第9話 VSレッドドラゴン


 地獄の炎ってのを俺は見たことないが。

 もし、あるとするならきっと今見ている光景がそれなんだろう。

 レッドドラゴンの猛火は森を焼き、際限なく延焼していく。

 なんて火力だよ。

 ちょっとやそっとの風程度じゃ収まりようがない。

 むしろ、火の勢いを強めてしまう。

 やばいと生物としての本能がガンガン訴えかけてくる。

 でも、それと同時に胸がどんどん高まっていく。

目の前のコイツは本当にやばい敵だ。

 あらゆる魔物たちの中の最上位の存在。

 おとぎ話や伝説に登場する最大にして最凶にして最悪にして最高のボス。

 なら、全力でもってして相手しなければ失礼だろう。

 勇者の剣を地面に突き刺し、不要なアクセサリーを取っ払って身軽にする。

 まだ身体に残っていた魔力を右手に集める。

「ライトニング・スピア」

 そう唱えると雷の槍が手の平から数センチ先に展開されていく。

 ギリシャ神話のゼウスが使うような雷霆。

 これこそが俺の扱える魔法。

 光魔法の亜種、電撃魔法。

 といっても、俺はこれと氷の魔法しか扱えないんだが。

 魔法に関しちゃ、魔法使いの大吾の方が上だろう。

 闇夜にレッドドラゴンの緑色の目が光る。

 殺意に満ちた眼は俺たちを骨まで焼き尽くす算段を考えているに違いない。

 右手を掲げ、レッドドラゴンの翼を狙う。

 俺たちの魔力が尽きる前に奴を地の底へと引きずり降ろさなければ。

 勝敗の全ては俺たちの魔力の総量によって決まる。

 魔力が尽きれば、俺たちに反撃の手段は存在しない。

 あとはただ灼かれるだけ。

 そんなのはごめんだ。

 再び、火の息が吐き出されようとする。

 今だ! 今、この時なら奴は無防備なはずだ。

 炎の直撃を避けるために横に移動しつつ、ライトニング・スピアを右の翼に向けて放つ。

 雷の槍が一直線に翼へと向かっていく。

 速い。この速度なら当たるんじゃないか。

 貫け!

 そう願うも雷霆は外れる。

 わずかに、ほんのわずかにだが、俺が火の息を避けるために横に移動したことによって目測が外れた。雷の槍は虚空の彼方へと消え去っていく。

「くそっ、外したか」

 残りの魔力的にあと一本が限度だろう。

 なんせ最初にありったけの魔力を使ったのと魔法使いとしての専門職でもないから俺の魔力なんて元々たかだか知れている。

 あとの二人は?

 しずかは得意の光魔法のシャイニングレインでレッドドラゴンを攻撃し続けている。

 一発、一発が岩をも貫く一撃だが、どうも効きが悪い。

 鱗によって阻まれているせいだろうか。

 大吾はというと魔力をひたすら貯めていた。

 おそらくどでかい魔法の一撃を喰らわせてやるつもりだろう。

 志保はというと、俺たちの荷物を火に当たらないよう避難させていた。

 魔力のない志保じゃ、空を飛んでる相手には戦えないしな。

 俺は魔力を溜めている大吾へと声をかける。

 レッドドラゴンの猛火を避けるために遠くへ離れた大吾に大声で話しかける。

「大吾、どうだ! お前の魔法でレッドドラゴンをヤれるか?」

「わっかんねえ! でも、いけそうな気はする」

 いけそうか。なら、その言葉を信じよう。

 俺じゃ、レッドドラゴンを倒せるかどうかなんてわからないからな。

「グオオオオオオンン」

 レッドドラゴンが吠える。

 見ると、しずかのシャイニングレインの猛攻が止まってる。

 しずかの方を向くと両手を下ろしていた。

 きっともう魔力切れなんだろう。

 俺としずかは魔法使いじゃない。元々の魔力量なんてたかが知れてるんだ。

 レッドドラゴンが空から地上へと向かってくる。

 爪のついた足がしずかを掴みかかろうと襲ってくる。

「避けろ、しずか!」

 声に出すももう遅い。

 すでに捕らえようと近くまでやってきている。

 ダメか!?

