短編「音楽家 〜彩陽と緋空 クロスオーバー〜」
今日はいつもと違って飾利の家に泊まることになった。
いつもお手伝いさんが掃除してる綺麗な私の部屋と違って、彼女の家は生活感が溢れていて落ち着く。
これも、それも、飾利が掃除してるんだと思うと彼女の息遣いを感じる。
「お風呂ありがとう。飾利」
お風呂から上がって髪を軽く乾かして部屋に戻ると、飾利はイヤホンを外してこちらを見た。
「1人づつでごめんね、流石に京ちゃんのお風呂と違って2人は狭いから」
「ううん、新鮮でよかった。飾利の後だったのも嬉しいし」
「……意味は聞かないでおくね」
何かを潰したような声色で、呆れを混ぜた言い方をする飾利。
顔には出てないけど、どう思ってるかはなんとなく分かる。
「あっ……そういえば京ちゃんってさ、楽器はやらないの?」
すると飾利はわずかに目を丸くして、何か思い出したように聞いてきた。
「ん? ピアノは小さい頃にやってたことはあるけど、色々あってやめちゃったかな」
お母さんが壊れ始めたあたりで、ピアノは辞めることになった。
お父さんはピアノを弾けないから。
「そうなんだ。ピアノかー」
そう言いながら飾利は外したイヤホンをケースにしまう。
ポンパドールにして、ラフな部屋着の飾利は空間に馴染んでいる。
私の部屋にいるときは全然違って見えるその光景をずっと見ていたくて、立って眺めていた。
彼女はそんな私を見て、不思議そうにしながらも。
「いいなー楽器」
と言って、彼女はバタバタとソファから足を投げ出して、背もたれに首を預けた。
表情はいつものように穏やかに物憂げな雰囲気だけど、唇を僅かながら尖らせている。
「うちは楽器ダメだからなー、京ちゃんのところは?」
「私のマンションは大丈夫だけど、だいたい集合住宅で楽器は難しいよね。というか……何見てたの?」
「ギターの動画。この人すっごい上手なんだよ」
すると飾利はトントンとソファのスペースを叩き、隣に座るよう促した。
「へー……」
ソファの隣に座って、飾利に身体と顔を寄せて画面を覗く。
スマホの中にはエレキギターを弾く人が映っていた。
顔は映っておらず、肩辺りから染めたと思われる真っ赤な髪の毛が垂れている。
華奢で指もほっそりとしている……これは男? 女? どっちだろ。
チラリと映った動画のタイトルは『Claire』とだけ書いてある。
クレア……曲名だろう。
投稿者は……。
「陽沙……?」
ひさ……と読むのだろうか、本名?
動画サイトの人たちって変な名前が多いし、偽名かな。
「うん、最近知ったけどね。この人すっごい上手なの。これは全部オリジナルなんだよ」
そして「ちょっと聞いてみて」とスピーカーで流し出す。
エレキギターを使っているのだから、さぞ派手なロックをするのかと思ったけれど、演奏自体はとても繊細だった。
ギター1本で全部のパートを表現するソロギター。
親指と人差し指と中指でエレキギターを爪弾くと、高音の主旋律と低音の伴奏を同時に鳴らしている。
高音の切ないメロディを低音が包んで、穏やかな雰囲気を湛えた曲想。
「凄い綺麗だけど……珍しいね。飾利がこういうのにハマるなんて」
すると飾利は画面からこちらに顔を向けた。
スマホで流れるギターのメロディのせいか、心なしか楽しそうな表情に見えた。
彼女なりに微笑んでる。
そんな儚げが混じる笑顔を少しこちらに向けると、また画面の中のギター演奏に視線を落とす。
「本当にハマってるんだね」
「うん、こんな風に弾けるのカッコいいなって」
明るく、跳ねるようなメロディが心地良かったものの、胸の奥でその言葉が引っかかった。
「カッコいい……?」
そしてそのつっかえるような胸の内をスッキリさせたかったのか。つい言葉として漏れてしまう。
聞こえたのか分からないが、飾利は動画の曲に夢中になっている。
スマホの中では慌ただしくも的確に、ギターの指板上を指が踊ってる。
音を聞くだけでも上手いのが分かるし、何より遊びが楽しいというような感情が伝わってくる。
「ふーん。ま、まぁピアノと原理は似てるよね」
「京ちゃん、強がってる……?」
「……そんなことないよ」
間が生まれてしまった。
そんなことあったから。
私だって飾利を思えばピアノ演奏の1回や2回普通に出来るはず。
私だって器用だし、それなりに負けない自信はある。
私だって……。
「ピ、ピアノだって似たようなこと出来るし」
「ふーん」
いつも通り顔に出ない飾利は、スンとした表情でその沈黙を回遊してスマホに目を落とした。
「でもさ、本当にカッコよくない? 赤い髪でギターなんてロックって感じするでしょ?」
「まぁそうだね」
でもまぁ、不思議と安心はある。
時たまファン心理と恋心を混同する例はあるけど、飾利はそんなことないはず。
「それにこの人、たぶん女の人なんだよね。私ってさ、カッコいい女の人が好きなのかも」
「……えっ?」
前言撤回。まずいかもしれない。
カッコいい……女の人って……私と被る。
自分で言うのもなんだけど、紗柄京という女子高生は生まれてこの方かっこいいを地で行ってきた。
お母さんがイケメンのお父さんと勘違いするほどなんだから間違いない。
本当に飾利のタイプが「カッコいい女の人」だったらどうしよう。
私から乗り換えられる……? いや流石に……?
