第10話 怪しい男

 あのレッドドラゴンとの死闘を終えた俺はまたしても退屈な授業を受けていた。

 あんだけのことをしたってのに俺としずか以外は誰も覚えちゃいないんだから寂しいもんだ。

 いや、大吾はちょっとだけ記憶が残っているっぽいが。

 思い起こさせたら、あの異世界での志保の時のように混乱させてしまうんだろうな。

 はぁ、俺、あの世界じゃ勇者だったのにな。

 現実世界じゃ、ただのしがない学生でしかない。

 そんなため息をつきながら、シャーペンを持つとよこしまな考えが浮かぶ。

 暇だし志保にちょっかいをかけよう。

 シャーペンの裏側を使って、志保のほっぺをぷにぷにと押す。

 おっ、女の子のほっぺたってやわらかーい。

「なに、もう! 授業中なんですけど!」

「いや、暇だから、つい、な」

「ついじゃないから、あのね、自分が暇だからって真面目に授業を受けている人の邪魔しないでくれる!」

「わるい、わるい」

 まったくと言いながら、黒板に書かれた問題を解いていく。

 機嫌を損ねたかと思いきや、「そういえばさ」と志保が話始める。

 なんだかんだやっぱり志保も退屈してたんだな。

「知ってる? 福島に雪が降ったんだって。五月の末なのに珍しいよね」

「……はっ? 待て、なにを言ってるんだ? 雪が降ったのは青森の話だろ?」

「違うって、福島県に雪が降ったの! 青森に雪なんて五月には一度も降ってないよ」

「?」

 どういうことだ。俺はたしかに昨日の志保から、青森に雪が降ったって話を聞いたのに。

 というか、前は北海道だって言ってなかったか。

 だんだん、雪が南へと下っていってるのか?

 大体、今は五月の末、季節的には初夏だ。どうなっているんだ?

 頭の中をハテナマークが支配していく。

 一体、なにがどうなっているんだ。

 疑問に思いながらも、深く追求することなんてしなかった。

 だって、異常気象なんて数年に一回くらいは起こるもんだろ?

 だから、気に留めるだけ無駄だと思ったんだ。

 再び志保と他愛もない話を続けた。

 まだこの時の俺は世界を変えるほどの力がどのような結果を招くかなんて考えもしなかった。

 これ程の力を使えばどういう結果になるのかもっと深く考えたらわかりそうなもんなのに。



 授業が終わり、住宅街の通りを歩いてると目の前にあからさまに怪しい男がいた。

 サングラスをかけて、夏場だってのに場違いな黒いコートを羽織り、壁に寄りかかった男。

 男の年齢は四十代くらいか。

サングラスをかけているせいで歳は読めないが、そんな雰囲気がする。

 男はこっちを向くとにへらと固く結ばれていた口を崩した。

 なんだこいつ、気味が悪いな。

 さっさと通り抜けてしまおう。

 関わらないように早足で男の前を通ろうとすると、

「よう、お前。使ってるだろ」

 急に男から話しかけられた。

 思わず、足を止めそうになる。

 無視だ無視。

 こんな怪しい奴と関わりになんてならない方がいい。

 通り過ぎようとすると男がボソリと呟く。

「使ってんだろ、古代人の秘宝を」

 足を止める。いや、止めざるをえなかった。

 このサングラスの野郎。今、なんて言った?

「お前さ、気付いてねえだろ。こんだけの事態になってるってのに」

「なにが言いたいんだ、あんた。というか、どこの誰だよ」

 サングラスの男はそれを聞いてまたもやニヤリと笑うだけだ。

「警告しておく。そいつをあんまり使わない方がいいぞ。これ以上、厄介な羽目になりたくなかったらな」

「どういうことだよ! なんで、あんたが古代人の秘宝について知ってんだ!」

 つい怒鳴り声をあげてしまう。

 こいつは俺がパラレルスフィアを持っていることをどうやってかはしらないけど知ったんだ。

 もし、このサングラスの男が言いふらせば、あらゆる組織がパラレルスフィアを狙いに来るはずだ。願いが叶う道具だなんて誰だってほしいだろ。

 せっかく、俺が手に入れたパラレルスフィアが奪われたらと思うと冷静にはなれない。

 だけど、ここは心を静めないといけない。

 男が何者なのかを知る必要がある。

「……なあ、あんたは一体何者なんだよ。警告ってどういう意味だ」

 男はクククと高い声で笑って

「いずれわかるさ」

 含みをもたせた言い方をすると、俺が来た方向とは別の方向にと帰っていく。

 なんだったんだ、今の怪しい男は。

 それにしてもどうやってパラレルスフィアのことを知ったんだ?

 誰に聞いたんだ?

 じいちゃん?

 しずか?

 でも、じいちゃんとしずかにあんな知り合いがいるなんて聞いたことがない。

 しずかに至ってはつい最近、誕生したばっかりだぞ。

 ひょっとして、パラレルスフィアを埋めた古代人?

 いや、それはない。古代人だったらもう千年以上生きてることになる。

 じゃあ、いったいどうやって――?

 男が去った方向に目を向けるもすでに通りに男はいなかった。

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