第12話 飛行訓練

 校庭に行くと志保としずかと亜希先輩が待っていた。

 しずか以外は全員、学生服を着ていて授業から抜け出した感が半端ない。

 それにしても、辺りに生徒も先生の気配も感じない。

 パラレルスフィアを使ったとはいえ、今日は平日のはずだよな。

 みんなどこへ行ったんだ?

「なあ、大吾。俺たち以外の生徒はどこへ行ったんだ? 先生もいないが」

「なに言ってんだ。もうみんな避難してこの街から出て行ったよ。この街に住んでいるのはもう俺たちだけだぜ」

「えーっと、それはロボットから避難するためか?」

「いや、敵はこの街にあるものを狙いにやってくる。敵がなにを探しているかはわからないが、どうもこの街で探し物があるらしい。俺たちは連中がこの街で物を物色している間に攻撃してロボットを動けなくさせるんだ」

「探し物か……」

 この街にある探し物ってなんだ?

 宇宙人は一体なにを探しているんだろう。

 そんな重要なものが俺たちの街にあるとは思えないが。

「二人ともおっそい。もう、待ちくたびれちゃったんだから」

「まあまあ、志保ちゃん落ち着いて。二人にもなにか事情があったんだよ」

「待っていました、ご主人様」

 三者三様の返答。

 どうやらこの五人で宇宙人の乗るロボットから街の平和を守るらしい。

 大丈夫なのか、このメンツで。普通に自衛隊に頼んだ方がいいだろ。

「悪いな、三人とも。でも、これで五人全員揃ったな。じゃ、さっそくエアスイミングの訓練をするか。全員、意識を集中させて空を飛ぶんだ」

 いや、急にそんなこと言われても俺はこの世界に来たばっかなんだが。

 とりあえず、みんなの様子を見て真似してみるか。

 志保、しずか、亜希先輩が目を閉じて集中している。

 徐々に足のかかとから浮き始める。

 すげぇ、本当に宙に浮けるんだ。

 どんどん上っていく三人。

 一方、大吾の方を見るとすでに空にいた。

 みんな超能力を使って飛べるんだ。

 俺もみんなと一緒に……。目を閉じて、意識を集中させる。

大吾はイメージって言ってたな。

 自分が空を自由に飛ぶイメージを浮かべる。

 想像しろ、もっと自由自在に空を飛べる姿を。

 かかとがフワリと持ちあがり、つま先も地面から離れ始める。

 海の底から身体の浮力でどんどん浮き上がるように空へと昇っていく。

 目を開けると亜希先輩の顔が近くにあった。

「おわっ、あっ、亜希先輩!?」

「飛べるようになったね。アキラ君」

 思わずバランスを崩しそうになっちまったぜ。

 まさか憧れの先輩の顔がすぐ近くにあるなんて。

 亜希先輩は俺の胸へと両手を触れさせる。

 先輩の白く細長い指が上へ上へと這っていく。

 きゅ、急にどうしたんだ、先輩は。……はっ、もしや俺の気持ちに気付いて――。

「もうネクタイ、曲がってるよ」

 宙に浮かびながら、器用に緩んでいた制服のネクタイを締めてくれた。

 まあ、そうだよな。先輩が俺の気持ちに気付いてくれることなんてないよな。

 俺たちの様子を遠くから見ていた志保が口を尖らせながら、

「先輩、アキラにそんなことしてあげなくていいですから。自分でさせるんで。アキラも先輩に甘えないのッ!」

「怒るなよ、志保。これくらい別にいいじゃないか」

「なら、そのデレデレした下品な顔を直したら? みっともないったらありゃしない」

 プンスカと怒る志保をどうなだめたもんかと思いながら、とりあえずはこの役得を楽しむ。

 憧れの女性からネクタイを締めてもらえるなんておいしい状況なんだ。

 まるで先輩が俺の奥さんにでもなって、会社へ行く俺にネクタイを締めてくれるかのような朝のひととき。なんて、悪くない気分なんだ。

「はい、これでおしまいっと」

 楽しい気分に浸っていたが、すぐに現実へと帰される。

 くそっ、俺と亜希先輩との新婚ルートはないんですか。神よっ!

