第6話 一夜の秘密の誓い
それぞれの客室へと案内される俺たち四人。
王の間から一つ上に上がって三階へと行き、左手にある通路を進んでいった西の端にある四つの客室の前までたどり着く。
現実は俺の家は二階だったから、文字通り世界そのものが創り変わったんだろう。
手前の二部屋が志保としずかが使うことになって、奥の方の二部屋は俺と大吾が使うことになった。なんでこうなったかというと志保が奥の部屋の方が湿気が溜まってジメジメしてそうだから嫌だということで、女性陣を手前の部屋にして、俺たち男二人は奥の二部屋にした。
さっそく戸を開けて部屋の中へと入っていく。
中は全体的に石造りで壁には所々ろうそくが立てかけられていて、辺り一帯を照らしている。床にはさっきほど見た赤い絨毯の小さくなったバージョンが敷かれていて、もしかしたら、この赤の絨毯は王様の趣味なのかもしれない。
部屋にある丸い窓からは外の様子を眺めることができた。
東京ではありえないような満天の星空が広がっていた。今まで、見てきた星空が全部偽物だったんじゃないかって思えるほどに。あちこちの星がきらめいていて、流れ星がスーッと流れていく。星空の下には村があり、中央に火をくべて村人たちがジョッキを持ちながら談笑している。実に楽しそうだった。
おっと、外の様子を眺めている場合じゃない。
聞きたいことがあるんだった。
武器や防具なんかの一式を部屋の隅に置いて、自分の部屋から出た。
俺が行くべき部屋はただ一つ。
あの中で唯一、態度が変わらなかった人の元を尋ねて、これがどういう状況なのか聞くべきだろう。なにも知らない可能性もかなり高いが。
俺はしずかの部屋の扉をノックした。
「はい、どうぞ」
返事が貰えたから、しずかの部屋へと入っていく。
部屋の中は俺の部屋と特になにも変わらず、しずかはベッドに腰をかけて、足をプラプラと上下に動かしていた。暇なのか?
「しずか、ちょっと聞きたいことがあるんだけどさ」
「なんでしょう、ご主人様」
「この世界についてだ。というか、どうしてお前は影響を受けてないんだ?」
「この世界自体はご主人様がお創りになったもので、わたくしはなにも存じ上げません。
……ですが、わたくしが影響を受けないのは存じております。
わたくしはパラレルスフィアにとっては物という扱いだからです」
「物だって? でも、しずかは生きているじゃないか」
「ええ、生きております。ですが、わたくしはご主人様の持つパラレルスフィアによって生み出された生命体なのです。パラレルスフィアにとっては本来この世界に存在しえない生命体であるがゆえにおそらく生命体という認識ではないのです。いうなればわたくしの扱いは物を移動させたという扱いなのだと思われます」
「……つまり、志保や大吾は最初からその世界に存在していたから、人生そのものが書き換わった。だけど、しずかはパラレルスフィアによって生み出されたもので、この世界に最初から存在しないから物って扱いの解釈であってるか」
「いえすです、ご主人様」
頭がこんがらがりそうだが、パラレルスフィアにとってはしずかは物扱いなのだ。
だから、俺と同じく移動をさせただけで記憶を保持できている。
「そもそも、このパラレルスフィアってのはなんなんだ? どうして、これだけの力があるんだ。世界の構造そのものが変わるなんて、どう考えてもおかしいじゃないか。大体、こんな代物を持っていてどうして古代人はこれを手放したんだ?」
「さあ、わたくしにはそれはわかりかねます。ただ、一つ言えることはおそらく手放さざるを得ない理由があったのでしょう」
「手放さざるを得ない理由か。想像つかないけどな」
「ええ、わたくしにも想像がつきかねますがおそらくなにかあったのでしょう」
一体全体なにがあったんだろうか?
パラレルスフィアを巡って戦争でも起きたんだろうか?
