「鳥の飛ばない天地の挟間」27 第二部 藤堂編 了


「起きろ」

その手を、目を瞠りながら。

「あーっ、…!ふっちゃん!!!どーしてそんな親切っ?おれには、そんなにやさしくないくせにー!ふっちゃん、―――!」

「当り前だ。おまえにやさしくしてどうする」

振り向いていう藤沢に、篠原守が、よよよ、とくちもとに手をあてて、くっ、とかいってみせている。

 あきれて醒めた視線をその篠原に送り、藤沢紀志が大きく息を吐く。

「まあ、突然こんなことを色々と云われても飲み込めないだろうが、仕方ないと思って適応しろ。…なんだ、篠原」

眉を寄せて問う藤沢に、篠原守が大きく首を振る。

「雑、ふっちゃん、突然、雑!そんな突然、適応しろとかさ、詳しい説明、面倒でもう投げたくなったんだ?」

「…――わたしにしては、充分以上に詳しく面倒な説明を続けたと思うぞ?記録といってもいいくらいだ。そもそも、世界の成り立ちや、どうやって世界が滅び、或いは、時にこうして藤堂のような世界の欠片が生成されるのかは、管理者にでもみっちりしごかれなければ理解などできる話ではないだろうに。―――」

「あ、いや、それはそうなんですけどね?此の世界に来られた以上は、つまりなんていうか、これから住む世界になるわけですし、色々基本的な説明はやっぱりね?」

「おまえがしろ。でなければ、窓口を案内してやれ。わたしはもう知らん」

殆ど強引に、藤堂の手を握り、立ち上がる反動で立たせた藤沢紀志が。

「…――――」

茫然として、立たされた藤堂が見返しているのを、無視して藤沢紀志が手を払う。

「…まったくな、どうして、高校生の身で、こうして年も上な別世界の住人を救助しなくてはならんのだ」

「…まあでもほら、滅んだ世界の悪夢と一緒に落ちてきたわけだし、…―――そうすると、おれには出番ないわけだし、…――」

無言で、藤沢紀志が篠原を睨む。

「ええっと、…だって、祝詞で世界が落ちてくる悪夢を祓えるのなんて、ふっちゃんくらいだよ?他のヒトには無理だよ?ふっちゃん。ふっちゃんがいなかったら、実はこの世界もこの藤堂さんの悪夢と同時に、悪夢の月がこの世界にも落ちてくるのが現実になって、祓えず世界がともに滅んでいた処だったんだよ?こんなとんでもないことができるのって、ふっちゃんだけだってば!」

「…―――できなくて、いい」

「いや、頼むから出来て、そうじゃないと困るし」

「そもそも、おまえが、…―――これを滅せず、救おうなどと、仏の慈悲などを起こすからいけないんだ。おまえ、医者になるんじゃなかったのか?慈悲なんて、修行して坊主になるつもりか?」

「…違いますってば、ふっちゃん。ぼくは、あくまで医者志望です!坊主になんてなりません!」

「だったら、いらない慈悲など発動するな。わたしが、どれほど苦労して、祝詞にて此の世界を救う道を購ったとおもっているんだ?どれほど力を使うか、知らないわけでもあるまい?」

機嫌わるくくちにする藤沢を、篠原守が困り切って眉を下げた顔で見返していう。

「だって、その、…―――。ふっちゃん?愛してるってば!」

「いらん」

即答で云い切る藤沢紀志に。

「いやーーっ!つめたい、ふっちゃん!ふっちゃんって、ぼくにほんとーにつめたいよねっ?!」

「当り前だ。おまえに冷たくしなくてどうする」

「…ひ、ひどい、よよよっ、…――」

器用にハンカチをどこからか取り出して、くちもとに引き結び、よよよ、といってみせている篠原守をあきれた表情で藤沢が見守る。

「…あ、その、…」

おもわずそのあきれたというか、とんでもない篠原守のリアクションと。

藤沢紀志のあきれにつかれさえみえるその雰囲気に。

つい、それまでの普通のつづきのような気持ちで声を出してしまっていた。

 その、藤堂に。

振り向いた藤沢紀志が、藤堂をなにかこれまでとは違う視線で見つめていう。

「そうだな、藤堂」

「…は、はい?」

思わず返事をしてしまって、まだ戸惑っている藤堂に。

「実はな、わたしの夢は、此の世界で医療機器を開発することなんだ。医師免許は一応取るが、目的は医療機器の開発でな」

「…―――?!」

驚きと藤沢紀志が唐突に言い始めた内容の行き先がつかめなくて藤堂がみかえすと。

「つまりは、…――おまえは理系だったな?藤堂」

「…は、―――」

はい、といいかけて返事をしていいものか困っている藤堂に構わず。

 あっさりと、藤沢紀志がつづけている。

「おまえ、わたしの配下になれ」

「…―――ふっちゃん、…それはっ、」

に、と浅く性質のわるい笑みを藤沢紀志が刷く。

「いいだろう。わたしがこれだけ苦労した結果だぞ?異世界の住人が持つ可能性があるオーバーテクノロジー。わたしが利用してなにがわるい」

「…悪いでしょっ、ていうか、そういうのは条例違反でしょ?」

ふっちゃん、と慌てていっている篠原に構わず、藤沢が続けている。

「そうだな、少なくとも、月に基地を造るテクノロジーは持っていたわけだ。此の世界とは微妙に物理法則も異なる可能性もある。さらにいうなら、別世界の住人である以上、その発明品が異世界の法則を持って、通常では有り得無い効果を持つ物質を生み出すことさえある。…利用しないで、どうするというものだな?」

