第16話 憧れの先輩とのデートのはずが……
金曜日の放課後。
俺と亜希先輩は新宿のハルト8っていう映画館に向かった。
タワー状の複合商業施設となっていて、そのうちの八階から十二階までが映画館となっている。俺たちはその映画館でホラー映画を観た。
おっと、なんでと聞きたくなるのもわかる。
俺自身、デートでホラー映画を観なきゃいけないのかと悩んださ。
でも、仕方ないだろう。
亜希先輩がキラキラした瞳でゾンビ映画を勧めてくるんだから。
「あのね、あのね、アキラ君。このゾンビファイター4って映画すっごい面白くて、ゾンビなのに空を飛ぶ鮫と鉢巻を巻いたゾンビが死闘を繰り広げるんだけど……それがもう、すっごく手に汗握る展開というか……」
嬉々として一から観てもいないシリーズ物の映画を、しかもいかにもB級を勧めてくる先輩に対して俺はどう対処すればいいんだ?
「その、アキラ君。わたし、一緒に観たいな」
「えっ、この映画をですか。でも、俺はこの映画を1から観たことないし、第一デートにホラー映画ってのもどうなんですか」
「観たいなー。アキラ君と一緒にこの映画観たいなー」
チラチラとこちらを伺ってくる。
しかも、いじらしく制服の袖の辺りをつまんでくる。
子供みたいに引っ張ってきて、顔を見上げてくる。
うるうるとした瞳に俺は完全にノックアウトされてしまった。
だって、こんなの惚れてまうやろー!
「わかりました、先輩。一緒に観ましょう」
「やったー!」
というわけで俺たち二人はゾンビ映画を観た。
4からだったけど、ちゃんと前回までのあらすじが流れて1から3を観ていない俺でも内容が把握できるほどだった。そして、先輩のおすすめ通りちゃんと面白かった。
前回までのあらすじからのド派手なアクション、個性豊かなキャラクター達に、意外と深みのあるストーリー。最後はちょっと涙ぐんでしまうほどだった。
見終えて、エンドロールが明けた後に先輩はポツリと……。
「もうちょっと猟奇的なシーンがあるのを期待してたんだけどな」
と怖いことをボソリと言った。
長年、付き合っているけども先輩のこんな一面、初めて知ったよ。
怖えーな、おい。
この映画よりも先輩の方がホラーだった。
下の階の外のテラスで食事できるところがあったので、軽くデザートでも食べる事にした。
先輩は苺のショートケーキと紅茶、俺はティラミスとコーヒー(先輩の前だから格好つけてブラックだ)を頼み、外の席を探してそこに座った。
デートはこのデザートを食いきって会話して最後だ。
これ以上、先輩を連れまわすわけにはいかないしな。
親御さんに怒られちまう。
最も大人な俺としてはその先の展開もやぶさかではないが。
「楽しかったねー、二人での放課後映画デート」
「ええ、あの映画も面白かったですし、なにより先輩と一緒にいれて楽しかったです」
「アキラ君はもうちょっとわたしの前でくだけた感じでいいんだけどな」
「でも、それは先輩への敬意に欠けるっていうか、どうなのかなって」
「いいんだよ、だってわたしは君の彼女なんだし」
それを聞いて、俺はゾクッとした。
先輩が俺の彼女なのだという実感が今更ながらに沸いた気がした。
もう俺、このままでもいいかもしれない。
って、いやいやまてまて。
俺の理性が必死に止める。
そもそも俺たちどうやって付き合ったんだよ。
なんで俺と亜希先輩が交際していることになっているんだよ。
ついこの環境の居心地の良さから状況を受け入れちゃってたけど。
「あのー、先輩。つかぬ事をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「うん、なにかな?」
「俺たちって、どっちから先に告白したんでしたっけ」
「なに言ってんのアキラ君。告白してきたのは君じゃない。先週の金曜日に君が告白してきたんじゃない。忘れちゃったの?」
「そ、そうですか。どうも記憶が飛んでいまして。俺はその時どうやって告白したんですか」
「放送室を勝手に占拠して、校内放送でわたしのこと呼び出して屋上で告白してきたじゃない」