 俺がいっても、クッソこの距離じゃ間に合わねえ。

 しずかとの距離は二十メートル以上離れている。

 この距離なら、レッドドラゴンがしずかを掴むのが先だろう。

 もし、奴がしずかを掴み、その握力で握りつぶそうとしたら、華奢なしずかの身体じゃ耐え切れずに簡単に全身の骨が折れて絶命してしまうだろう。

 ダメか。

 諦めようとした瞬間、一つの影が動き出す。

 志保だ。

 武闘家としての身のこなしの速さを生かし、しずかをレッドドラゴンより前にさらう。

 しずかをお姫様抱っこしながら安全な場所へと連れて行く。

「こっちは大丈夫だから、二人で魔法でそいつをやっつけちゃって!」

「ありがとう、志保。愛してるぜ」

「ばっ、ばっかじゃないの。こんな時になに言ってんのっ!? 時と場合を考えてよ、ばーか!」

 俺の冗談に慌てふためく志保に苦笑しつつ、俺は右手にもう一度魔力を溜める。

 全身全霊の今ある最大の魔力を雷槍へと変える。

 白い雷がより強力な赤い雷へと変化していく。

 より強力で、より純度が高く、より貫く力に特化させる。

 この魔法に名前をつけるとしたら、そうだな。

「ギガ・ライトニング・スピア」

 翼を落とすなんて、まどろっこしい真似はもうやめよう。

 狙うは心臓。

 こいつで全てを終わらせるつもりで狙う。

 レッドドラゴンがこっちに向けて、再び火の息を吐き出そうとしてくる。

 チャンスだ。

 奴が炎を吐き出すときはなにもできやしない。

 俺は赤い雷霆を奴の心臓目がけて放つ。

 赤き雷はレッドドラゴンの胸へと一直線で飛んでいく。

 勝った!

 拳を握りしめて勝利を確信するも、それは間違いだった。

 レッドドラゴン自身、この魔法の一撃はヤバいと思ったのか、炎を中断して空へと高く昇ろうとしていく。

 結果的には赤い雷霆は竜の腹を貫いた。

 地へと落ちていくレッドドラゴン。

 確実にヤるなら、心臓を穿てればよかったんだが、まあ仕方ない。

 それにとどめは俺が刺さなくてもあいつが刺すさ。

 俺は大吾の方へと視線を向ける。

 すでに魔法を放つ準備は終わっているようだ。

「頼んだぜ、大吾」

「任せろ! ブレイバード・カノン」

 展開された巨大な魔法陣からどでかい炎の鳥が現れる。

 巨大な炎でできた鳥はレッドドラゴンへと一目散に向かっていく。

 炎を吐きまくって村を焼いていたレッドドラゴンが火に包まれるなんて、これまたなんとも皮肉な話だな。

 強烈な獄炎がレッドドラゴンの身を焦がしていく。

 地面に叩きつけられても、なお、その身が灰に変わるまで焼き尽くす。

 やがて、レッドドラゴンは動かなくなった。

 終わった。

 そう思った時には眩しい光が東の方から差し込んでくる。

 光の射す方へと目を向けると朝日が昇ってきていた。

 夜が明けたんだ。

 レッドドラゴンの吐いた火はいつの間にか消えていた。きっと魔力でできていたんだろう。

 だから、こんなに鎮火が早いんだ。

夜の闇が朝の光と共にオレンジ色へと染まっていく。

 志保、大吾、しずかが俺の元まで駆け寄ってくる。

 その顔は喜びに満ちていた。もっとも、しずかだけはいつもと変わらない無表情だったけど。でも、無表情なのにどこか嬉しそうに見えるのは俺の気のせいなんだろうか。

 まっ、でも、とにかくだ。

 俺たちの勝利、大勝利だ。

 おとぎ話や伝説での最後の大ボス、ドラゴンに勝ったんだ。

 俺たちはなったんだ、ドラゴンスレイヤーってやつにな。



 ドラゴンを退治した朝ってのは実に晴れ晴れとした気分になるってことを俺は初めて知った。

 なんて気分がいいんだ。

 爽快な気分を保ったまま疲れて、三時間ほど休憩した俺たちはようやく帰りの支度を始める。

 それにしても、勇者になって冒険するって夢が叶うなんて思いもよらなかった。

 この世界にきてよかった。

 みんなはどうだろう、聞いてみるか。

「志保は今回のクエスト楽しかったか?」

「あたしは全然。だって、活躍できなかったし。それより、アキラ。レッドドラゴンと戦っている際中に言ったあの言葉。あれ、なんなの。おかげで戦闘どころじゃなかったんだけど」