藤沢紀志が浮かべる笑みをみて、篠原守が困り切った顔で止める。

「だ、だめですってば、ふっちゃん!世界を守る管理官から怒られちゃうでしょ?」

「だが、知らぬ内に、なにかしでかして世界が滅ぶ切っ掛けを造ったりするよりも、わたしのラボで監視体制の中で、研究設備と一緒に観察される中の方が、安全性も増すんじゃないか?」

「い、いやそれは、あのそれって、…それは確かにそうだけどさ、…」

「別世界の住人である以上、こうして異世界の欠片として存在する以上は、確かに此の世界に影響を与えずにいることはできないのだからな。それなら、わたしの研究に利用されている方が平和だというものだ」

「…―――ふっちゃん、――」

「藤堂、取りあえずは、おまえは滝岡総合病院に就職しろ。くちを利いてやる。あそこには、何れわたしもこのばかも就職する予定だからな。」

「…――ひとの人生、勝手に決めちゃいけませんってば、ふっちゃん、…条例がね?規則がね?」

「…罰則規定がないだろう。拘束力が無い規則だ」

「―――そ、そんな悪の巣窟みたいなことをっ、…」

茫然と二人の会話をみていた藤堂を、はっしと必死に篠原守が振り向いて肩を掴んで視線を合わせる。

「あのね?ふっちゃんの云うとおりになんてしなくていいからね?後で、約束事とか、この世界で生きるルールとか、…ちゃんと窓口に紹介して、教えてもらえるように手配するから!藤堂くん、確かにふっちゃんは圧強いけど、…――祝詞で神様に無理なお願い通せちゃうくらい、もう無駄に強力で圧激アツで、逆らうのは難しく感じるかもしれないけどね?」

必死でいう篠原を藤堂が思わずぼんやりとながめる。

「――ふっちゃん?」

そして、おもわずくちから出た問いのまぬけさに、無言になって篠原守の顔を見返してしまう。

「――ええと、あ、ふっちゃんは、このふっちゃんね?」

しかも、篠原守が極真面目に、視線を少し後の右隣りに立って無言で空を眺めていたりなどする藤沢紀志をしめしていうものだから。

「…あの、――」

思わず、戸惑ったときに普通にいうように、明瞭でない発言を。

その藤堂に篠原守が力説する。

「いいから、ふっちゃんに従う必要はないんだからね?ぼくはもうふっちゃんの下僕だけど、きみまで混ざる必要はないから!ないし!ね?」

「おまえ、どういう意図があって藤堂を止めているんだ」

疑わしげにいう藤沢に篠原が首を振る。

大きくふって。

「…いやその全然、ふっちゃん、を巡って下僕争いする候補者なんていりませんとか、…ふっちゃんの下僕はぼくひとりで充分です、とかいう下心で止めていたりはしませんからっ、…――!」

「そこで吐露してどうする。」

「…はっ、…!しまった、…ぼくとしたことがっ?!」

篠原守がオーバーアクションでくちもとに手を当てていい。

「…――あ、あの、…ぼく、は、…―――。」

 藤堂は、力が抜けて、膝を折ってしゃがみこんでしまっていた。

 世界が、滅んで、…―――。

 多分、本当に、かれひとりだけが生き残って、…―――。

 そんな残酷な孤独が。

「どうした、藤堂」

 そうして、その前にしゃがみこんで手を差し伸べていう藤沢紀志に。

 その隣りに、困った顔でおなじくしゃがみ込んでみてくる篠原守に。

 二人の視線に。

 藤沢のさしのべる手に。

 篠原の困った微笑みに。

 何だか、…―――。

「…おまえの世界は滅んだが」

 手をさしのべる、藤沢紀志に。

 困った微笑みで隣をみて、無言ですこし首をかしげてみせる篠原守。

 二人の前で、…―――。

 藤堂は、困って泣きそうに笑んで、…。

 藤沢ののべたゆびさきに、己の頬を涙がつたっていたのをしった。

 左の頬を一筋、…―――。

「…おまえは、もうこちらにいる。…鳥の飛ばない天地の挟間ではなく。―――――藤堂。…」

 しずかに、藤沢紀志の声が響く。―――


 世界が、なにでできていて。

 世界が、なににより、滅ぶのか。

 そんなことはしらないけれど。


 世界が滅ぶそのときには、―――。

 こんな奇跡が起こるのかもしれない、と。

 おもった、…―――。




 鳥の飛ばない天地の挟間に、…―――。




 その滅びを、…。



 世界が滅び、残る欠片に。

 奇跡が起こることもあるのかもしれないと。

 

 こんなに、とても。

 やさしい、奇跡が、――――。





 世界はそして滅んで、


 たったひとつの、欠片をのこした。








             ―――鳥の飛ばない天地の挟間、…―――。








                           了
















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