第17話 最初の世界
俺はどうなったんだ?
最後になにを願ったっけ。
そうだ。俺が使う前の世界に戻してくれと頼んだったんだ。
まあ、なんにせよ。助かったんだ。
ふうと一息ついて、ベッドの上に腰掛ける。
亜希先輩と付き合っていた世界を捨てるには名残惜しいが、ドラゴンやコスモロイドがいる世界はゴメンだね。
手にはパラレルスフィアがある。
またあのテラスにいた時みたいな事が起こらないとは限らないから肌身離さず持っておこう。
学生鞄の中へと再びパラレルスフィアをしまう。
なぜ、あの時、何度も呪文を唱えても起動しなかったのか。
パラレルスフィアについてはまだ謎が多い。
階段の方からドタドタと誰かが駆け上がってくる音がする。
きっと母さんだ。
そういえば、お腹が空いた。ティラミスを食べ損ねたし。
戸を開けて、母さんが一言。
「明、晩御飯できたけど食べる?」
「ああ、食べるよ」
そう答えて、俺は母さんの後について階段を下りていった。
食卓に着くと席の上にはご飯と味噌汁ととんかつがあった。
死にそうになった後だとこういう普通の料理がなんだか無性に嬉しい。
「そういえば、志保ちゃんの容態を聞いた? また、ガンが悪化したんだって」
「えっ?」
それは俺が思いもよらない情報だった。
志保のガンが悪化? なんだよ、それ。この世界ではなにが起きてるんだ?
母さんから色々と話を聞いて、この世界のことについて大体わかった。
この世界では志保はガンになっていて、病院での療養生活を送っているらしい。
そして、俺はというと……。
「古代文字を研究していた?」
「そうよ、あんたお爺ちゃんと一緒に古代文字を研究していたのよ。なんだか知らないけど世紀の大発見をしたとかなんとか。これで志保の病気も治るかもしれないって。あたしにはなんで古代文字を研究すれば志保ちゃんの病気が治るのかさっぱりだったけど。でも、お爺ちゃんもあんたも頑なに信じて疑わなかったわ。まるで、そうね……神様の奇跡にでもすがるみたいに。ちょっと異様だったけど、今のあんたの姿を見てホッとしたわ。ようやく、いつもの明が戻ってきたみたいで」
俺が古代文字の研究? なんでまたそんなことを。
いや、待てよ。するとしたら、理由は一つしかない。パラレルスフィアだ。
俺はこの世界でパラレルスフィアの研究をしていたのか?
志保がガンになってない世界に行くために。
そんなの簡単じゃないか。
古代文字を読んで、呪文を唱えるだけで……。
そこでハッと気づいた。
俺はいったいいつどこで古代文字について習ったんだ?
思い返せば俺は本当に歴史の授業で古代文字について習ったのか。
異変はこの時に起きていたんじゃないのか。
記憶が混乱する。
あの時、テラスにいた時に最後に俺がパラレルスフィアで願ったのは……そうだ。
俺が使う前の世界に戻してくれだ。
つまるところ、ここは最初の世界なんだ。
ということはだ。俺は爺ちゃんからもらう前にパラレルスフィアを使っていたのか……。
なんでその記憶がないんだ?
これまで使っていた時はかならずパラレルスフィアについての記憶があった。
いや、思い出せ。
パラレルスフィアの記憶を持っていない人には特徴があった。
使用者以外の人間はパラレルスフィアが使われたことを知ることがない。
志保も大吾も亜希先輩も記憶を保持していなかったじゃないか。
ということはだ。
俺より先に誰かがパラレルスフィアを使った。
そして、俺が爺ちゃんを経由して手に入れた。
そういうことなのか?
可能性として考えられるのは爺ちゃんだが、その爺ちゃんは母さんに聞けば海外の大学に行って講演をするのであと一週間は帰ってこないらしい。
あとは、サングラスをかけた男だが、あいつがなにかしたってことも考えられるんじゃないか。
大規模な世界改変をすればその代償はきっちりついてくるって言ってたけど、あいつはやっぱりなにか知っているのかもしれない。
今度会った時は必ず捕まえよう。
サングラスをかけた男が先に使ったと思えなくもないが……。
でも、だとしたらだ。あいつが使ったとしても志保はガンのままなはずなんじゃないか?