「そっ、そんなことしたんですか、俺」
「思わずわたしもここまでされたら、この告白を受けなければ女がすたるなって思ってついオッケーしちゃったけど」
「それでオッケーしちゃったんですか!?」
「だって、こんな情熱的な告白されたの生まれて初めてだし。アキラ君ならいっかなーって」
フフッと嬉しそうに語る先輩はまるで天使と相席しているかのようだった。
なんて、なんて、俺は幸せ者なんだ。
校内でも飛びぬけて人気のある亜希先輩と付き合える名誉に携われるとは……。
「でも、意外だったなー。君は志保ちゃんと付き合うもんだと思ってたよ」
「はっ? 志保? なんであいつが?」
「だって、君たち仲良しじゃない。いつもずっと一緒にいて、羨ましいなぁと思ってたよ」
「それは……」
あいつとは幼馴染だから。ずっと一緒にいるのは当たり前で。俺たちは腐れ縁で。
志保の事は……その……。
そこで俺は大事な事を忘れている気がした。
それがなんだったかは思い出せない。
思い出そうとするも頭にもやがかかったかのように思い出すことができない。
「あっ、雪が降ってきたよ」
真っ暗な夜空に白い雪がチラチラと降り注ぐ。
俺はそれを見て、絶句した。
どういうことだよ、これ。
おかしいだろ、今の季節は五月末の初夏なんだぞ。
五月の末の東京の夜空に雪なんて降るわけがねえ!
ズシンと地響きの音がする。
まるで怪獣かなにかが歩いているかのような。
いや、違う。
ソレが姿を現した時、俺はこの世界が異常だということにようやく気付けたのだった。
巨大な緑色のレンズに包まれたカメラ。球体に四脚のロボット。
コスモロイドだ。
こいつがどうしてこの世界に――!?
「ねぇ、あそこにドラゴンが飛んでない? ほら、あれ」
先輩が指を指した先の方を見てみると新宿の街の灯かりに照らされて、赤い竜が空を飛んでいるのがわかる。見間違えるわけない。あれは俺たちがあのファンタジー世界で倒したはずのレッドドラゴンだ。それがなんでこんな場所に。
まずい、こんなところでこいつらが暴れたら――ッ。
俺の不安は的中した。
レッドドラゴンやコスモロイドが人々を襲い始めたんだ。
コスモロイドはピンクの光熱線を浴びせて建物をドンドン溶かしていき、レッドドラゴンは人に向かって火を吹き始める。
まずいまずいまずいまずい。
なにがどうなっているのかはわからない。ただこの状況がヤバいのだけはわかる。
学生鞄の中からパラレルスフィアを取り出す。
ドラゴンやコスモロイドがいない世界に戻してくれ!
『ル・クシェンテ』
いつもの呪文を唱える。これで世界は元に戻るはずだ。
と思ったが、起動しない。
は? どうなってるんだよ。なんでこんな緊急時に起動しないんだよ。
『ル・クシェンテ』
パラレルスフィアは起動しない。
「ねぇ、アキラ君! なにやってるの! わたしたちも早く逃げようよ!」
「先輩はちょっと黙っててくれ! なあ、嘘だよな。パラレルスフィア。なんで、動いてくれねえんだよ。なんで、なんで、なんで」
『ル・クシェンテ』『ル・クシェンテ』『ル・クシェンテ』『ル・クシェンテ』『ル・クシェンテ』『ル・クシェンテ』『ル・クシェンテ』『ル・クシェンテ』『ル・クシェンテ』
何度唱えてもパラレルスフィアは起動しない。
その間、新宿の人々の悲鳴がどんどん大きくなっていく。
嘘だ、俺はこんな世界望んじゃいない。
コスモロイドがピンクの光熱線でテラスを横半分に真っ二つにする。
先端の方にいた俺はテラスから落ちる。
亜希先輩が手を差し伸べるも手は届かず、手に持ったパラレルスフィアと一緒に落ちていく。
死ぬ。
俺はここから落ちて死ぬんだ。
ああ、もういっそ俺が使う前の世界に戻してくれー!
『ル・クシェンテ』
と改めて唱える。
その瞬間、パラレルスフィアが起動した。
今までピクリともしていなかったのに。
世界が真っ白に染まる。
白い光に飲み込まれていく。
気付くと俺は自分の部屋の中にいた。
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