でも、パラレルスフィアって使用者が世界を変えれば記憶すら書き換えられるし。
謎だ。一体なんで手放すはめになったんだろうか。
こんな便利な力、手放す必要なんてないのに。
ん? そういえば謎といえば。
いつの間にか、しずかの返事が変わっていたような。
「なんで急にいえすとか言い始めたんだ?」
「お母様の影響です。承りましたばかり、言っていましたから。それは可愛くないから変えた方がいいと。はい、わかりました、など様々な了承の言葉を試したのですが、どうにもわたくしの言い方が人間らしくないとのことでいえすですに変わりました」
「急に英語になるのは謎だが、承りましたよりかは人間らしく感じるからいいか」
「それでどういたしましょう、ご主人様。今夜も一緒に寝ますか? ベッドはしずかが温めておきました。快適です」
「その誘いはありがたいけど、高校生が実の兄妹で一緒のベッドに寝るってのは大問題なんだよ。志保と大吾にバレたら、なんて言われるか」
「そうですか」
返事をするやいなやしずかはぷいっと顔を反らす。
心なしかどこか寂し気に見えるのは俺の気のせいなんだろうな。
まあ、聞きたいことは聞けたんだ。
自分の部屋に帰るとしよう。
「俺は自分の部屋に帰るよ。しずかも明日に備えておけよ」
「元の世界には戻さないんですね、ご主人様」
いたいところを突かれて、思わずギクッとなってしまう。
別に帰りたければパラレルスフィアを使って戻せばいいのだ。
でも――。
「いや、だってこの世界もっと楽しみたいじゃん」
「欲望がだだもれでよきかと」
だって、せっかく俺、勇者になったんだよ。なんか、勇者の剣っぽいもの持ってるし振り回したいじゃん。ドラゴン退治してみたいじゃん。異世界を楽しみたいじゃん!
「でも、大吾も志保も覚えてないんだよな」
俺はみんなでこの異世界を楽しむためにパラレルスフィアを使ったのに俺だけしか楽しめないなんて。そんなのはちょっと寂しい。
「なあ、しずか。俺はどうすればいいと思う?」
「ご主人様のお気に召すままに」
そういって、しずかはペコリと頭を下げる。
しずかは答えてなんてくれなかった。
答えは自分で出すしかない。
それなら、パラレルスフィアを起動させて元に戻そう。
俺の都合で二人を振り回すわけにはいかない。
廊下に出ると、腕組みをしながら壁によりかかる大吾に出会った。
どうやら杖は部屋に置いてきたみたいだ。
俺に気付いてひらひらと手を振る。
「よお、アキラ。しずかちゃんの部屋から出てくるなんて、お前あれか? お前らって実はそういう関係だったのか?」
「いやいや、そんなわけねーだろ」
「だよな。冗談だよ、冗談」
そう笑顔を浮かべて、大吾は帽子を深く被って押し黙る。
いつになく真剣な雰囲気を漂わせてくるから戸惑う。
「どうしたんだよ、一体? なにかあったのか?」
「いや、実はちょっと眠れなくてさ。お前と少しばかり話がしたくて……」
「俺とか? それはなんでまた急に?」
「だってさ、ドラゴンだぜ。オレ達、ドラゴンと戦うんだぜ。そんなのさ、すっごいワクワクしちまうじゃんか。戦うことを考えると興奮してたら、オレ眠れなくちゃってさ」
数分前の俺が思ってたこととまったく同じことを言う大吾。
さすが俺のダチなだけある。
「大吾はこのクエスト、そんなにやりたかったのか?」
「いいか、アキラ。ロマンに勝るものなんてこの世にはないんだよ。想像してみろよ、お前がその勇者の剣を使って、志保ちゃんがかぎ爪で攻撃して、しずかちゃんがメイスでぶっ叩いて、オレが魔法で華麗に決める。レッドドラゴンに勝って、オレ達はドラゴンスレイヤーとして称えられる。こんなのにワクワクしなきゃ男じゃないぜ」
鼻息を切らしながら、興奮して両手を開いたり閉じたりして語る大吾。
そういえば昔からこいつはこんな奴だったな。
根っこは俺と同じなんだ。非日常の冒険を求めている。
大吾がこういう奴だから友達になったんだ。
「だからさ、このクエストから降りないでくれよ。オレはお前と冒険したいんだからさ」
こっちを指さして、浮かべる笑顔は最近の中じゃ一番いきいきとしていた。
まったく、仕方ねーな。
レッドドラゴン討伐までパラレルスフィアは使わないでおくか。
「わかったよ、明日は期待しているぜ。相棒」
「おうよ。オレに全部任せとっけって」
通りざまに軽く拳と拳を重ね合わせて、互いに寝室へと戻った。
やべえな、俺もレッドドラゴンと戦うことを考えたら俺も興奮して眠れねえよ。
大吾の熱が移ちゃったのかな。
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