サングラスをかけた男と志保の面識があるようには思えないし。
きっとサングラスをかけた男とは違う別の誰かだろう。
いったい、誰がパラレルスフィアを使って、この世界を俺のいた世界へと変えたのか。
晩御飯を食べ終わり、風呂に入ってから自室へと戻る。
しずかの姿はない。
母親に聞いたが、しずかなんて知らないそうだ。
ここが俺が使う前の世界だからなのかもしれない。
パラレルスフィアを使って元の世界に戻ろうと思ったが、起動はしない。
『ル・クシェンテ』と何度唱えてもだ。
このままじゃ、志保がガンの病に犯されたままになっちまう。
母さんから聞いたが明日の俺は志保の見舞いに行くつもりだったみたいだ。
志保からなにか聞けるかもしれない。
もしかしたらパラレルスフィアに関するヒントを手に入れられるかもしれない。
この世界のことをもっと知って帰るんだ。
亜希先輩とのお付き合いを戻したいわけじゃない。
幼馴染がガンで闘病生活を送っているだなんて耐えられないからな。
土曜日。近所の国立病院まで行く。
見舞いですと言えば看護師さんがあっさり案内してくれた。
志保のいる病室の元まで案内されると俺は途端に緊張した。
ガンになった志保になんて話しかければいいのかわからなかったからだ。
やあ、元気? というのも違うだろうし、大丈夫かと今更ながら声をかけるのも違うだろうし。ええい、しっかりしろ、俺。当初の目的を思い出せ。この世界のヒントを探すためだろう。そしたら、元の世界に戻れるかもしれないんだから。病気の事だってなんとかなる。
覚悟を決めた俺は病室のドアを開けて、志保の元まで向かう。
「志保……」
言葉をかけようとした瞬間、絶句した。
志保の身体が?せ衰えているからだ。
食事はおおよそとっておらず、近くに備えられている点滴だけで生活しているみたいだ。
「なに? アキラ」
「いや、その……」
声をかけようとしてもなんて声をかけていいのかわからなかった。
俺が思っているよりも重症だったからだ。
「来てくれたんだね、アキラ。もう、二度と来ないかと思った」
「そんな寂しいこと言うなよ。お前が病気になっているのに、俺が見舞いに来ないわけないだろ。いつでも駆け付けるさ、幼馴染なんだからさ」
「……っ来てくれなかったじゃん」
「え? なんて?」
志保の声が小声だったんで思わず聞き返してしまう。
すると、志保は顔をキッと睨みつけながら
「全然、来てくれなかったじゃん。あたしがどんだけ苦しんでも寂しくてもアキラは古文書で古代語の研究ばっかりして。これで志保を助けられるんだとか言って。散々言いたい放題言って、来てくれなかったじゃん」
「それは……」
おそらくこの世界の俺は本気でパラレルスフィアを研究して、志保の事をなんとかしようと思っていたんだろう。
どうやったかは知らないがそれは成功して、志保がガンにかからない世界になった。
なのに、俺が元の世界にまで戻ってきてしまったんだ。
「本当に俺はお前をなんとかしようと思ってたんだ」
「嘘だよそんなの。本当はもうあたしのことなんて煩わしいと思っているくせに。もう帰ってよ。アキラの顔なんてみたくもない」
「俺がお前にそんなこと思うわけねえだろうが!」
思わずカッとなって怒鳴ってしまった。
俺が思うわけがねえ。
幼馴染でいつも仲良かった志保に対してそんなこと……。
「怒鳴って悪かった。でも、俺は本当にお前の事をそんな風に思ったことなんてないから」
志保にそう告げると途端にぽろぽろと涙を流す。
たぶん、ずっとつらかったんだろう、志保は。
だから心にもないことを言ったりしたんだ。
「……あたしの方こそごめんね。本当はアキラにもっと傍にいてほしいのに。もうガンの進行もどんどん進んでいって、余命もあと一年もないんだって……。うぅ、嫌だよ、あたしまだ生きていたいよ。アキラと一緒にどっか出かけたりしたいよ」
志保は切実な思いの丈を吐露する。
俺はその姿を見て覚悟を決めた。
「……なんとかしてみせる」
「えっ?」
「方法はあるんだ。といっても、今となっちゃどうやってそれを使えばいいのかすらわからないが……。必ず、お前を助けてみせる」
「ほんと?」
「ああ、ほんとだ。俺を信じろ。幼馴染である俺が言うんだ。絶対になんとかしてみせる」
「アキラがそこまで言うなら、あたし信じるから」
「任せておけ、俺が必ずお前を救ってみせる」
志保の前でそう宣言して病室を去る。
必ず帰ろう。
俺たちが笑い合ってたあの平凡な日常に。
覚悟は決まった。
志保との会話からも察するにこの世界の俺は熱心にパラレルスフィアについて研究していたようだ。もしかしたら、記録かなんかが残っているかもしれない。
もう一度、家の中を漁ってみるか。
病院を立ち去る前に改めて志保の病室の方を見る。
待ってろよ、必ず助けてやるからな。
こんな世界さっさとおさらばしてやるよ。
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