 神への祈りもむなしく、あっさりと離れていった。

 亜希先輩がネクタイを締め終わったのを確認するやいなや大吾が

「じゃあ飛行訓練でも始めるとするか。みんな俺についてこいよ」

 言うやいなや、大吾は飛ばし始めていく。

 ジェット機にでもなったんじゃないかってスピードで空を駆けていく。

「ちょっ、大吾。早すぎっ」

「待ってよ、大吾くん。わたしを置いて行かないでよ」

 志保も亜希先輩も大吾について行って猛スピードで駆け抜けていく。

 俺はというと

「しずか、俺はどうすればあそこまで飛ばせるようになるんだ」

「わたくしもこの世界に来たばかりなので存じ上げません」

 しずかと二人で置いてけぼりになっていた。

 いや、進めることには進めるんだ。

 でも、大吾たちほど早くは移動できないっていうか。

 そういえば、大吾は超能力はイメージだって言ってたな。

 頭の中で思い浮かべる、自分が自由自在に空を駆けていく姿を。

 鳥のように空を駆けまわれれば。

 もっと速く、今よりもずっと、ずっと速く。

 途端にまるで自転車のギアでも切り替えたかのように空を進むスピートが格段に上がっていく。どんどん速く、大吾よりも速くなっていく。

って、速すぎじゃねえか!?

ここまで速くなると思ってなかったんだが。

 目の前にはいつの間にか高層ビルが――!?

 速度を上げるのに夢中で全然気付かなかった。

 やべぇ、このままじゃビルに突っ込んじまう!