妙な不安が黒い塊のように、喉の奥から迫り上がる。
いやまさか、飾利が私以外に目移りするなんてないない。
「意外と近くにいたりしないかなー」
あーやっぱりダメ。
ダメダメダメダメ。
飾利をそんな人に会わせられない。
顔には出てないけど、声色に乗ってるもん。
本当に近くにいたらどうしよう。
そう思うと眉についつい力が入りそうで、必死に抑える。
「ど、どこが良いの? その人」
「……?」
飾利は小首を傾げてこちらを見た。
これ、確認作業だったりするのかな……?
ざわつく胸の奥
ただ顔を見ても読み取れない。
こうやって少しでも不安になると勘繰ってしまって精度が落ちる。
いつも綺麗で整ってるその大好きなはずの顔つきがもどかしい。
「この人の曲、去年までは切ない曲が多かったんだけど、最近やっと楽しそうな曲が投稿されたんだ」
飾利の声色は少し潤っている。
楽しい時、甘いものを食べてる時と同じ種類の声色だ。
「へ、へー……」
私は「興味はないけど、話を合わせてるだけ」と表明するように、わざと苦々しく返事をして見せたけど、飾利は気にせず続ける。
「きっと辛かったことがいっぱいあったのに、今は幸せなんだよ。音楽やる人の感性ってさ、とても素敵だよね」
声色は明るく、しかし顔色を変えることなく、またスマホに目を落とす。
この人のことを話す時、飾利は少し饒舌だ。
……モヤモヤする。あんまり良い気分とは言えない。
私の時は半分呆れ半分で「京ちゃんはいつも意地悪するよね」なんて言うのに。
自分以外の何かを自慢するみたいな口調に、私は足の裏が落ち着かない。
「……そうなんだ」
でもそれは表に出せない。
他の女の話をする時に楽しそうにしないでって言いたいけど、流石の私も子供っぽすぎるというか……。
というか、言うまでもないことだと思うんだけど。
「あぁ……陽沙様……どういう心境の変化なんでしょう」
そうして愛おしそうに画面を見つめた飾利に、喉の奥がざわついた。
えっ、本当に?
様付けで……と焦りが黒々とした感情になって呼吸を浅くした。
飾利の裾を掴む力が少し強くなってしまう。
飾利ってあんまりこういうこと言うタイプじゃないのに……。
目移りしてる……?
「……彼氏でも出来たんじゃない?」
「そうなのかな」
急いでかき消すように腐しても、凪のような飾利の表情は変わらない。
言葉に反応してるのか読み取れなくて、しっかり感情に響いてるのか分かりづらい。
「そうだよ」
「うーん、そうかなー?」
少し声色を上げてるけど、話半分って感じだった。
いつも確認作業をする時は分かりやすく顔色が曇るのにこう言うところは分かんない。
口の中が乾いて、妙に不安が湧き立って怖くなった。
だからもう、強引に話を打ち切ることにした。
「その人に好きな人出来たんだよ。はい残念、飾利は私のものだから。だめ」
隣からグッと抱きしめて、スマホから私に意識を向けさせようとした時、クスッと吹き出すような声が隣から聞こえた。
「京ちゃん、やっぱり妬いてたんだ」
すると、少しイタズラ気味に、飾利は顔をほころばせた。
彼女にしては珍しく、穏やかな表情とは少し違って子供っぽい。
ただ、すぐにその表情の意味がわかった。
「……わざと?」
「様付けとかは、うん」
飾利は少しだけ口角が上がっていた。
私にしか分からないくらいの変化だけど、間違いない。
……やられた。
「京ちゃんは可愛いね。ヤキモチなんて」
「飾利ぃ……」
ふふふっとそよ風のように笑う飾利。
少し不安にさせられた後のこの顔は……やっぱりたまらない。
本物のお母さんみたいで、どうにも甘えたくなる。
「赤い髪にするところだった」
「それはダメだよ。京ちゃんは黒髪の方がかっこいいもん」
そもそも赤い髪は重要じゃないよ。なんて言いながら声に笑みを含ませて言う。
顔に出ないからこその余白が、飾利の感情を引き立たせる。
穏やかで柔らかい空気と、ミステリアスで静かな奥行き。
「他の人を褒めるとこうなるんだね」
「だって私は私のことを好きな飾利が好きだし」
「私が好きじゃなかったら……私のこと好きじゃなくなっちゃうの?」
飾利は小首を傾げて聞いてくる。
私はそれを聞いて、不思議なことに胸の奥に風が吹いた。
彼女の言葉が「もし明日世界が終わるとしたら?」みたいな、突拍子もない例えを聞く時と同じトーンだったから。
それは言外に「京ちゃんを好きじゃないことなんてありえない」と伝えてくれているみたいに、私には感じられた。
「そんなことない……私のことを好きじゃない飾利も好き!」
「ちょっ京ちゃんっ。うちのソファは狭いから」
ベッドに行く前にソファに2人抱き合って倒れた。
安心とか嬉しさとか、いろんなものが綯い交ぜになって湧き上がる。
ふふふって楽しそうに飾利は笑っているのが、無性に堪らなくなって私は彼女の頬にキスをした。
シチュエーション
【通り魔から小学生の女の子を助けたら同居と心中を申し込まれた女子高生の話】
10-4 「Claire」の届いた先
https://kakuyomu.jp/works/16818792440150964179
※おまけ短編はあくまでおまけとして考えてください🙇
両作品本編に影響はないはず……!
感情が顔に出ないミステリアスな彼女をグチャグチャに曇らせたい 鳩見紫音 @Hatomi_shion
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