17話 コンコ「裸の付き合い」後編


 △



  

『父さんと母さんがさ、私立の高校は…………あぁ、えと、なんかその……大変、だから、できれば公立の高校に受かれるよう頑張ってほしい、ってさっ。中学の勉強むずかしくてなあ〜〜〜こないだのテスト返ってきたけど、ダメダメだったし。勉強、宿題とかさ、ちゃんとマジメにやろうと思って!』


 

 

『ん? 勉強は楽しいかって? いや〜ぜんぜん楽しくは……むしろ………………んでも、なんかさ、理解できないとこが出てくると……スゲー不安になるんだよ。わからないトコ わからないままにしたせいで……受験、をさ、失敗、するんじゃないかって…………そうなったら、また、 おれ……家族も、また…………っっ、  って、え? ぁいや、うん……。そう、受験な。受験のこと……それ思うとさ、勉強せずには 居られねんだけど。そーやって勉強した結果、わかんなかったトコが わかるよぉなった そん時は…………楽、しい?? いや違うぁな…………安心? あぁそう、安心する、かな。不安が消える、そんな感じ。 ………………んははっ、なんだよ ゆーゆ、そのヘンな顔は?』


 


『ほらほら、わからない所はないか? ん? …………何いってる、当たり前だろ。お前だっていつか退院したら、きっと学校にも通うんだ。勉強はなあ、しとかないと大変だぞ?少し気を抜くとどんどん分からなくなるんだ。だから兄ちゃんが今のうち、学校生活に備えて先に、教えとくって すんぽうさ。フフン。 ……え、この点Pの位置…………? は待っ、いや、ちょ、ちょっと待て。や大丈夫もすこし……少し……ィ…………。 ンッ、よォし!!! …………いったん、明日まで、待って?』


 

 

『ゆ〜ゆ〜〜〜…………いよいよ受験ってワードがマジ近づいてきて不安だよォ おれはああ。公立ってホントに受かるよなあ…………? おれの成績なら大丈夫って、そー言われてはいるけどさぁ〜あ……』


  


『高校でたら後は就職だと思ってたんだけど、父さんも母さんも大学には行けって。もう金の心配なんか、しなくたっていいってさ。  で、だったら……どうせ行くなら国立だ。それも…………高い金かけさせて行かせて貰うなら せめてさ、大学…………1番、いいとこ目指すべきなのかなって。将来とか職業とか まだ全然イメージわかないけどさ、とりあえず最高に頭イイとこ行っておけば、まあ間違いはないんじゃん?ってね。…………んえ、逆に馬鹿っぽいって? いやぁ確かに、我ながら単純にすぎる考えだとも思うけどさ……。 それでも、さ。おれ自身の為にもさ、家族の、為にも……ここで頑張るに 越したことは ないんじゃないかて思うんだ。あと3年、今から本気で頑張ればさぁ、おれにだってさ……意外と いけちゃうかもしれないだろ? ………………無理か?』


  


『ゆうゆ。 ………………明日の、手術。 今回のが成功すれば、とうとう晴れての退院だ。あぁ頑張りのおかげだよ、お前の。ちゃんと、ずっと、お前が今まで頑張ってきたおかげだ。そして父さん母さんも、ずっとずーっと頑張ってる。     …………だから…………おれ、決めたよ。 っ、 兄ちゃんだって、頑張るからな!!!』



 

 △




「───今の兄さんは楽しそうです。大学に通い、バイトもしながら、友達と遊び、彼女を作る……比較的、のんびりとした生活をしています。けれどもそれは、大学に受かり受験を乗り越えた後の話。大学受験を終えるまでの兄さんは、ゲーム等の遊びすら碌に覚えず、父と母が働き詰めで家族の時間さえ無い中で、友人との付き合いよりも 私の見舞いと 勉強ばかりを優先させて。私が退院、した後も。………………自分の力で 少しずつ、愚直なまでに 確実に、呆れるくらいに ひたむきに、ここに至るまでの努力を……積み重ね、続けました。」

「…………………………」


 素敵な話だ。わたしは、そう思ってしまう。

 長く存在して人間の日常を眺めていたわたしが抱く印象としては、みぃ君は……真面目かつ、家族想いな人間として、まっすぐ人生を歩んできた。そういう風に聞こえたから。

 だからこの話を額面通りに受け取るのなら、わたしの反応としては矢張り、馬鹿みたいに感極まりながらに、思いつく限りの称賛の言葉を並べる以外なくなってしまう。

 

 しかし、わたしは今、そうならない。

 そうなることが、できない。のは───、

 

(なんだろう……)

 

 もちろん、無神経に それ をやった結果が……先の通りの失敗だった、彼女の怒りを買うものだった、その反省からくるものであるのも間違いない。ないの、だが。 ……それだけでは なく……。

 話だけ、こうして聞く分には……胸を張って声高に、得意げに、自慢げに、誇らしげに、堂々と語られても よさそうな内容の彼の話を。彼女の兄の……素晴らしい身内の行いを。


(話していて……どこか、つらそう……?)


