第18話 絶望

 自室へと帰った俺はすぐさま手がかりになるものがないかと探した。

 二時間ほど部屋中を漁ってみるも芳しいものはない。

 パラレルスフィアについて研究しているんじゃなかったのかよ。

 どうしてこうも探してもないんだよ。

 疲れて部屋に倒れると机の引き出しの下になにやらノートが置かれているのを見つける。

 そういえば、俺ってエロ本とか隠すときに基本誰かに見つからないようにベッドの下とかに置いておく癖があるよな。

 引き出しの下のノートを手に取ると、埃が上に乗っかってるなんてことはなかった。

 つい最近まで出し入れしているなこれ。

 引き出しの下に入れて、ノートを放置しようものなら、埃の一つや二つが乗っかってもおかしくはない。だけど、そんな形跡はないあたり、何度か取り出しているのだろう。

 まったく隠すならもっとわかりやすいとこに隠せよな。

 この世界の俺に文句を言いつつ、ノートを開いてみる。

 記述は今年になってからだ。


 一月八日。

 まったくの偶然ではあったが、爺ちゃんが古代人の秘宝を見つけた。

 ただ近くにあった石碑にはこの球を起動させるなと書いてあったらしい。

 だが、そんなの関係ない。

 古代人の秘宝についての話は聞いている。

 都を一晩で建てただの、難病の病人が治っただのという理想の世界にしてくれる伝説。

 これさえあれば志保のガンはなかったことになるのかもしれない。

 俺は爺ちゃんに頼んでパラレルスフィアを使って志保のガンをなかった世界にするまで公表をしないように頼み込んだ。

 志保のためといえば爺ちゃんも頷いた。

 本物だという保証もなければ、これが昔と同じように起動するかもわからない。

 パネルの一つをめくってみれば古代文字が書かれてる。

 なんて書かれているかはわからない。

 爺ちゃんと共に研究して読めるようになる必要がある。

 専門機関に渡せば早いのだろうけど、この事がおおやけになればパラレルスフィアは取り上げられるかもしれない。自分の理想の世界にできるなんて代物が世間に知れれば盗みにくるやつも出てくるだろう。

 だけど、志保のガンをなんとかするまでは誰にも渡すわけにはいかない。

 専門機関に頼れないとなれば自分で勉強するしかない。

 勉強嫌いの俺がただでさえ難しい古代文字の勉強なんて気が遠くなるような話だが頑張る他ないだろう。

 全ては志保のためだ。

 

 この時点でパラレルスフィアを見つけて、俺は覚悟を決めていたみたいだな。

 志保を助けるために。

 でも、なんで俺にパラレルスフィアを使った記憶がないんだ。

 パラパラと先のページをめくってみた。

 

二月十三日

 この球体の名前をパラレルスフィアと名付けて数日が経った。

 俺は古代人が残したパラレルスフィアにホログラム映像を再生する機能があることを知った。

 どうやらこれは初めてパラレルスフィアを使う前に見ておくべきものらしい。

 まさか下のパネルをめくってみるとこんな再生装置がついているなんて思いもよらなかった。

 

 待て、どういうことだ。

 パラレルスフィアにはそんなゲームのチュートリアル映像みたいなのがついているのか。

 試しに鞄の中からパラレルスフィアを取り出す。

 下のパネルをいじってみるとカチリとなにかが外れたような音がする。

 そこにはボタンがあったので押してみる。

 パラレルスフィアの中から玉が飛び出てくる。

 いつものやつだ。

 それが急に映像を映し出す。

 立体的なホログラムかなんかでできた映像を。

 二人の男と女がなにやら話し合っていた。

 なぜだか、俺は彼らの話している言葉がわかった。

 いいや、なぜかなんかではない。

 俺は知っているんだ。

 この世界で何度もこれを見て訳した記憶がある。

 エジプトの王様みたいな格好をした女に傅く男。見覚えがある。

 あの超能力世界での古代人だ。

『女王よ、あの球体をこれ以上使うのはおやめください』

『これがあればなんでも思いのままではないか。これこそ、我らが作り出した技術の結晶。現実世界とは異なる世界(パラレルワールド)へと飛ぶことのできる究極の願望実現装置。これがあれば世界、いや、この宇宙すらも我らのものとなるだろう』

