第4話 ファンタジーの世界へと

 火曜日、眠い眼をこすりながら教室の席へとたどり着く。

 結局、しずかを寝させる部屋なんてなくて仕方なく二人で同衾することにした。

 同い年くらいの女子と一緒にベッドで寝る経験なんてなかったから、心臓がバクバクしっぱなしだった。こんな経験したことねえし。

世界がそうなったとはいえ、しずかは俺の妹じゃねえしな。

 パラレルスフィアはというと家へと置いてきた。学校には邪魔だし。

 しずかに持たせて警護させているからきっと大丈夫だろう。

 なんでも願いを叶う道具を使って一体なにをしようか。

 特に使い道の思いつかないパラレルスフィアについて夢を膨らませていると、

「おはよっ、アキラ。なんか眠そうだね」

 登校してきた志保に話しかけられた。

 俺は考えもなしに口を開いて、

「いや、それが実はさ――――って、あぶねぇ!」

「急にどうしたの?」

 危うくパラレルスフィアのことを普通に漏らしてしまうとこだった。

 誰が聞いているかもわからない教室で。

 志保自体にはバラしても問題はないだろうけど他のよくわからない奴らに聞かれたら困る。

 この神様みたいな力を持つパラレルスフィアの存在に気付かれて、然るべき研究機関に奪い取られたりなんてしたらだ。

俺はもう二度とパラレルスフィアを使うことなんてできやしない。

ここは誤魔化そう。

「いや、別に。ちょっと家の…………そう、ペットの犬のことを思い出しただけだ」

「アキラの家、犬なんて飼ってたっけ?」

 不審がる志保の様子を見て気付く。

 そういや、この世界はすでにパラレルスフィアによって書き換わった世界のはずだ。

志保はしずかのことを俺の妹として認識しているのだろうか。

……ちょっと試しに聞いてみるか。

「なあ、志保。俺にさ、実の妹がいるって知ってるよな。しずかっていうんだけど」

「しずかちゃんでしょ、かわいいよね。あたしもあんな妹がいたらよかったのにな」

「……本当に知っているのか?」

「なにその質問。もしかして、あたしがしずかちゃんのことを忘れてると思ってるの? いくら最近は会ってないとはいえ小学校の頃に一緒によく遊んでたし」

「えっ……あ、ああ。そうだったっけ?」

「そうだよ。忘れちゃった?」

「つい、うっかり忘れちまってたよ。わりぃ、わりぃ」

「もう、しっかりしてよね」

 ……どうやら本当に世界が書き換わってしまったようだ。

 志保は俺がパラレルスフィアで生み出したしずかを実の妹で元から存在したという風に認知している。まるで、それがさも常識かのように。

なんか、ここまで来るとちょっと怖くなってきたな。

「そういえばさ、青森に雪が降ったのって知ってる?」

「えっ、北海道の話じゃないのか?」

「違うって、北海道じゃなくて青森に雪が降ったんだよ。五月の末なのに珍しいよね」

「そうだったか? 北海道じゃなかったっけ。俺、聞き間違えたのか?」

 たしか前に聞いた時は北海道だったような。

 前の日に聞いた話だから青森にも雪が降ったんだろうな。

 北海道も青森県もどっちも北の方だし、季節外れの雪が降ってもありえなくはないか。

 俺が考え込んでいると、大吾が前の席までやってきた。

 学生鞄を机に放り投げて、椅子を反対側から座り、こっちに顔を向けて手を上げる。

「よう、アキラに志保。お前らさ、最近出たマグヌスファンタジーっていう大作RPGやった?」

「急になんの話だよ」

「おいおい、知らないのかよ。あの今話題沸騰中の超有名ゲームを」

「あたし、そこまでゲーム詳しくないし」

 フッと息を吐く大吾。やれやれといった感じだ。

 なんかこいつむかつくな。

「そりゃ、もったいねえよ。大手ゲーム会社のアニムスで出たマグヌスファンタジーが面白過ぎて、あちこちで売り切れが続出してるって話だぜ。なんでも一度プレイしたら、一週間は学校や会社に行けなくなるって話だ。やみつきになって帰ってこられなくなるほどだってよ!」

 目を輝かせて語る大吾の話に思わずのっかってしまう。

「そこまでなのかよ、なら放課後ちょっと俺も買いに行こうかな」

「あたしは別にそのゲームにそこまで興味はないんだけど……」

 チラリと志保が俺の方を見てくる。

 こっちの目をジッと見つめては、サッと目をそらして大吾の方を向く。

 なんだ、今のは?

