リアクの常識

 「ここは!?」


 「な?成功しただろう?」


 「おじさん・・・なの!?」


 「うむ。おじさんだ」


 「あれ?なんかおじさんがカッコよく見える・・・」


 「で、あろう?それが蟻の感情だ。いや、我がかっこいいかどうかは分からないが蟻は人間から見ればどれも同じに見えるだろうが、それぞれ違うのだ。

 逆も然り、蟻も人間を見ればどれも同じに見える。鼻の位置、目の位置、肌の色、目の色、身長、体重皆違っても些末な事だと思わないか?

 これは我も蟻に転生して分かった事だ。そういえば友達のミユキ殿にもできれば手伝ってもらいたいのだが」


 「やめておこう。あの子は何でも人に言いふらすし、すぐにユーチュー◯に動画撮ってupするから大事になるよ。魔法なんて使う所撮られたらおじさんは捕まってしまうと思うよ。

 だからあーしは直ぐに魔法使いたいって言わなかったの。あーしも意思が弱いからすぐにムカつく男とか居たら燃やしてしまいそうだし」


 「そうか。また分からない単語が出たが友達でも仲が良いわけではないのだな?」


 「ううん。仲は良いよ。昔からね。けど、あの子と私は違うの。あれ!?あーし?私?」


 「無理して自分に膜を張らなくても良い。虚勢を張った所で自分が大きくなるわけではない。我も昔勘違いしていた時期があった。それを黒歴史と我は言っている。黒魔術に傾倒してしまってな。

 禁忌寸前の事もした。あれは封印しなければならない魔法だ。まぁ我の話は良い。

 レナはこれから素直に生きなさい。無理につまらない友達と付き合わず、無理に娼婦のような事はしなくて良い」


 「・・・・おじさん。ありがとう」


 「うむ。そういう表情もできるのだな。良き。良き。で、だ。このゴブリンの魔石に【イリュージョン】の術式を描いている。レナはマナを出す事は分からないだろうからこれを牙で割ってみなさい」


 「え!?これ割れるの!?歯が折れそうなくらい硬いよ!?」


 「大丈夫。人間なら指でも割れるくらいだ。ヒヒイロカネの牙は絶対に折れない」


 「分かった。(ガジッ パキッ)あれ!?割れ・・・」


 シュゥ〜


 「あれ!?戻った!?」


 シュゥ〜


 「分かったか?簡単に割れたろう?それに戻れただろう?」


 「本当だ!面白い!」


 「そう思ってくれて何よりだ。間違っても巣の中では辞めてくれよ?崩れてしまうからな。で、その山の事なんだがどうすれば買える?」


 「お金があれば買えると思うけど・・・いや、おじさんはそんな事したら警察に捕まるかもしれないね」


 「警察とは・・・衛兵のような機関か?」


 「う〜ん。多分そんな感じ?まぁ治安を守る人達だよ!だっておじさんって在留資格とかそんなのないでしょ?当たり前だけど。パスポートだってどの国の人間でもないんだから当たり前にないでしょ?

 なら私が買おうか?私なら問題ないと思うけど」


 「お!?そんなに簡単に買えるものなのか?その町の領主に賄賂を贈り便宜を図らないと難しいのではないのか!?」


 「どこの人よ!ここは日本!そんなの要らないよ!寧ろ買ってくれてありがとうって言われるかもしれないよ!」


 「おぉ〜!そうか!そうか!どのくらい銭があれば足りる!?」


 「ちょっと待ってね・・・近くで人が少なそうな所で売ってるのは・・・ここ!ここなんてどう?マップで見ても家なんてないし、そこそこの山だから大きな巣が作れると思うよ!」


 「うむ!それに関してはレナに任せよう!先の質屋にこの・・・(ガタガタガタガタ)これだけ金を両替すれば足りるか?」


 「いやいや重っ!こんなに要らないから!それにこんなに両替なんてしたら怪しまれるじゃん!さっきのが100g・・・おじさんの国では100メタって重さなんでしょ!?」


 「うむ。先のが100メタでこれは10ローグの重さだ」


 「多分感覚的に10キロだと思うけどそれを10本もなんて私じゃ無理!寧ろこれを全部換金できれば一生遊んで暮らせるから!」


 「むむ。そうなのか。この日本国で金はかなり価値が高いのだな。では聖白大星貨ならもっと凄いのではないのか?」


 「あ、ちなみにこれも聞いてみたけど、10円だって」


 「は?」


 「オモチャは値のつけようがないって。けど、金を売ったから10円はつけてくれた感じ。だから売らなかったよ!」


 「聖白大星貨がオモチャだと!?おのれっ!!その鑑定士は偽物だ!鑑定スキルがある者なのか確認したのか!?」


 「え!?そんなの知らないけど、昔からある所でネットでも高価買取してくれるって有名なんだけど・・・」


 「そこは辞めておきなさい。違う所にしなさい。この聖白大星貨はマナの塊だ。仮にこれに含まれるマナ以上のマナを放出すれば我の居た世界の100年分の人間、魔物、魔族全てのマナを賄えると言われている代物なのだ!」


