第9話
翌日からしばらくの間、俺は魔法士ギルドでの勉強に時間を充てた。
冒険者ギルドでのポーションの報酬が思いのほか良かったおかげで、路銀には多少の余裕がある。ロブソンの古い記憶と現代の知識を照らし合わせ、新たな発見に胸を躍らせる日々。それはロブソンの旺盛な好奇心のせいか、飽きることなく続いていた。
金髪ボブの受付嬢は相変わらず調子外れだったが、それも日常の一部になりつつあった。
だいたいの蔵書を読み終えた頃だろうか。いつものように魔法士ギルドへ向かうと、建物はただならぬ騒ぎに包まれていた。大勢の衛兵が建物を包囲し、物々しい空気が漂っている。
(……今日は利用できそうにないな)
踵を返そうとしたその時、建物の中から聞き覚えのある怒鳴り声が響いた。
「ふざけるな! 私は副ギルド長だぞ! 何の権限で私を拘束する! 私はモルティーア伯爵の縁者だ、タダで済むと思うなよ!」
叫び散らしながら、衛兵に引きずられていくあの眼鏡の男。
どうやら、あの独善的な鑑定の裏には、相当な闇が隠れていたらしい。今日は無理だと諦め、俺は冒険者ギルドで薬草を採取し、ポーションを納品して宿へ帰ることにした。
その帰り道だった。
「あー! 魔法使いのおじさんだぁー!」
声のした方を向くと、そこは道端の立ち飲み屋だった。酒を煽っているのは、魔法士ギルドの受付嬢二人。
呼んだのは、あの冷静だったはずの青髪ポニーテール嬢。隣では金髪ボブ嬢がテーブルに突っ伏して肩を震わせている。
正直、近寄りたくはなかったが、バッチリと目が合ってしまった。俺は諦めて彼女たちの輪に加わった。
「……何だ?どうしたんだ」
「私達、無職になりましたー!」
「うえぇ〜ん!」
突然の解雇宣言と号泣に、俺は思わず仰け反った。
「あの副ギルド長の汚職が発覚して、魔法士ギルドは閉鎖。再開は未定なんですって。本部は人手不足で代わりを寄越せないし、ギルド長は元々本部在籍組で他支部に移動 この街で採用された職員は引き取り手が無いから解散ですって……ひどくないですか!?」
「それは……あんまりだな」
「でしょー?今更どうしろって言うのよ!おじさんもそうでしょ?折角登録したのに仕事も・・・あれ?おじさん最初のポーション以降仕事した?」
酔っているせいか、青髪ポニーテール嬢ってこんな感じになるんだ、金髪ボブ嬢はずっとグズってるし。
「ちょっときいてる?」
「……ん? ああ、仕事は冒険者ギルドの方でやってたからな」
いきなり目が座って睨みつけてきた青髪ポニーテール嬢、俺なんか悪いことしたか?。
「……はぁ。おじさん、危機回避能力が高すぎ。私にもポーションが作れたらなぁ」
「え、作れないのか?」
「私、鑑定魔法の適性だけで雇われたようなもんだもん……。」
いや、鑑定魔法があるなら他でも仕事はありそうだが?
「あんな奴の下でも環境は居心地良かったのに、あのやろー!」
うん、それはしらんな。
「ぐすっ……私なんて、顔と元気だけで雇われたんだから、他なんて無理だよぉ……!」
それはそれで、凄いぞ。
「おじさん、私達これからどうしたらいいかな?」
「……なぜ俺に聞く」
「なんだかんだで、今の私達を無視しないで聞いてくれるから。ふふっ」
こう言った場合はどうすりゃいいんだか、だが気持ちは分かるんだよなぁ。
「……何となくでいいなら。青髪の嬢ちゃんは、その鑑定の腕を持って冒険者ギルドへ行ってみろ。金髪の嬢ちゃんは、その愛嬌を武器に商業ギルドに顔を出してみたらどうだ?」
「おじさんが私達を養うっていう選択肢は?」
「…………は?」
この子も俺を揶揄うか!クソッ!
「冗談ですって! ……ごめんなさい、ありがとう。うん、私、頑張ってみます」
「わだじわぁー! リアナと離れたくないよぉー!」
「じゃあ、エルもとりあえず冒険者ギルドに面接に行こう! ほら、立つ!」
あ、青髪はリアナって名前だったんだ、金髪はエルか、まぁ知った所でって感じだな、なんか持ち直した様だから俺は帰るか。
「もう良さそうだな。俺は帰るぞ」
「えー、一緒に飲まないんですか?」
「やめとく。さっさと宿に帰って寝るわ」
背後で上がる「えー!」というブーイングを無視して、俺は『陽だまり亭』へと急いだ。
最近は、この宿の飯が何よりの楽しみなのだ。
今夜のメニューは、ミートパイに野菜スープ、そしてオムレツ。
スパイシーな肉が詰まったパイも絶品だったが、何より驚いたのはオムレツだ。何の卵かは分からないが、とろけるような甘みと濃厚なコクがたまらない。
(……日本にいた頃の俺に、教えてやりたいな)
不透明な明日。けれど、腹が満たされていれば、不思議と何とかなるような気がしてくる。
俺は濃厚なオムレツの余韻に浸りながら、静かに眠りについた。
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