第25話 二度目の演習場
ふたたびだ。
富士山のふもと。
自衛隊の「東富士演習場」に着いた。
そして、おどろいた。おれのほかに竜がいる。
この東富士演習場は一部分に建物があるだけで、ほかはなにもない土地だ。富士山のふもとで、なだらかな傾斜のある土の地面。ところどころ雑草があるだけ。あとは砲弾のマトがちらばって設置してある。
そのなにもない広いだけの土地に、巨大な赤い竜が一匹いた。
赤い竜は立ったまま目をとじている。ぴくりとも動かない。
へたに近づくわけにもいかない。おれと黒竜は赤い竜からは距離を取って着地した。
「黒竜さん、書類をわたしてくるだけですので、待っててくださいよ。ケンカしちゃだめですよ!」
ケンカするのかどうかはわからないけど、この黒竜ならやりかねない。
動かない赤い竜は不気味だったけど、おれは以前にも通った地下への入口へと駆けた。
砲弾のマトの裏だ。実は地面にドアがある。
木板でできた大きなマト。このまえは気づかなかったけど、いま気づいたことがある。マトには三重丸が書かれてあった。そのなかにひとつだけ、二重丸のマトがある。あのうしろが地下への入口だ。
二重丸のマト、そのうしろへまわりこんだ。思わず急ブレーキ。人がいる!
スーツを着た男性がいて、地面にあいた穴にむかって声をかけていた。穴に見えるがドアの小窓だ。
「いいじゃないですか。見せていただくぐらい」
「だめだ。民間人の入所は許可できない!」
「三年ほどまえに入ったじゃないですか。私は操竜者の第一号ですよ」
自衛官とスーツ男の会話が聞こえた。この人があの赤い竜の持ち主か!
「あのう……」
割って入るのも失礼かもしれないが、おれとしては書類をさっさとわたして帰りたい。
「ああ、さきほど、飛んでくる黒竜が見えたよ」
地上の穴を見おろしていたスーツ姿の男がふり返った。
優秀なビジネスマン。そんな印象のメガネをかけたイケメンだった。年齢は三十歳ぐらいだろうか。
「きみが、うわさの十六人目だね」
「おれってうわさになってます?」
日本でたった十六人しかいない操竜者だ。うわさになって当然か。
「初めて、役に立たない竜がでたと」
あっ、そっちのうわさね。
「そうなんっす。てへぺろー」
否定しても意味がない。意味がないっていうか、自衛隊の場所でめったなこと言えない。
「きみからも、おねがいしてくれないか。自衛隊がスーツを開発しているらしいんだ」
スーツというのは、この男性が着ているスーツの意味ではない。きっと操竜者のための「戦闘服」だ。
「竜との感応度が劇的にあがる。そんなうわさなんだ」
男性が言っているのを聞いて気づいた。この人のひたいには傷がない。やっぱりあの「血の契約」というのは、黒竜とおれだけだ。
「まあ、きみにスーツは必要ないと思うが」
あっ、ねじりはちまきのおれを見て言いやがった。
「そうっすね。おれは配達にきただけなんで」
おれは肩からさげている黒いカバンを手でたたいた。
「宅配便が仕事なのか?」
「そうっす!」
「あわれだな。力なき竜を持つというのも」
はいはい。そういうこと言われても、気にしませんよっと。
「さーせん、ちょっとどいてもらって、いいっすか?」
スーツメガネが、地面の小窓からすっと身を引いた。
「さーせん、あざーっす!」
おれは地上の小窓へ近づき、しゃがんで声をかけた。
「フルヤさんからのお届けものです!」
「聞いております。この小窓からどうぞ」
さきほど怒った口調が聞こえていたけど、小窓の自衛官はやさしい人のようだ。
おれはカバンから大きな封筒をだして、小窓へねじこんだ。
「合い言葉はいいんですか」
「
おお、さすがフルヤさんの部下だ。
思えば、おれの小屋には生活品も用意してもらったし、フルヤさんと部下の人たちには世話になりっぱなしだ。
「今度おれ、くることがあれば、ほんとに虎屋の
「それは助かります。この地下には甘いものがなくて。勤務も月ごとの交代ですし」
なるほど。ずっと地下での生活なのか。ほんとにここの自衛官はあんこを欲しているわけだ。
「フルヤ。ああ、陸上自衛隊の」
なんだか好意的ではない口調がうしろから聞こえた。
おれは立ちあがり、メガネスーツへとからだをむけた。
「今日、フルヤさんはいないっすよ。責任者がいないんで、入るのは無理なんじゃないっすかね」
この男があきらめて帰ったほうが、小窓の自衛官も助かると思って言ってみた。
「フルヤ。この私を案内したのも、あの男だった」
なんと!
「どうもフルヤという自衛官とは馬があわない。いや、竜があわないと言うべきか」
うまいこと言ってるつもりだろうけど、うまくはねえぞメガネ。しかし、こいつを案内したのはフルヤさんだったのか。陸、海、空、三つの自衛隊が交代で案内していると聞いてはいた。
「フルヤさんは、いい人っすよ」
「たしか陸上自衛隊は、いまだに竜の乗り手はゼロ。第一号の私を
「はっ。それって、見る目あるってことじゃないっすかね」
「なんだと?」
おおっと。フルヤさんの悪口を言われて、ちょっと口をすべらせてしまった。
「えーと、あなたのことですよ」
ごまかしておこう。
「自衛隊に入らなかったんでしょ。見る目ありますよ。トヨビシですか?」
「ああ。私はトヨビシに所属している」
そんなタイプだなって、見ればわかる。
「とにかく、責任者がいないんで入るのは無理っすよ。まあ、いても無理かもしれませんが」
メガネスーツはしばらく考える顔をして口をひらいた。
「出直すとしよう」
「それがいいっすよ」
メガネスーツが背をむけたので、おれはそっと地面の小窓を見た。
小窓から見える自衛官が、おれにむかって敬礼のポーズをしているのが見えた。おれもさりげなく、敬礼のポーズをして返した。
いいなぁ、フルヤさんの隊。入ればよかったかな。でもそれって、国にあの黒竜をわたすことになる。
おれの親父は、いっつも酒飲みながら政治家の悪口を言っていた。「政治家のポンコツどもめ!」とか言いながら。そんな国にあの黒竜を持たせるわけにもいかない。
「はぁ」
ため息をひとつつき、おれは奥多摩の家へ帰ることにした。
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