 「そんなの知らないし。魔法なんてないし」


 「う、うむ。そうであったな。すまぬ。取り乱してしまったようだ。ならば、100メタの金のインゴットを30枚渡しておこう。これを方々に回って両替してもらえるか?それならば怪しまれないであろう?」


 「う〜ん。多分大丈夫だと思うけど、おじさんは私を信用してくれるの?これを私が持ち逃げするって思わないの?」


 「なぜそのように思う?我は既に信用しているから渡しているのだ。仮に持ち逃げしたとしても、それはそれでレナにそうしないといけない理由があったのだろう。その事を我に相談されなかった事に腹が立つやもしれん」


 「あぁ・・・嬉しいし、凄い事言ってるけど、鬼嫁に仕込まれたんだよね・・・」


 「何か?」


 「ううん!何でもない!今日は遅いからこのまま眠るから明日の朝動くね!」


 「分かった。賊が侵入して来ぬように夜番は我がする。安心してレナは眠ってくれ。なーに。一晩二晩寝なくとも他愛無い」


 「いやいや賊なんて居ないから!鍵もかけてるから!おじさんも寝て!ってか、寝なさい!」


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 「朝か。快適過ぎて寝過ごしてしまった。レナは・・・まだ寝ているか」


 「うぅ〜ん。蟻・・・・蟻!?おじさん!?」


 「寝惚けておるのか?人間だ。おはよう。起こしてしまったようだ。すまん」


 「いや・・・まだ眠いけど、本当に手出して来なかったんだね・・・それそれでやっぱショックなんだけど」


 「【霧よ。我が右手に・・】」


 「ちょっと!ストップ!ストップ!何で消えようとするのよ!」


 「召物が捲れている。お腹が見えている。破廉恥だ。我は見ていないから」


 「いや、どんだけ堅物なのよ!?ってか今・・・はぁ!?5時!?」


 「うむ。少し寝過ぎてしまったようだ」


 「いや、普通ならまだ寝てる時間だから!全然寝過ぎてないから!」


 「いや、かつての我なら日本国の時間で表すならば・・・3時30分に起床し、朝の鍛錬をし、妻の召物と朝飯を用意し、地域紙を配り、朝の仕事の日銭を持ち帰り妻に渡し、行水後に今一度朝の鍛錬をし、冒険者ギルドに向かっていた。その頃に比べると随分と眠ってしまった」


 「いや、どんだけ苦行なのよ・・・そしてどんだけ家庭の為に頑張ってるのよ・・・大魔術師?大賢者がそんな生活なの!?」


 「そんなものだ。それはただの称号に過ぎん。それにその称号はもっと前の代での話だ。さて、山を買いに行くぞ」


 「待ってって!こんな朝早くに開いてないから!9時くらいにならないと店は開かないから!!」


 「うむ。そうか。日本国は遅いのだな。分かった。ならば朝の鍛錬をしておこう。それと瞑想もしてみよう」


 「ハァー。ブレないね。まっ、いいわ。私も目が覚めたし。私は朝風呂に入るから!あっ、おじさん!おじさんって炎の魔法と風の魔法ってできる?」


 「そんな事は簡単だが?」


 「なら、家に帰るのが面倒だからお風呂で服とか下着洗うから乾かしてくれない!?熱い風とかで!」


 「ふむ。クリーンのエンチャントをしていないのか。懐かしいな。かつては妻の肌着や召物も毎日洗っていた。任せなさい。【清らかな水よ。我が右手に集え ウォーター】【柔らかな風よ。我が左手に集え ウインド】」


 「おぉ〜!!凄い!凄い!ってか、洗ってもくれるの!?おじさん凄いね!」


 「ふむ。こんな事は他愛無い」


 「ってかさ?その洗った水はどうするの?」


 「うむ。ではここで我が魔道の真髄の一端を見せよう。【猛る炎は不滅なり。疾き風は不滅なり。清浄なる水は不滅なり。唸る雷は不滅なり。無音の空間は不滅なり。開け虚空の扉。我の前に疾く疾くと門よ開け!デジョン】」


 「うわぁ〜!なーに?その空間!?宇宙?」


 「うわ!馬鹿!触るな!吸い込まれるぞ!」


 シュポンッ


 「レナ!無闇に魔法に触るな!あれは別の世界と世界を繋ぐ途中にある魔力の沼だ!人間が触れると吸い込まれ一瞬で死ぬ!どんな極大魔法だろうがなんだろうが、あれは吸い込んでしまうのだ!」


 「ふーん。まぁ分からないけど」


 「まったく・・・いや、まぁ仕方のない事か。あの魔法は5代かけて構築し、黒魔術の禁忌に触れた者にしかできない魔法でな・・・いやすまん。レナに行っても意味がない。とりあえず、服は乾いた・・・は!【霧よ。我が右手に集え バニッシュ】レナ!我はレナの肌着は見ていない!パンツ、ブラジャーなる物も見ていない!だから早く片付けなさい!」