『止まれ!』

 身体に制止を呼びかけるも、前へと突っ込む勢いを殺しきれない。

 駄目だ、ぶつかっちまう。

 目を閉じて、最悪の瞬間を覚悟する。

 きっと俺は車に引きつぶされたカエルのように惨めな最後を遂げてしまうのだろう。

 もう駄目だと思うも、最悪の時が訪れることはない。

 むしろ、それどころか風船のようななにかに押し返されている。

 目を開けてみるとそこにはなにもない。

 ただ目の前に高層ビルがあるだけ。

 後ろを振り返ってみるとしずかがいた。

 しずかはただ手を前に突き出している。

「サイコキネシスを使って、ご主人様がぶつからないように反対側に力を働きかけて制止させました。これでご主人様は安全です」

「ありがとよ、しずか。でも、サイコキネシスなんてどこで習ったんだ? お前も俺と同じでこの世界は初めてのはずだろ」

「わたくしは志保さんと亜希さんの両方から教えていただき、すでに学習済みです」

「なるほど。俺たちが来る前に女子同士で練習していたのか」

「いえすです。おかげでこの世界にはそれなりに順応しました。瞬間移動だって使えます」

「瞬間移動か。俺は大吾にそれは教わらなかったな」

「なんでもこの世界のわたくしは元からできていたようなので、忘れたフリをして瞬間移動のやり方を教えてもらいました」

「忘れたフリか。確かに始めてきた世界じゃ使えるな」

「ご主人様も使ってみるといいかもしれません。なかなか有効ですよ」

「そうだな。今度使ってみるよ。だけど、今は飛行訓練の方が大事だ。みんなみたいに俺たちももっと自由に飛べるようにならないとな」

「そうですね。わたくしもみなさんに追いつきたいです」

 グッと両の拳を上げて握りしめるしずか。

 やる気は充分のようだ。

 こうしてみるとしずかは徐々にだが、感情が出てきたような気がする。

 初めて会った時はロボットみたいな奴だったのに。

 しずかの成長を微笑ましく思いながら、二人で飛行訓練を重ねる。

この世界に早く馴染まないとな。

 それで解明するんだ、パラレルスフィアを。



 訓練も一通り終わって、校庭に置かれている椅子の真ん中に座って一休みする。

 もう日は暮れていて、夕日が落ちていくのをぼんやりと眺めていた。

 そのままのんびりとしていると、急に頬に冷たい感触が――。

「お、おまっ! な、なにすんだよ」

 こんなことする奴なんて一人しかいない。

 振り返ってみると志保が缶ジュースを持っていた。

「にしし、アキラー。どう、冷たい缶ジュースの感触は? 気持ちよかったー?」

「志保、お前なぁ!」

「怒んないでよ。その代わり、ジュースあげるからさ」

 手渡されたのは俺の大好きなコーラだった。

 幼馴染だけあってか俺の好みもちゃんと把握しているのがニクい。

「ったく、しょうがねえな」

「あたしも一緒にジュース買ってきたから隣空けてよ」

 仕方なく、横にどいて志保の分まで空ける。

「ありがとっ」

 お礼を言って、志保は俺の横に座る。

 そんなに広い椅子でもないので、肩が触れ合うことがあるが向こうは気にも止めてないようだ。上機嫌に鼻歌を歌いながら、サイダーの缶のフタを開ける。

 俺も缶を開けて、中のコーラを喉に流す。

 コーラの甘さと炭酸が口内を刺激する。

 はぁ、いつ飲んでもコーラは美味いもんだ。

 隣の志保を見てみると俺と似たような満足気な表情を浮かべていた。

 俺の事を見てきてはニヤリと、

「ねぇ、アキラ。一口飲んでみる?」

「おいおい、志保。昔ならともかく俺ら高校生だぞ」

「関係ないよ、それでどうする?」

「まっ、俺もサイダー飲みたかったからいいけどさ」

「乗り気なんじゃん。はい、どうぞ」

 志保がサイダーの入った缶を口元まで持ってくる。

俺も志保にコーラを口元まで持っていく。

腕をクロスさせる形で二人同時に流し込む。

互いに喉を鳴らしながら、コーラとサイダーを胃に運んでいく。

不可思議な連帯感があった。

もういいかなと思って、コーラを下げると同時に志保の方もサイダーの缶を下げていく。

以心伝心。互いに幼馴染だからこそできる芸当。

「それでどう? 飛行訓練の方は。あたしらは大吾について行ったから、どうなったか知らないんだけど上手くいった?」

「まあな。もうそれなりに自由に空を飛べるようになったよ。さすがに大吾ほどじゃないけど」

「大吾はあたしらの中で超能力の覚醒が一番早かったからね。無理もないよ」

 この世界だと大吾は俺たちの中で最初に超能力に目覚めたのか。

 だから、教官役になって俺に超能力の訓練を施してくれたのか。

 いやでも、教官役をやるには若すぎないか?

 こういうことってもっと大人がやるんじゃ。

 というか、この世界の他の超能力者ってどうなってるんだ?

「志保、俺ら以外の超能力者って」

「全滅したよ。この国の超能力者はもうあたしたちだけ」

「ぜ、全滅って……」

「みんな、コスモロイドにやられちゃったから」

「コスモロイドってのは宇宙人の乗るロボットのことだよな」

「そう。中には人が乗ってない自動式のもあるけどね。そいつらにみんなやられちゃったから」

「ま、マジかよ」

 俺が想像していたよりも大分ハードな世界だった。

 てっきり、日曜日にやっているヒーローショーくらいの世界観なもんだと。

「軍隊もやられちゃった。あいつらすごい勢いでどこからともなく湧いてくるんだよね」

「自衛隊がやられたのかよ。大体、湧いてくるってどういうことだ?」

「忘れちゃった? あいつらは母星からね、瞬間移動してくるんだよ。だから、どこから來るかもわからないから軍隊じゃ勝てない。核兵器を使っても、それ以上の数で湧いてくる。どうしようもない。でも、あいつらの最終目標はわかってる。この街でなにかを探している。だから、あたしたちが食い止める」

「なにかってなんだよ」

「さあ、わかんないよ。別に核兵器級の兵器なんてないのにね。あいつらが求めるほどのお宝がこの国にあるとは思えないし……」

 宇宙人の求めるお宝か。

 もしかして、パラレルスフィアだったりするんだろうか。

 いや、まさかそんな……。

 大体、宇宙人がパラレルスフィアのことを知っているわけがないんだ。

 だって、そうだろ? 古代人が持っていたものがどうして宇宙人が求めているんだ。

 奴らがどうやって知ったって言うんだ。

 俺が心の中で自問自答しているのに気付かず志保は話を続ける。

「他の国の超能力者はみんな自国を守るために動かない。この街というかこの国を守れるのはあたしたちだけ。だから、あたしたちが頑張る必要があるの」

 言い終えると缶を傾けて、中のジュースをどんどん流し込んでいく。

 急に立ち上がって、俺の方を振り返る。

「一緒に頑張ろうね、アキラ。この世界を守るためにも、ね」

「ああ。俺に出来る事ならなんだってやってやるよ」

「そういえばさ、超能力者ってもうあたしたち以外いないからさ。この国を守るためにも超能力者同士で結婚した方がいいんだよね……。あたしとアキラでさ、する? 結婚?」

「ブフォッ」

 いきなりの問いかけに思わずむせちまう。

 志保のやつ、急になにを言い出すんだ。

「……そんな打算で結婚なんてできるかよ。結婚って、好きなやつ同士でするもんだろ。そういう時がきたら、俺からお前に伝えるよ」

「……うん、じゃあ待っとくね」

「おい、それって……」

「なんでもない。先行くから」

「先ってどこだよ」

 走り去っていく志保は夕日のせいか顔が赤くなっていた。

 あっ、ていうか、今気づいたけど告白したみたいなもんなんじゃ。

 途端に俺の顔がカーっと熱くなる。

 そういう時がきたら俺からお前に伝えるってただの告白じゃねーか。

 いや、別に志保のことは嫌いじゃないけど今までそういう対象としては見てこなかったっていうか、なんていうか……。

「パラレルスフィアで今の出来事をなかったことにしてぇ……」

 そう悔やむも当のパラレルスフィアは教室の学生鞄の中にあることを思い出した。

 誰かに見つかる前に取りに行こう。

 俺は赤くなった顔を右手で抑えながらフラフラとした足取りで教室へと向かった。

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