第6話 蜜の宮公園 【二】
咲良くんは初めての兄弟に戸惑いながらも、二人は少しずつ仲良くなっていったのだと言う。
「香澄はな、家の跡取りっちゅうことでだいぶ厳しい育て方をされたみたいで、お菓子や娯楽なんかも全部禁止されとったらしい。ほんで、おれのおすすめを教えたりしたり、あいつからは勉強を教わったりしとったで」
赤いイチゴ味の飴玉――香澄が咲良くんから初めて貰ったもの。さきほどまでただの飴玉だと思っていたのに、話を聞いてからだと想い出が詰まったものに見えてくる。
「仲が良かったんだね」
たとえ一年きりの兄弟といえど、弟が兄の死を悲しみ、その死の真相を探るために必死になっているのだ。全てを語られなくとも、二人が良い関係だったことは伝わってくる。
咲良くんは照れを隠すように頭を掻いた。
「まあ、おれが教えたお菓子やら漫画を、やたら嬉しそうにテレビで紹介するから、なんか恥ずかしかったけどな」
王子様として売っているカスミとしては、それらはイメージにそぐわないだろう。けれど弟から貰ったものを自慢したい気持ちもあったのかもしれない。そう思うとなんだか微笑ましくなった。
咲良くんは区切りをつけるように息をつき、一転して深刻な顔になる。
「――様子が変わったと思ったんは三ヶ月前。……あいつ、家に帰って来んようになったんや」
「それって、家出?」
咲良くんは首を傾げて、頷いてを繰り返す。そうであってそうでない、と言いたいのだろうか。
「マネージャーやミカゲにも聞いたけど、仕事はきっちりやっとるみたいやった。生放送にも出とったし……けど仕事が終わってからの連絡が一切取れんのやと。メンバーやおれら家族からの電話も全部着拒否や。ミカゲが香澄を問い詰めたら『しばらく戻らないと家族に伝えてほしい』の一点張りやったと」
「心当たりとかなかったの?」
「……心当たりやないけど。あいつは律儀な奴やって、高校を卒業したら家を出たいとは言うてた。これ以上おれらに迷惑かけられへんって。親父もおかんも『気にする必要はない』言うて、それで香澄も納得はしてた。けども……途中で気が変わって、勝手に家を出たんやないかと、思とった」
咲良くんは呆れたように笑いながら。
「そんなわけないのになぁ、あんな真面目が服着てるような人間が、そんな不誠実なことするわけあらへんのに」
――どうして気づいてやれなかったのか。
彼はきっと、そう言いたいのだ。
「――そんで、こうなった。警察から連絡が入って、警察に行ったら……香澄は死んどった」
咲良くんは己の無力さを嘆くように、掌の飴玉の袋をくしゃりと潰した。その想いに呼応するように、わたしも同じく袋を強く握り締める。
彼も同じだったのかもしれない。現実を受け止めるのを拒むように頭が痛み、視界が揺らぐ。足元から全てが崩れ去るように酩酊しながら心中で叫んだ、あの日のわたしと……同じ気持ちを味わったのだろうか。
もしそうならば、同じであるからこそ、わたしは何と声をかければいいのかわからない。
「……咲良くんは、その。現場を見ていないのね」
「見てへんよ。遺体とご対面したんは病院や。ここで殺されたっちゅうのも後で親父から聞き出したことや」
咲良くんの父親は警視庁の刑事らしい。カスミの事件は担当ではないが、今も個人的に調査を続けているのだという。
「最初はなんも知らされへんかった。おれも容疑者の一人やったから」
え、なんで……と驚きを示そうとして留める。考えれば被害者の親族なのだから当然と言えば当然である。
「けど事件当時のアリバイが証明されて、ようやく親父から話を聞けたんよ」
「……そうなんだ」
「失礼かもしれんけど、おねーさんは疑われへんかった? いや、おれは疑ってへんけど」
心臓が一瞬にして飛び跳ねる。
わたしは冷静を装って答えた。
「わたしもあなたと同じ。アリバイがあったから容疑者から外されたわ」
嘘は言ってない。けれど、これ以上踏み込まれたくなかったので、咲良くんが父親から聞いたという事件の概要を教えてもらうことにした。
カスミ殺害事件についての警察の見解はこうだ。
