣き笑う気持ちで、おかしみに二人の会話をあきれてみて。

 そうか、――と。


 世界が終わっても、納豆があるのなら。

 生きていけるかもしれないな、と思う藤堂がいるのだった。―――

 何だか、シリアスに悩んだ何もかもが、台無しになりそうなことだけれど。

 生きていくというのは、こうしたものなのかもしれないと。

 藤堂は、藤沢紀志と篠原守。

 二人をみておもわず苦笑を零しながら。

 

 そうして、唯。


 泣き笑いのまま、青空を仰いでいたのだ。

「…ああ、――――…」

 みあげる空に、鳥が、…―――。

 梢に、樹木の緑豊かなその枝から飛び立つのは。

 鳥が飛び立つ。


 鳥が飛ばない天地の挟間から。

 鳥が飛び立つ天地の挟間へと。

 薄青の空が広がる下で。

 藤堂は泣き笑いのまま、青空を見あげていた。


 鳥、が飛んでいく。―――







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