第19話 ドラゴンとコスモロイドと未来人
日曜日。
散々悩んだり、いつもの呪文を唱えたりしてみてもパラレルスフィアはさっぱりと起動しない。いったい、どうすりゃ志保がガンにならずに、俺が記憶を消されてのんびりと授業を受けていた世界に戻れるっていうんだ?
考えていてもさっぱり思いつかない。
日記を読んでも俺がパラレルスフィアを使ったのはどうやら一度きりみたいだ。
どうしたもんかと頭を悩ませていると急に地響きの音がした。
この音、聞いたことがある。
もしかして……。
学生鞄の中にパラレルスフィアをしまい、音がした中野坂上駅の方まで行く。
そこには信じがたい光景が広がっていた。
空に浮かぶ巨大な黒い穴からあのレッドドラゴンとコスモロイドが降りてくるところを。
まさに絶望ってやつだ。
この世界に来てもこいつらが俺の日常を滅茶苦茶にするのかよ。
スマホのSNSを見るとどうやら世界中で同じ被害が起こっているらしい。
俺が全部これを招いたっていうのかよ。
いや、こいつがか。
学生鞄の中のパラレルスフィアを取り出す。
もう、うんともすんとも言わなくなっちまったこいつのせいで……。
俺が世界の終わりを確信している時に服の袖が引っ張られる。
振り向くとそこには見慣れた顔のしずかがいた。
なんだ、しずかか。驚かせるなよな。俺は今それどころじゃ……。
「なんで、しずかがこの世界に!?」
「別に驚くべきことではないかと。なにせ、この世界はすでに異変が起きているのですから。ドラゴンやコスモロイドが現れるこの世界にわたくしがいてもおかしくはないでしょう」
「そりゃそうだけどよ。っつっても、お前どっから出てきたんだよ」
「ドラゴンやコスモロイドが降ってくるあの黒い渦からぽーんと出てきました」
「空に浮かぶあの渦からどうやって着地したんだ?」
「ご主人様、異変が起きているのはこの世界だけなのでしょうか?」
「どういうことだ?」
「ひょっとして、異変は世界だけではなく、『わたくしたち』にも訪れているのではないでしょうか」
『わたくしたち』ってどういうことだ。
しずかの言った言葉の意味を考える。
「つまり、魔法も超能力もあるってことですよ、ご主人様。だって、そうでしょう。ドラゴンやコスモロイドのいる世界でわたくしたちは使っていたじゃないですか。魔法や超能力を」
「それって、つまり……そういうことかよ」
俺は手を掲げて唱えてみる、あのファンタジー世界で唱えた魔法を。
「ライトニング・スピア!」
手の平の上には電撃の槍が出現する。
これはあの時、俺が勇者だった時の魔法。
でも、これ魔法だけなのか、もしかして――。
試してみるか。
俺の推測が正しければ、空も飛べるはず。
かかとから空へと徐々に昇っていく。
超能力世界での超能力エアスイミングがここで使えるッ――。
「うっは、こいつは最高だぜ。今の俺は魔法も超能力も使えるんだ」
「これでドラゴンやコスモロイドともご主人様は戦えるはずです」
「お前が着地できた理由もわかったよ。今の俺と同じようにエアスイミングを使ったんだな」
「いえすです。つまりはそういうことなのです」
「じゃあ、ちょっくら、ドラゴンとコスモロイドを倒してくる」
「いってらっしゃいませ、ご主人様」
宙を飛び、コスモロイドの方へと向かう。
コスモロイドはピンクの光熱線を放つがサイコバリアで防ぐ。
「効かねえよ、てめえの攻撃はな」
お返しと言わんばかりに雷撃魔法のライトニングスピアを投げつける。
電気でできた槍はコスモロイドのカメラを突き穿つ。
コスモロイドの中央に巨大な穴を開けさせて、機能を停止させる。
「やっぱり、勇者の魔法が使えるって最高だぜ!」
俺はそのまま空を飛んでいって、ドラゴンへと追いつく。
おいおい、レッドドラゴンさんよ。
大吾よりスピード遅いんじゃねえの?
気付いたレッドドラゴンが制止して俺に向かって炎を吐き出してくる。
ひょいっと避ける俺。
エアスイミングを使えている俺に炎なんて無駄な事だぜ。
そう思っていたら、丸太のように太い尾を俺に向けて振り回してくる。
やっべ、調子に乗り過ぎた。
間に合えとサイコバリアを展開させるも動揺のためかわずかに遅れる。
万事休すかと思うも景色が一瞬で変わる。
レッドドラゴンの隣から上へと。
「まったく調子に乗り過ぎです、ご主人様。いくら魔法や超能力を使えるといったところで我々が無敵になったわけではないのですから」
「サンキューしずか」
気付くとしずかがいつの間にか俺の服の端を摘まみ上げて、瞬間移動を行っていた。
「じゃ、あのドラゴンにとどめを刺すとするか」
「ええ、二人ならやれるはずです」
フルパワーのサイコキネシスを俺としずかはレッドドラゴンに浴びせる。
超能力によって、レッドドラゴンの関節はあらぬ方向へと曲がり、身体の骨が突き出すなどのなんともいえないグロテスクな姿となって地上へと落下する。
これであいつらが新宿へと行くのを防ぐことができた。
近くのビルの屋上へと二人で着地する。
「ご主人様、これからどうしますか? 異変は世界中で起こっています。これから世界中を駆け回らないといけないのでしょうか」
「いや、その前に追加の奴らをなんとかしなきゃいけないみたいだ」
「追加といいますと……あっ……」
俺が指さすとしずかも気付いたようだ。
黒い巨大な穴から再びドラゴンとコスモロイドが降ってくることに。
「いったい、俺らは何度あいつらと戦わないといけないんだろうか……終わりなんてあるのか?」
絶望して立ち尽くしていると、「その必要はねえよ」と不意に声がした。
「誰だ」
そう言って声のする方へと振り返るとサングラスをかけた男が立っていた。
「なんで、お前がここにと言いたそうな顔をしているな。でも、俺にはわかっちゃうんだよな。お前らがどこでなにをしていたのかなんて」
「お前、結局何者なんだ?」
俺に問われると男はサングラスを外した。
男の顔を見て俺は衝撃を受ける。
なんせ、男の顔は俺そっくりだったんだから……。
「未来人って言えば理解してもらえるかな? そう、俺はお前の未来なのさ」
未来の俺だって……。
俺はサングラスをかけた男のまさかの告白に動揺せざるを得なかった。
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