『ですが、その球体にはいささか問題点が垣間見えるかと。願いが叶ったのを覚えているのは所有者のみで、我らは女王から聞かされているだけにすぎません』

『お前たちはただわらわの言うことを信じればよいのだ』

『だが、そのお力。必ずしも願いばかり叶うものでもないのでしょう』

『なぜ、そのようなことがお前にわかるのだ』

『わかりますとも。今起こっている天変地異はその球体が起こしたものではないのでしょうか。川が氾濫して人々が海にまで押し流されたり、山が噴火してマグマが街に押し寄せてきたりなどの異常気象です』

『それはそうだが……』

『なればこそ、もはやお使いになるのを止めるべきなのでは』

『わかった大臣よ。お前にだけは話そう。この球体には天変地異をわずかに収める方法があるのだ。だが、それは所有権を放棄し、記憶を失うことになる』

『球体を手放さなければならないと』

『そうだ。それも他のものに悪用されないように隠さなければならない』

『して、その方法はいかに』

『かの球体の呪文を唱え、浮き上がった時に受け取らずに落とすのだ。それが所有権の放棄だ。部下たちに命じて穴を掘らせよ。そして万が一の時が起こった時のためにこのことは記録しておく。パラレルスフィア本体にな』

『すでにこのことを記録している時点で最初からそうするおつもりだったのでは』

『これを使う物が、わらわと同じ過ちをしないと限らないのでな』

『破壊なさっては?』

『無理だ。これはそう簡単に壊せるものではない。それに我らにすらどうすることもできない天変地異があった時にこれは有用なのだ』

『私にはこれこそが災いの元だと思われますが』

『言うな、それでも人類には必要なる時がくるやもしれんのだ。この球体がな』

 映像はそこで途切れた。

 俺はというと、見せられた内容に圧倒されていた。

 パラレルスフィアには所有権を放棄する方法があること。

 あの超能力者世界で出会った古代人が実は大臣であったこと。

 そして、すでにあの頃から天変地異が起こっていたこと。

 古代人が滅んだのは諸説あるが、もしかしたらパラレルスフィアが原因だったのかもしれない。そして、このホログラム映像は俺みたいな奴が使ったときのために残しておいたんだ。

 理想の世界を作れるパラレルスフィアを使い続ければこうなるけど、それでも手放そうとしないやつのために。

 ただ、これであのドラゴンやコスモロイドを出さない方法はわかった。

 所有権の放棄を行うことで、パラレルスフィアの影響力を最小限に納めることができる。

 ここ最近のパラレルスフィアを使った記憶がなくなるが、仕方ないだろう。

 パラレルスフィアの方を見ると元の球体へと戻っていた。

 さっき出た玉のようなものは中に仕舞われている。

 すぐに手に取り、俺がいた世界を思い浮かべる。

 できればあの世界に戻ってほしい。

『ル・クシェンテ』

 呪文を唱えるもなにも起こらない。

 いったい、どうしてだ。

 はっ、俺は肝心なことを忘れていた。

 どうして俺にパラレルスフィアを使った記憶がないのか。

 なんで古代語で話されている映像を理解できているのか。

 そう母さんも志保も言っていたこの世界の俺はパラレルスフィアと古代語について勉強してたって。

 日記の最後のページをめくる。


 五月十四日。

 俺は最初にパラレルスフィアを見付けた遺跡の近くに穴を掘った。

 遺跡の近くなら、堂々と発掘目的と称して穴を掘れるからだ。

 誰かが見つけるかもしれないが、パラレルスフィアの危険性がわかったからにはこうするしかあるまい。海に沈めることも考えたが、これが壊れた時になにが起こるかわからないことを考えると得策ではない。これを壊した瞬間、世界がおかしくなったりするのはごめんだ。

 一番いいのはむしろ見つかって使用目的がわからないまま大事に保管されるのが一番いい。

 元々、爺さんはその方向だったしな。

 俺が古代人の秘宝の噂についての話を知って、検証しようとしなければそうなる予定だった。

 幸い、俺が埋めるところはなにもない。

 これが見つかったところで、こいつが古代人の秘宝だと勘付くこともないはずだ。

 俺は最初の一回を志保のガンを治すために使う。

 最初で最後の一回だ。

 このパラレルスフィアが本当に理想の世界を築くことができるというのなら、幼馴染の命を救うことくらいできるはずだ。

 俺はおそらくそのことを記憶に覚えちゃいないだろうが、それでもあいつの笑顔が守れるなら、ここ数ヵ月の努力くらい忘れたっていいさ。


 日記にはそう書かれてあった。

 じゃあ、今の元の世界に戻ってきてしまった俺はどうすればいいんだよ……。

 どうやって、パラレルスフィアをもう一度起動させればいいんだ。

 結局、パラレルスフィアを起動させる方法はわからずじまいだった。

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