九月二十二日、午前零時過ぎ。発見者はダリアの時と同じく、早朝散歩をしていた男性だった。彼は駅から蜜の宮公園に入り、噴水の周りを走っている時にそれを見つけた。
『公園のベンチで、男性が血塗れで座っている』
遺体には無数の刺し傷があった。もう息はない、と悟った男性はすぐさま警察へ通報した。
直接的な死因は失血死だった。凶器となったサバイバルナイフはレインコートと共に海へ投げ捨てられていた。その時間帯の人通りは全くなく、防犯カメラにも手がかりはなし。
容疑者にアリバイのない者はおらず、通り魔か熱狂的なファンかアンチによる線が疑われている。
香澄の足元には血の跡があり、それは噴水の裏側、舗道を外れた場所へと続いていた。
「それがこの場所や」
「犯人は香澄くんを……殺してから、入口近くまで引き摺ってきたってこと?」
「いや違う。香澄が自分で歩いてきたんや」
息を呑んだ。香澄はめった刺しにされてから、自らの意志で歩いて移動したというのか。
「なんで歩いたんか、そんだけの体力がまだ残ってたなら、なんで救急にも警察にも連絡を取らんかったんか」
――同じだ。
ダリアが突き落とされた時と、全く同じだった。
「死んでもいいと思ってたか、それとも」
「犯人を庇ってる?」
わたしたちは目を見合わせる。
「ダリアも同じ。彼女はわたしに、何も伝えようともしなかった」
沈黙が降りた。街路灯に止まった鳩が鳴いた後、咲良くんは息をついた。
「……やっぱり、何か関係ありそうやな?」
香澄とダリアは同じ日に亡くなっている。彼が何を思い、彼女と同じ花の名を抱えてこの公園にいたのか。それには、先程の共通点を含めてもやはり何らかの意図が感じられる。咲良くんもそう考えたのだろう。
「ここ、密会するにはいい場所やと思わん?」
……それは、つまり。
「ダリアと香澄くんは、この公園で会ってたかもしれないってこと?」
「蜜の宮公園は週末はぎょうさんの人で賑わっとるけど、平日はガラガラやし人もあんま来ん。それに、まさか誰もライブホールがある近くで密会してるなんて思いもしないやろ、ちゅう心理を逆手に取って」
確かに、わたしとダリアが住んでいたアパートからこの公園まで三十分といったところだし、十分に有り得る話だ。
……けれどわたしは、まだそれを受け入れられそうにない。
「でも、まだ二人が会ってた証拠はない。それこそ目撃者でもおらん限りな」
咲良くんは手摺に肘をつき、水面を見つめている。つられて海の方を見た、その時。
「……あ」
「どした?」
「向かいにいる人が……手を振ってる」
遠くの方ではっきりとは見えないが、手を振っているのは二人いる。車椅子に乗る人と、それを押している人。
彼らは白い建物の近くにいたので、あれは何なのかと咲良くんに尋ねると「病院や」と答えてくれた。車椅子に乗っているということは、患者なのだろうか。
あちらの二人は手を振り続けている。位置的にはわたしたちに向けたものだろう、と思ったわたしは小さく手を振り返した。
「あっちからだとここは丸見えだね」
こちら側の公園では秘密の空間であるここも、あちらから見ればただのベンチなのだと思うと、一気に神秘性がなくなったような気持ちになる。
「……ということは、もしかすると見とるんちゃうか? 香澄のこと!」
咲良くんは手摺を掴み、食い入るように向こう側の二人を凝視している。
「それなら警察がもう話を聞いてそうだけどな」
「聞いてみんとわからんで? 行ってみようや!」
「い、今から?」
「当たり前やろ!」
咲良くんは飴玉の袋を鞄にしまうと、手を差し伸べてきた。
「おねーさん、もしかしたら手がかりが掴めるかもしれへんよ!」
興奮した彼は声を弾ませている。それに驚いた鳩が大海原へと羽を広げて飛び立っていった。
知りたい――その欲求が彼を突き動かしている。
新たな陸地を目指し、海を駆けていく鳥のように。
どうやらわたしもそれに感化されたようだった。
「……うん、行こう」
……彼の手を取った後、すぐさま草むらに突っ込んで行ったので服が露に濡れてしまったのは、後で注意しておこうと思った。
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