拝啓貴方へ

Side:清水亮



 貴女が消えてしまったあの日から一ヶ月。

 俺は、一度も貴女に会いに行かなかった。

 会いには、いけなかった。もう現実なんて、見たくなかったから。


「あぁ、嫌だな、、」


 現実を見るのは嫌だ。

 でもそれ以上に、このまま貴女から目を逸らし続けることがどうしようもなく嫌で、俺の胸を締め付ける。

 なのに、俺は弱いままで。



 ある温かく、日が差す日のことだった。

 ふと俺の目に貴女の家が映る。広く高い、あるマンションの一室。

 一度も行くことは無かったけれど、あの道から

何度も見た貴女の家。

 俺は、いつか貴女がくれた一つの鍵を手に握り、そんな広いマンションへ足を向けていた。

 何か変わればいいな、なんて。そんな思いで。


 暗く静かな部屋の中、ある一つの紙を見つける。

 手紙、、?


「なんだよ。これ、、、」


 その手紙の、内容は__。


 あぁ、もう、、っ!俺は何をしてるんだよ。

 一つの手紙を握りしめて、俺はまた、彼女のもとへ走り出していた。




 初めて見た君は、どこか寂しそうだった。

 笑顔を見せているのに、どこか悲しくて、苦しくて、冷たい笑顔だと思った。

 貴女の本当の笑顔を見てみたいと思った。

 それからは、最初は好奇心で。

 その次は心配で。

 最後はただ隣にいたい、なんてそんな願望で。

 そうだ。そんなただの、願望だったんだ。

 なぁ、葵。たとえ俺の知る葵が消えてしまっても、たった一つの約束を覚えていてくれる。それだけで、また貴女に恋ができる。

 また、貴女の傍にいたいと思える。

 何度だって貴女を知るから。

 何度だって俺を知ってもらうから。

 何度だって大切にして見せるから。

 大好きだって、伝えるから。もう、逃げない。

 だから、会いたい。また君に、会いたい。


「葵、、!」


 また貴女の、笑顔が見たい。



「ビルから飛び降りたっていう、川野葵さん。よかったわよね。幸い、下に植木が多かったそうよ。もし隣のビルを選んでいたらきっと__。」


「っ、、、!」


 走る俺の耳に聞こえてきた、そんな一つの会話。

 あぁ、そっか、、、。

 君は、きっと。生きたかったんだ。


「良かった、、まだ、貴方が生きていて。よかった、また、会いに行けて、、、」


 俺は、見えた白い一つの扉へ手をかける。




 ある一室に、扉を引く音が響いた。

 そこにいる一人の彼女に、俺は、手を伸ばそうとする。


『葵』


 手を伸ばそうとして、そう声をかけようとして、言葉を止めた。

 違う。

 きっと今、貴女に向ける言葉は__。


「こんにちは。清水、葵さん」


 いつもの道で、交わすように。

 またいつもの道で、交わせるように。そんな一言を。





“拝啓貴女へ

  貴方へ“


『生きてくれて、ありがとう』


 また貴女に、恋をする。一から、零から。

 二度目の恋を、今、この一言で__。

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拝啓私へ 拝啓貴方へ WaKana @wakana0805

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