「いや、あれはただのジョークっていうか。思わず、言っちゃったっていうか」

「ほんとサイテー。女の子に冗談でも愛しているなんて言わないでよ」

 いつも通り、プリプリと怒る志保。

 心なしか頬が赤いような、俺の気のせいか?

「じゃ、しずかはどうだ? 今回のクエスト楽しかったか?」

「いえすです。わたくしもいっぱい魔法を撃てて楽しかったです」

「その割にはお前、全然顔が変わらないけどな。もう少し嬉しそうにできないのか」

「これでも喜んでるんですけどね」

 そうなのか?

 表情が変わらないから全然わからん。

 俺からみたらしずかは無表情のままだ。

 まあいい。

「それで、大吾は……っと、その表情を見るに聞くまでもなさそうだな」

 大吾は満面の笑顔を浮かべていた。

「ああ、最っ高に楽しかったぜ。本当はオレ、ずっとこんなことがやりたかったんじゃないかって気がするよ。夢だったんだ、ゲームみたいなファンタジーの世界で冒険するの……って、あれ? オレはなにを言ってるんだ? オレはずっとこの世界で暮らしていたはずなのに……」

「俺もこの異世界の冒険楽しかったよ。みんなとの冒険最高だった」

「だよな」

 ニッコリと笑って、心底楽しそうにする大吾。

「もう冒険も終わりだ。そろそろ、元の世界に帰るとするか」

「そうだな。もう冒険し尽くしたからな。帰って、一杯やるとしよう」

 かみ合わない会話をしつつ、俺は背負い袋の中にあるパラレルスフィアを取り出す。

 もうこの世界に思い残すことはないだろう。

 俺はもはや定番になりつつあるあの言葉を唱える。

『ル・クシェンテ』

 パラレルスフィアから玉が出てきて、世界が回転し出す。

 白い光がすべてを飲み込んでいった。

 目を開けると俺は教室の中にいた。

 杉山先生が数学の授業をやっていて、黒板に相も変わらず教科書に書かれている方程式を板書している。

 これはパラレルスフィアの影響で現実世界で過ごしていたであろう俺たちに戻ったってわけなのだろうか。そういえば、帰るときは朝からかなり時間が経っていたな。

 異世界に行っていた分の時間が現実世界で反映されたんだ。

 だから、今の俺は教室の中にいて授業を受けている。

 なるほど、こういう風に整合性がついていくのか。

 パラレルスフィアについてまた少しだけわかった。

 手のひらの上にはパラレルスフィアがある。

 とりあえず、こいつを鞄の中に隠すか。

 後ろの棚にあった自分の学生鞄の中にこっそりパラレルスフィアを入れる。

 後ろの席ってほんと最高だぜ。

 みんなは黒板の方を向いていて、気付いていない。

 唯一、黒板を見てない奴が前の席に一人いた。

 肩をトントンと叩いて起こす。

 大吾はすぐに起きて、眠いのか目をこすりながら後ろを振り向く。

「よう、大吾。楽しい夢でも見れたか?」

 俺がそう聞くと大吾はあの異世界で帰るときに見せた笑顔を浮かべる。

 最高の笑顔を。

「なんか楽しい夢を見た気がする。オレが魔法使いになってドラゴンを倒す夢を。いやーさいっこうの体験だったね」

「また行きたいか?」

「いーや、今度は発掘家になって誰も見つけたことのない古代人の遺跡でも調査したいね」

「そうかよ」

「ああ、そうだよ」

 ニコニコと笑う大吾は実に楽しそうだった。

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