第5話 勇者御一行

 気付くと俺たちは城の中にいた、

 荘厳たる雰囲気を醸し出す城内。シャンデリアが所々にあり、床には巨大な絨毯が玉座の前まで広がっている。黒い鷹のような紋章の入った赤い旗が玉座の横の壁にかけられていて、俺たちの周りには鋼の鎧を着こんで槍を手にする兵士たちがみな一様に沈黙を守っていた。

肝心の玉座に座るのは白いひげを蓄えて、赤い王冠を被って、これまた赤いローブを羽織ったいかにも王様にしか見えない男が座ってる。

 それで、俺たちはというといかにもなゲームの登場人物みたいな格好をしていた。

 自分の格好を見てみる。

 膝裏まで届く白いマントに黄金色の刺繍の入った青いジャケット。白いパンツ(ようはズボンのことだ)を履いていて、茶色い革でできた靴を履いている。腰のベルトには剣が備えられている。柄の中央にはサファイアのような青い宝石があしらわれている。

 これ、もしかして、勇者の剣ってやつか。だとしたら、テンション上がるぜ。

でも、なんか頭についているぞ。

 外してみると金でできたサークレットを着けていた。

 マジで俺、勇者みたいな格好してるな。

本当に、本当に来ちゃったよ、剣と魔法のファンタジーの世界に……。

 いや、まあできるかもしれないとは思っていたけど、ここまで世界がガラリと変わると驚かざるを得ないというか。正直、パラレルスフィアの力を舐めていたな。

 その当のパラレルスフィアはというと俺の手のひらの上にあった。

 丁度、背中に背負い袋をしょってたんで、その中に入れた。

 ずっと持っているのも邪魔だしな。

 他のやつらはどうなっているんだろう。

 俺から見て右の方を見てみると普段とはまったく違う格好の志保がいた。

 志保の方を見てみるといかにも武闘家といった格好をしていて、赤いチャイナ服には金の龍の刺繍が入っていて、スリットから白いおみ足が露わになっていた。髪にはお団子カバーが着けられていて、中華娘といった言葉が似合う。両手には鋼でできた凶悪なかぎ爪をつけており、腕組みをしている。腕組みによって、志保の女性らしい胸部が浮き彫りになっている。

 志保は俺がまじまじと見ていることに気付くと

「なに? あたしのことをジロジロと見て。急にどうしちゃったの?」

 俺の視線に気付いた志保は腕組していた両腕を下ろして腰に手を当てながら尋ねる。

「いや、その随分可愛い格好してるなと思って……」

「今更? 気付くのが遅いんじゃない? アキラは幼馴染だから今まで気付かなかったかもしれないけど酒場に行けば色んな人に告られるくらい可愛いんだからね、あたし」

 フフンと上機嫌になる志保。

 いつもと変わらない態度。…………本当にそうか?

 なんかおかしい。なんで、志保は驚かないんだろう、この状況に。

 もしかして、記憶が書き換わっているのか? 母さんの時みたいに?

 試しに志保に聞いてみるか。

「ちょっと聞きたいことあるんだけどさ」

「なになに? なんでも言ってごらんよ」

 褒めたせいかだいぶ機嫌がいい。今ならなんでも聞けそうだ。

「俺たちってさ、さっきまで俺の部屋の中にいたよな」

 質問すると志保が途端に顔を歪める。

「そう、だったっけ? 覚えているような、いないような。……ダメ、思い出せない」

「よく思い出してくれ。俺たちは学生服を着て、今日買えなかったゲームの話をしてたじゃないか? マグヌスファンタジーって、ゲームについてさ」

「そうだったような気もする。え、あれっ、でも、私たち王様に呼び出されてここに来たんじゃなかったっけ? どっちが本当の記憶なんだろう?」

 混乱し始める志保。おそらく、志保の頭の中では矛盾が起き始めている。

 なんだ、この奇妙な違和感は。

 志保はどうして覚えてないんだ?

 いや、母さんの件があったから記憶が書き換わったのかもしれない。

 だとしたらだ。

どうして、俺が質問したら、記憶を思い出すんだ?

もしかして、パラレルスフィアは記憶を書き換えているんじゃなくて、深層の方に記憶を追いやっているのか?

「私たちは王様に呼び出されたはず。なら、どうして、もう一つの記憶があるの?」

 志保がどんどん混乱している。

 これ以上、思い起こさせると頭がどうにかなってしまうかもしれない。

ここらで一旦止めさせよう。

「いや、ごめん。無理に思い起こさなくてもいいよ。きっと夢だったんだろう。変なことを聞いた俺が悪かった。俺たちは王様に呼びされた、そうだろう?」

「うん……うん、そうだよね。びっくりした。あーもう、驚かせないでよね、アキラ」

 いつもの調子に戻る志保。

 志保のためにも会話をここで無理矢理終わらせた。

 これ以上質問し続けたら、もしかしたら志保がどうにかなってしまうかもしれない。

 まいったな。パラレルスフィアの影響がおそらく出てるんだ。

そういえば大吾の方はどうなったんだ?

