第24話 沼津
「富士山を右に見てだから……」
おれは竜の背中で、にらめっこだ。
にらめっこは竜とじゃない。相手は地図だ。静岡県の地図。
竜の背中にあぐらをかいて座り、そのあぐらの上に、ぶあつい地図の本を乗せていた。
何度も飛行訓練をしているうちに、なんとなくわかってきた。上空での「見えかた」というのだろうか。遠くの山なみと太陽、これで方向感覚をつかむ。
右の遠くに富士山が見えて、そして左の遠くに見えるのは箱根の山々だろう。
沼津市は海に面している。それは海にむかって飛べばいいので、初心者のドラゴンライダーであるおれとしてはわかりやすい。
待ちあわせの場所は「
いきなりの待ちあわせって、どうなんだろうか。でも魔導ケータイは高すぎて買えないし、こうやって待ちあわせをするしか手がないようにも思う。
書類の輸送とのことなので、おそらく会社員だ。でももし怖い人だったらどうしよう。
『戦イカ』
おれの心に黒竜の声がひびいた。おれの緊張が黒竜に伝わったようだ。
「ちがうんですよ黒竜さん、初めてお客さんに会うので緊張してるだけです」
考えてみたら、郵便配達の人だって、どんな人が住んでいるのかわからない家に届けるわけだ。おれんちに何度もきた郵便局長さんって、えらい。あの小屋は奥多摩のさらに山奥だ。そこに住む人なんて、すごい変人だと思えるにちがいない。
奥多摩郵便局のふたりしかいないホウキ配達員がおれの家に配達したがらないのは、遠いから面倒なのではなく、気味が悪いからじゃないだろうか。
「見えた。あそこです。千本浜海岸!」
上から街をながめると、遠くからでも海水浴場はすぐにわかった。海と陸のさかい目。ごちゃごちゃして見える海岸線のなかで、ひときわ広い砂浜が目を引く。
『速度ヲアゲルゾ』
「うわっ、待ってください!」
おれはあわてて肩にかけたカバンへ地図をしまった。四つんばいになって首まで移動し、
『ユクゾ』
黒竜はそう言うと、翼をばさりと優雅に動かした。それはまるで平泳ぎの上手な人が泳ぐように、ひとかきでびゅん! と加速がついた。
首にしがみついて十分ほどだろうか。「千本浜海岸」に到着した。
黒竜がゆうゆうと着地できるほどに広い砂浜だった。
波打ちぎわに黒竜が着地したもんだから、おれは濡れないように気をつけて砂浜へおりた。
周囲を見まわしてみる。広い砂浜には、だれもいない。子どもやファミリーの人影すらなかった。
「ごくろう、ヤマトくん!」
どこかで聞いた声だと思ったら、陸上自衛隊のフルヤさんだ。
「ヤマトくん、なんだか操竜者というより、寿司職人だな!」
歩きながらフルヤさんが言った。きっとおれの頭のねじりはちまきだ。
「そういうフルヤさんこそ、ゴルフでもしてたんですか」
今日のフルヤさんは自衛隊の軍服を着ていない。ポロシャツにスラックスというかっこうだ。
「たまたま休日でね。私の家はこの近くなんだ」
なるほど、依頼者はフルヤさんだったのか。
「この書類を、東富士演習場へ届けてくれないか」
おれのもとへきたフルヤさんは、大きな封筒を差しだしてきた。
しかし、ちょっと待て。フルヤさんは「たまたま休日」と言った。そして、こんな着地しやすい海水浴場の近くが「たまたま近所」だと?
「フルヤさん、おれの様子を見るために、わざわざ依頼してくれたんですか」
「さすがヤマトくん、お見通しだな」
自衛官らしいたくましい顔をした中年のフルヤさんが笑った。
「さすがじゃないですよ。だれでもわかります!」
でも、初めての仕事だ。ありがたい。
「よろこんで引き受けさせていただきます!」
おれは大きな封筒を受け取り、肩からさげる黒いカバンへと入れた。
「領収書はあるかい? 経費で落とすんでね」
そう言いながらフルヤさんがだしてきたのは、三万円が入っていると思われる白い封筒だ。
「しまった、そういうのまだ持ってないです!」
「そうか。持ちあわせてないかもしれないと思って、新品の領収書はある。開業祝いにペンといっしょに進呈しよう」
フルヤさんはそう言うと、松林にむかって手をふった。迷彩服の人が袋を持ってこちらへ駆けてくる。
おれはフルヤさんの部下から、新品の領収書と万年筆をもらった。
「フルヤさんって、ほんと気がききますね」
「はは、隊長という職業病かな。いろいろな想定をして、準備をしておく。戦場ではなにかが足りないといって買いにはいけないだろう」
なるほどなるほど。
「勉強になります!」
いただいた新品の領収書をひらき、そこに万年筆で「30000」と書いた。
「ヤマトくん、アドバイスをしていいか?」
「もちろんです」
「最初に¥のマークを。最後に横線を。領収書を書くときの決まりだ。あとでもらったほうが数字を勝手に付け足したりできないようにね」
なるほど。そういうルールがあるのか。
「おれ、バカなんで、ほんとに勉強になります!」
最後、事業主のところに「黒竜ヤマトの特急便」と書いた。
切り目にそって領収書をやぶり、フルヤさんにわたそうとした。なぜかフルヤさんがおれの顔をじっとながめている。
「フルヤさん、どうかしました?」
「いや。きみが本当にバカだったなら、うちにきてくれたんだろうがな」
「センパイの自衛隊に、ですか?」
「そう」
「あの黒竜、使いものになりませんよ」
「きみが本当にバカなら、使いものにならないのを隠すはず。自衛隊でも、民間企業でも、竜の乗り手なら高給取りだ。ふつうなら、どうやってでも入りたいはず」
ぎっくぅ。
「や、やだなぁ、センパイ。かぶりすぎですよ」
「ヤマトくん、それを言うなら、買いかぶりだ」
「そ、そう言いましたよ。買いかぶり。買いかぶりです」
「かぶりすぎか」
おれの言葉を引用して、フルヤさんがすこし笑った。
「きみだけじゃなく、あの黒竜も、皮をかぶっているのではないかな」
ぎっくぅ、ぎっくぅ!
フルヤさんが目を細め、波打ちぎわの黒い山、黒竜をながめた。
「すこし印象が変わった気もするが」
「ほかの竜はどうですか。候補者とか!」
ちがう話題をふってみる。おれと黒竜の話はさけたかった。あの黒竜、知れば知るほど、すごい攻撃力だ。すごすぎて、やはり自衛隊や民間会社には入れない。
『遠クニ、マトガアル。ココナラ火ヲ吐イテモヨイカ』
黒竜の声が心にひびいた。マトってなんだ。
海のほうへ目をやると、遠くの水平線に大きな船が見えた。石油タンカーだ。
おれの脳裏へ瞬時に絵がでた。石油タンカーに火の玉が当たり大爆発する絵だ。
「だめ、ぜったいだめ!」
大声で黒竜にむかってさけんだ。
「ヤマトくん、なにがだめなのか」
「あっ、ウンコです。ウンコ。ここにしていいかって聞かれたから」
「竜は
適当にごまかしたけど、フルヤさんはおどろきの顔だ。
これ以上、この人といるとボロがでそうだった。
「いってまいります!」
「そうか。ではたのむ。入口は知っているな。今日の合い言葉は『
自衛隊の秘密基地へ入るための合い言葉だ。松島屋の豆大福か。まえが虎屋の
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