 「はぁ!?またそんな事?まったく紳士なんだけど面倒臭いおじさんだね。はいはい!片付けたよ!」


 「う、うむ。すまぬ」




 「ハァー。ハァー。疲れた・・・ここら辺の質屋に全部売って来たよ!はいこれ!この中にお金が入ってるから空間ポケット?ってのに入れておいて!」


 「うむ。よくやってくれた。礼を言う。それにしても、くれいぷなる物や鳥の唐揚げなる物など食べ物に溢れている町なのだな。関心する」


 「はいはい。私が走ってる間におじさんは食べてばっかだったってわけね」


 「そう言うでない。これも社会勉強のようなものだ」


 「次はあそこの不動産屋さんに行ってくるから待ってて!間違っても目立つ事しないでよ!」


 「うむ。相分かった」


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 「手続きしてきたけど、色々と必要な物が要るみたい。おじさんって普段はどこに居るの?」


 「うむ。普段は土の中だ」


 「・・・・・・・・・」


 「冗談である!我はあの向こうにある家々が並ぶ所に巣を作った」


 「そっか。なら私はこれから必要な物を取ったりするから後で落ち合わない?携帯の番号・・・おじさん携帯なんて持ってないよね?」


 「その四角い物知りのアレか?持っていない。が、我は念話ができる。レナはできないのか?」


 「はぁ!?念話!?できるわけないじゃん!」


 「そうか。それはすまなかった。この魔石を準備ができたら割ってくれ。転移術でこれが割れた場所に向かう事にする」


 「転移!?そんな事もできるの!?」


 「朝飯前だ。あぁ、忘れていた。これを持って行きなさい」


 「なに?このボロ袋は?」


 「マジックポーチと言ってな。魔力がなくとも物の出し入れができる物だ。まぁ魔法が無ければ手の感覚で探さねばならないが便利だと思う。先のホテルなる場所くらいの空間はある」


 「へぇ〜!そんな物まであるんだ?」


 「寧ろ我はそのような物理的に上限値が決まってる物しか入らない袋やバッグなんぞ役に立たないと思うのだが?大切な物が入りきらないだろう?」


 「いや私はそんな大切な物なんてないから!まっ、ありがと!じゃあ、用意できたらこれ割るからね!」


 「うむ。我は巣に戻っておこう」


 いや、巣に戻る前にアブラムシ先生やアイルーに土産を持って帰ってやろう。日本国の飯は全て美味いからな。こんびに・・・あの摩天楼の中は少し興味があるが、皆が我をジロジロ奇怪な目で見てくるからな。レナに迷惑をかけまいと思い昨日は入らなかったが今は一人。ふくざわゆきち殿も70枚強、控えている。なんとかなるだろう。


 ふむ。何が何やら分からぬ。適当に店の者に任せて買っていくか。

 

 「すまぬ。店員殿よ」


 「はい。どうしましたか?」


 「其方が美味いと思う物を適当に見繕ってほしい。これで足りるか?我の全財産だ」


 「は!?え!?お、お客様!?」


 「うむ。なんだ?足りぬか?」


 「いやいやそういうことではなくて、こんなにも購入するのですか!?」


 うむ。今思うと、何もかも人間の食べ物を与えるのも良くないか。まだ見ぬ、アイルーの子達や他の同胞にも食べさせてやろうかと思ったがやはり、食物連鎖を壊す事は自然環境の破壊へと繋がるからな。人間の物は必要最低限としよう。これは我も気をつけなければならない教訓だ。


 「いや、すまぬ。甘い菓子のような物を2つ程見繕ってほしい。造作をかける。あ、すまぬが、飴玉とやらと、ちよこれいとなる物はあるか?」


 「あ、は、はい!あります!これでよろしいですか!?」


 「うむ。それで良い」


 「え!?消えた!?」


 「消えてなぞいない。内ポケットに仕舞っただけだ。それより会計を」


 「は、はい!(ピッ ピッ ピッ)614円になります!」


 「ふくざわゆきち殿で足りるか?」


 「え!?た、足ります!寧ろ多いくらいです!」


 「そうか。ならば残りは其方が貰っておけ。若いのにこのような自分の商いができるなぞ素晴らしい。さぞかしやり手なのだろう。また来る」


 【転移】


 ポワンッ


 「お、お客さん!?」


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 「うむ。アブラムシ先生!戻りました」


 「おやおや?帰りが早いようだが?もう見つけたのかな?」


 「えぇ。人間の協力者を見つけ、その者が中々話の分かる者で。近々この巣ごと移動するようになります。アブラムシ先生の事は少し会ってみるまで分からないとは言っておりましたが、蜜の一つ、二つ飲んでもらえば先生の良さが分かるというものです」


 「そうかね。分かった。その時は、うんと甘い蜜を練るとしよう。おや?アイルーが戻ってくるようだ」


 やはりさすが先生だ。我の探知より先に気付くのだな。これでこそ先生たる所以だ。いったいどんな同胞の種を貰ったのか。我が立派なファミリーを築かせてやろう。その最初の礎がこの同胞の子だ。石碑も建ててやろう。

 恐らく子種の同胞の雄は既に生き絶えているだろう。安らかに眠れ。次の生に幸あらん事を。

 

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