「アキラが行くなら行く」

「よし、決まりだな。放課後になったら三人で行こうぜ。俺たち全員でマグヌスファンタジーをやり尽くそう!」

 気合いの入ったかけ声を出す大吾。オカルト以外でこいつがこんなに夢中になっているのも珍しい。

「そういえば、どんなゲーム内容なんだ?」

「実はその世界ってのは二週目なんだ。主人公たちが遺跡やらなんやらで過去に人類が滅亡したことを知り、そっから大冒険が始まるっていう熱いゲームなんだよ!」

 やっぱ、オカルトが主題のゲームじゃねーか。

 俺の心の中のツッコミも露知らず、大吾はゲーム獲得に向けて意気込むのだった。



「ない、ない、ない、どこにもなーーーーーい!」

 大吾の絶叫が秋葉原の通りにこだまする。

 行き交う人たちがなんだアイツって迷惑そうな顔を向けては去っていく。

「だから、言ったじゃん。秋葉原に行ってもどこも売り切れてるって。っていうか、自分で言ってたじゃん。売り切れが続出してるって。そりゃ、手に入んないよ」

「もう帰ろうぜ、大吾。山手線界隈のゲームショップは大体探しただろ。あとはもうネット通販で取り寄せるしかないって」

 志保と俺が諦めるよう説得すると、大吾はスマホを取り出す。

 大手通販サイトを開き、マグヌスファンタジーの商品選択画面を見せてくる。

 画面に表示されるマグヌスファンタジーのソフトは全て売り切れだ。

「どっこにもねえだろ。ネットはもうぜっんぶ売り切れ。だから、足を使って探すしかねえと思ったんだけど。探してもねえんだもんなぁ……はぁ……」

 落ち込む大吾になんと言葉をかけたらいいのかわからない。

 うーん、なんとかしてあげたいけどな。

 あっ、そうだ。こういう時こそパラレルスフィアがあるじゃん。

「なあ、大吾。ウチに来ないか? もしかしたら、お前の望みを叶えられるかもしれない」

「どうやってだよ。ゲームはどこにもないんだぜ」

 半信半疑の大吾。

まあ、俺の言葉を疑うのは無理もないよな。

 だけど、パラレルスフィアさえあれば用意できるのは事実だ。

「とにかく、ウチまで来てみればわかるって」

「まあ、そこまで言うのなら。志保はどうする?」

「行く! 久々にしずかちゃんとも会いたいし……それに……」

 志保は俺の方を見て急に言葉を詰まらせた。

 どうしたのかと思って、俺が志保と目を合わせるとプイッと目を逸らされる。

「……なんでもない」

 志保の態度に違和感を覚えながらもとりあえず、ついてきてくれるということなので二人を自分の家まで案内する。

 家にはしずかがいるが、すでに世界の常識はしずかが存在するという認識になったから説明する必要はないだろう。

 山手線の電車に乗って新宿駅へと向かい、そこから東京丸ノ内線に乗り換えて中野坂上駅へと向かう。着くころにはもうすっかり夜になっていた。

 夜空の星々が光り輝き、電灯やLEDビジョンによる巨大スクリーンを含めたたくさんの明かりが俺たち三人を照らしていた。

 三人ともこの近くに住んでいるから帰ろうと思えばみんな歩いて帰れる。

 だから、どれだけ遅くなっても問題ないはず。

 大通りから小道へとそれて、住宅街の方へと入っていく。

 その中でいかにも平々凡々な感じの二階建ての家が見えてくる。

 いつもの我が家だ。

 敷地の中に入って、ドアノブに手をかけると志保が聞いてくる。

「とりあえず、アキラの部屋に行けばいいの?」

「ああ、そうだよ。俺の部屋に来てくれればすごいもん見せてやるよ」

 長年、付き添っている幼馴染のこの二人になら、パラレルスフィアのことを打ち明けても大丈夫だろう。二人とも口は堅い方だ。

 朝に志保に打ち明けることをやめたのは誰が聞いているかもわからない教室の中だったからであって。俺の家の俺の部屋の中なら問題ないだろう。

 そういや、しずかってどうしてるんだ?