反対の左側に目を向けると大吾がいた。

 大吾の方はというとこれまた大きな黒い三角帽子を被っていて、これまた似たような色の黒いローブを羽織っていた。それでいて、いかにもな魔法使いらしい杖を持っていた。

 杖の先端についている宝玉を愛おしそうに指で撫でまわしている。

「うへへ、俺の愛しの杖ゾルロッドちゃん。今日も君は輝いてるよ……」

……なんか杖に夢中みたいだし、話しかけるのはやめておこうか。

 完全に自分の世界に入り込んでいるみたいだし。

 大吾の様子が変になったのもパラレルスフィアの影響なんだろうか。

 でも、もともとこんな変な奴だった気もする。

 覚えてなさそうな辺り、パラレルスフィアが影響しているんだろうな。

 しずかの方はどこにいるんだろう。

 キョロキョロ見回してみると大吾の左隣にいた。

 しずかはというとまるでシスターのような格好をしていた。

 教会にいそうな清廉とした格好の神官服。ただ、動きやすくするためか下はスカートだ。

 右手にはメイスを持っていて、左手には鋼の盾をダラリとぶら下げている。

 武装が武装なだけについ口に出してしまう。

「よく持てるな、重くないかソレ」

「気合いがあればなんでもできるものですよ、ご主人様」

「いや、根性論で持ってたのかよッ」

 ツッコむもしずかは涼しい顔をしたままだ。

 しずかと初めて会った時の時の印象となにも変わらない。そのままだ。

 ひょっとしてこれ、俺が勇者で志保が武道家で大吾が魔法使いでしずかが僧侶といったところだろうか。いつの間にか、俺たちは勇者ご一行様になってしまったらしい。

 まあ、自分が勇者になるってのは悪くないけどな。

 玉座にいる王様がゴホンと一旦咳ばらいをしてから口を開く。

「さて、勇者たちよ。よくぞ、ここまで来てくれた。そなたらに実は頼みたいことがあってな。ここより西方にある村にレッドドラゴンが現れてな。それをそなたらに討伐してもらいたい」

 現実にはまずお目にかかれないような威厳に満ちた台詞。さすがは王様ってところか。

 王様の物言いにすかさず志保が口を挟んだ。

「王様、それはもちろん報酬が出るんだよね。あたしたち、お金に困っているからちょっーとばっかし多めに弾んでくれると嬉しいなーって思うんだけどさ、お願い!」

 前のめりになって手を合わせて王様に頼み込む志保。

 かぎ爪があるせいで、両手は合っていない。爪と爪同士がかち合うからな。

 王様は志保の頼みを聞いてウンウンと頷きながら、

「なに、報酬は山ほど出そう。金貨百枚というところでどうだ」

 金貨百枚が一体どれ程の価値なのか、この世界に来たばかりの俺にはよくわからないな。

 志保の方を見ると目をキラキラと輝かせていた。

「金貨百枚っていったら、宿屋を三年分くらいは借りれちゃうよ。こりゃ、もうクエストを受けるしかないよ! ねっ、アキラ?」

 こっちの方を向き、同意を尋ねてくる志保。

 どうも武道家の志保は金の亡者になっているような気がする。

 パラレルスフィアの影響で異世界で人生を過ごした志保になっているのかもしれない。その結果、金の亡者になったとか?

 よくわからないけど、とにかくこの異世界での志保はお金が好きらしい。

 大吾も俺の方を向いてねだり始めた。

「オレも新しく覚えた魔法が使いたいし、このクエスト受けようぜ、アキラ」

 相変わらず、自身の杖についた宝玉を撫でまわしながらクエストの参加の意思を示す大吾。

 というか、まだ杖に夢中だったのか。

 こっちの大吾もおそらく異世界で魔法使いとして暮らしてきた人生を送った大吾なんだろう。

 色々と考察の余地はあるが、とりあえずそれは後にしておこう。

 しずかの方を見ると特になにも答える気はないようだ。

 たぶん、受ける受けないのどちらを選んでも俺の後ろをついてくるんじゃないだろうか。

 俺はというと、もちろんクエストを受ける気でいた。

 だって、せっかくのクエストなんだ。

というか、こんな機会に恵まれることなんて現実にはないんだから。

剣や魔法を使って仲間たちとの冒険。最高にしびれるじゃないか。快く引き受けよう。

ずっとこんな世界で冒険してみたかったんだから。

「任せてくれよ、王様。俺たちが必ずやレッドドラゴンを討ち果たしてみせる」

「おお、実に頼もしい返事だ。では、この件はそなたらに一任しよう。

……さて、今夜はもう遅い。我が城で眠りにつくといい。

これ、誰かこの者たちを客室へと案内してやってくれぬか」

王様がそう言って、パンパンと手を合わせて叩くとすぐに使用人の女性がやってきた。

手際がいいなあ、おい。

「これ、この者らを客室へと案内してやってくれぬか」

「承知しました。では、こちらへどうぞ」

 俺たちはみんなして給仕の後をついていく。

 後をついていく間に俺は一人、パラレルスフィアの影響について考える。

 今回の件でわかったことはパラレルスフィアを使っても記憶を保持できるのは使用者だけということだ。そして、志保の反応を見る限り、記憶自体はなくなったわけじゃない。記憶は完全に消えたわけじゃなくて、一部保持しているんだ。

せっかく、志保と大吾をファンタジーの世界へと連れて来た感想とか聞きたかったんだけど。

俺が話しかけて思い出したように、おそらくはきっかけさえあればなにか思い出すのかもしれない。でも、志保の様子をみると記憶に齟齬が生じて混乱してしまうみたいだし。

無理に思い起こしてしまうのもな。

 ……いや、待てよ。そういえば、一人だけ変わらなかったやつがいたよな。

 後でちょっとそいつの部屋に行って、話を聞いてみるか。

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