拝啓私へ
「川野葵さんでお間違いないでしょうか。こちらの病院に入院されていたお母さまが、今__!」
「え、、?」
ドクン
ねぇ、お母さん。
ドクン
ねぇ、どうして、、
ドクン
ねぇ、嫌だ。嫌だ、嫌だ。
やっと会えると思ったのに。
ドクン
やっと、やっとまた、二人で、、
―ドクン―
気が付けば私は電話を切っていて、ツー、ツーと無機質な音が耳に響く。
「おかあ、さん。」
掠れた声が空気に消えて、赤くなった指先の震えが、止まることを知らない。
視界が歪んで、私は地面に膝をつく。
どうして、ねぇお母さん。
お願いだから。
ねぇ、また私の名前を、なまえ、を、呼んでよ。お母さん、、、っ。
ふいに、消えたスマホに私が映る。
「え、、?」
そこに映った私の頭上には、ある数字が浮かんでいた。
『残り、一日』
なに、これ。
私の指が触れたスマホは、また一つの画面を映し出す。
ある一枚の、お母さんの写真だった。そこには、、、
『残り、零日』
無意識に、感じ取ってしまった。
あぁ、そっか。
これは、私の残りの人生か。
驚きよりも、どこか納得してしまう自分がいる。
「葵、、?」
私の隣から、貴方の声が聞こえる。
重い体を動かして、私は顔を上げた。溢れる涙なんて気にせずに。
やっと笑えるようになったんだから。
貴方が教えてくれたんだから。
せめて、貴方の前では笑顔で居たい。
これが、最後かもしれないのだから。
「あぁ、ごめん。亮君。だいじょう、、ぶ、」
貴方の頭上に浮かんだ数字は、
『残り、二日』
目に映る、耳に聞こえる、肌で感じるすべてが、私を絶望の底へ突き落した。
「ピピピ_」
いつも聞くスマホのアラームで、目を覚ます。
どうやってここまで帰って来たかもわからないソファーの上で。
「朝、、、私、何してたっけ」
濡れた枕もとを見て、思い出す。昨日のことを。
冷たく肌を刺す風を受けて、また雫が頬を伝う。
蘇る。鮮明に。
後悔と、絶望と、思い出したくない“現実”を。
この部屋に残る、明るい過去の記憶を。
あの頃から何一つ変わらないこの部屋は、私の胸を締め付ける。
締め付けて、締め付けて、締め付けて、私の足を動かそうとした。遠く目に映る、一つの廃ビルへ。
「っ、、駄目、、。」
今、すべて捨ててしまえばきっと楽になる。
でも、それでも、死んじゃ駄目。
私には独りにしたくない人がいる。
傍にいたい人がいる。
貴方は、私をきっと追いかけてしまうから。
だから、だめ、、なのに、、、
「お母さん、、、」
また、思い出してしまう。
大好きだったあなたを。
「やっと、、あなたに会えると、思ったのに、、、」
駄目っ、、
「ごめんね、お母さん」
、、、だめっ
「こんな娘で、、。弱い、私で、、、」
__駄目なのにっ、、、!
「また会いたい。、、また笑って、、私を見てよっ、、お母さん、、、っ!」
私はある一枚の紙を机に置いて、震える足で外へ向かっていた。
風が吹く、ある屋上の柵の向こう。
街へ目を向ければ、知らない誰かの、幸せそうな笑顔で溢れている。
「もう、いいや、、、」
もう、もういいよ。きっといつかはこうして
いた。
言いたいことは、残したから。きっともう誰にも見られることは無い、一つの手紙に。
―――――――――――――――――――――――
拝啓私へ
六月七日
私はある男の子に出会った。
出会いはただの偶然で、ただの事故で。
少し歩くのが遅ければ。
少し右を歩いていたなら、きっと起きることは無かったような。そんな偶然で。
六月八日
彼は次の日もそこにいた。
落とした財布を届けに来てくれた。
六月九日
不思議な人だと思った。
用事なんてないはずなのに、今日も貴方はそこに
立つ。
『次の日も』
なんて私に言って。
六月十二日
貴方に出会った。
ある学校の一つの廊下。
きっとまた偶然で。運命なんて信じていないけ
れど、この偶然は、私に何かを与えてくれる気がした。
―名前を、教えて―
貴方を、知りたいと思った。
私を、知ってほしいと思えた。
彼の名前は、
“清水亮”
この手紙は、そんな君との、思い出の記録。
それからは、一年なんてあっという間で、貴方が今日は長袖を着ていた。とか。
好きな小説が同じだった。とか。
そんな何の変哲もないただの日常を、過ごした
だけ。
『ねぇ、亮君。好きだよ』
十一月十九日
貴方が、好き。
そんな思いを伝えた日。
四月二日
「将来は、葵と結婚する」
貴方と居る。と、そんな思いを伝えてくれた日。
ねぇ、亮君。ありがとう。
それじゃあ私は“清水葵”だね。
亮君。絶対に、忘れないから。
この約束だけは絶対に。
貴方がくれた、この一言は。
ごめんね。亮君。私が貴方を独りにしてしまう。
ずっとそばにいて、なんて。求めたのは私だった のに。
ごめんね、亮君。
貴方はきっと私を追ってきてしまう。
ごめんね。貴方には幸せに生きて欲しかった。
貴方と幸せに、生きたかった。
拝啓私へ
もしも、生きていたならば。
足が動かなくても。
目が見えなくても。
耳が聞こえなくても。
動けることが無かったとしても。
もしも生きていたならば。
また貴方に会えたならば。
ありがとう。私へ
―生きていてくれて、ありがとう―
―――――――――――――――――――――――
流れる涙をぬぐって、私は一歩、踏み出した。
さようなら。もし、また会えたなら__。
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