お昼とかアイツちゃんと食べたのかな。専業主婦の母さんが色々食わしてそうだけど。

というか、しずかとか俺ってたぶん同い年くらいに見えるけど学校とか行かないことに母さんや周りの人は疑問に思ったりしないんだろうか。

 いや、まあその方が都合がいいっちゃいいんだけどさ。

 玄関のドアを開けて二人を中へと通す。

「お邪魔します」と二人は言って、靴を脱いで二階へと向かう。

 俺の部屋に二人が来るとしずかがお出迎えする。

 メイド服のスカートの端と端を両手でつまんでペコリとお辞儀をする。

「我が家にようこそ、お客様。しずかがお二方のお世話をさせていただきます」

「しずかちゃん、相変わらずメイドさんみたいな格好してるんだね」

「ほんと、お前の妹って変わってるよな」

 いやいや、もっと違和感持てよ。

 実の妹にメイド服を着せて、自分の部屋に待機させていることへの感想じゃねえだろ、それ。どう考えても異常極まりねえよ。変わってるなで済ませちゃダメだろ。

 心の中のツッコミも空しく、二人は床に座り始める。

 これもパラレルスフィアの影響ってやつか。

 座って早々に大吾が口を開く。

「それでマグヌスファンタジーをどうやって手に入れるんだよ。あっ、ひょっとして、もう持っているとかか? なんだよ、それならそうと早く言えよな」

「いや、そうじゃないんだ。手には入れるんだけどそうじゃない」

「じゃあ、どういうことだよ?」

「これから手に入れるんだよ。しずか、パラレルスフィアをくれ」

「いえすです、ご主人様。いつでも使えるように綺麗に表面を磨いておきました」

 しずかから手渡されるパラレルスフィア。

 確かに前よりも表面が綺麗になっている。きっと一生懸命磨いたんだろう。

 俺はマグヌスファンタジーが手に入る世界を思い浮かべて――ふと、止める。

 待てよ。理想の世界を作れるっていうならこの世界をRPGの世界に変えられるんじゃないか? いや、でも、そんな剣と魔法の世界にできるわけ……。

「どうしたんだよ、アキラ。早くゲームを出してくれよ。持ってるんだろ」

「なあ、一つ聞いてもいいか。もしさ、ゲームよりも本物のファンタジーの世界に行けるとしたらさ。行ってみたくないか?」

「なんだよ、急に。そりゃもちろん、本物のファンタジーの世界に行けるなら行ってみたいよ。というか、アキラお前さっきからなにを持ってるんだ? あと、ちょっと変だぞ」

「そうだよ、アキラ。まるで人が変わったみたい」

「これを使えばさ、理想の世界にできるんだよ。見つけたんだ、古代人の秘宝を」

「なに言ってんの? バカじゃないの?」

「おいおい、長年見つけられなかった古代人の秘宝をアキラが見つけたっていうのかよ」

全く信じていない大吾と志保には答えず、パラレルスフィアを見る。

 これが本当に理想の世界に変えられるというなら、今のこの世界をファンタジーの世界そのものにできるはずだ。

きっと今までとは違う大きな世界改変になる。

どうなるかなんてわからない。

そう思うと緊張で手に汗がにじむ。

「俺が連れてってやるよ、二人を。剣と魔法があるファンタジーの世界へと」

「頭どうかしちまったのか?」

「なんか変なものでも食べたの、アキラ?」

 まったく信じない二人を無視して、パラレルスフィアに書かれた古代文字を見て唱える。

 まっ、二人には見せた方が早いだろう。

世界が変わった姿を見せればこの力の凄さがわかるはずだ。

 パラレルスフィアよ、この世界をファンタジーの世界に変えてくれ――!。

『ル・クシェンテ』

 途端にパラレルスフィアの中から光り輝く玉が出てきて、俺を囲む世界が回り始める。

 やがて、俺たちはパラレルスフィアの放つ白い光へと包まれた。

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