 それらを並べる、語り手が。見るに表情の変化に乏しく、感情を比較的読み取り辛いはずの彼女の貌からすら、滲み溢れるような苦艱の気配を漂わせているとなると…………こちら側、聞き手としては。

 それを感じた、わたしはどうにも……受け止め方が、わからなくなってしまう。


(この、わからなさ…………。かみあわない、感覚。この、わたしの認識のズレが……たぶん、きっと……? さっき タマちゃんの気に障った……原因………………?)



「結果として、日本いち偏差値の高い大学に……合格できた、その事実を。………………『天才』と。その一言で、片付けられて しまったら……。「生まれつきの才能があって、すごいですね」と 言われたら、言われるのは…………。 兄さんの、そこに至るまで、それまでが。……………………が…………っ!!!!」


 てんさい。

 あの時の引鉄となった、わたしの言葉。不用意だった、発言は……。

 

「蔑ろ、に。 された、みたいで………………私、は。」

 

 『天才』、それは…………。天性のもの、生まれついての優れた能力、それらを持つ人。……そうと言われて、あらためて振り返ると、確かに。……その物言いは努力した者に対して、些か軽薄に感じさせるものかもしれない。


  

 けれど ──────、


 

「…………そっ、か。 ……話してくれて、ありがとね……。何も知らずに、軽率な発言をしてしまって……改めて ごめんなさい。タマちゃんの気持ち わかったよ、わたし。ちゃんと話して、くれたから。ほんとうに、ありがとう……。」


 ───はんぶん、嘘だ。本当は、わたし本当は。満足に納得できたとは……正直なところ、思えて いない。


「こちらこそ……。私は貴女のことを知らないまま、事情もなにも鑑みることなく、強くあたってしまいました。ひどい事を………………多くを誤解、してました。 ごめんなさい、申し訳……ありませんでした。」


 今の所の話を聞いた限りでは、先のわたしの発言はやはり……タマちゃんの激情を、駆り立てるまでに至らしめた原因としては……。

 どうにも弱い、ような気がする。彼女が最初から抱いていた わたしに対する印象が、最悪だったと考慮をしても、なお……それでもだ。

 そもそも わたしの発言は、言われた当の みぃ君を……あの様子を思い出す限り、なんとも普通に単純に、喜ばせていた気がするし───いや、そこは個人の性格に依るものなのかもしれないけど。あの反応の方が特殊で、彼が気にしなさすぎなだけだったのかもしれないけれど───、…………あれは この子を、

 ……こんなにも優しくて思いやりがあって、冷静に物事を反省して話し合うことだってできる子を、ああまで刺激するほどのものだっただろうか?


(この子は…………。)

 

 ここまで踏まえて わたしには…………、“原因”は、わたしの発言にでも  みぃ君の過去にでもなく。

 それは……『タマちゃん自身の中にある』。そんな気がして、ならなかった。

 まだ、わたしに話していない…………もしかすると、みぃ君でさえ知らないかもしれない、根深い何かが彼女の中に。

 …………誇らしいはずの兄の話を、大好きであろう大切であろう兄の話を、喉奥から絞り出すように語ってくれた彼女の様子が。今……わたしに、そう思わせていた。

 ───けれども。


「うんっ。 それじゃあ、これでひとつ わたしたち……仲直り、だねっ! もちろん、ぜんぶ許して貰えたなんて思わないよ。ただ、ここからの わたしをどうか……どうか、よろしくお願いしますのじゃっ!!」


 

 そう今はまだ、これでいい。だいじょうぶ今は、ここでいい。

 進めたことに、感謝する。進めてくれて、ありがとう。

 


「…………はい。それは、こちらこそ。 …………どうぞ よろしく…………お願い します、 さん。」

「!!  ……んへへっ。」


 

 ここまで話をしてくれた。たくさん話をしてくれた。わたしの話、聞いてもくれた。わかり合おうとしてくれた。それを今は、大事なそれを、ちゃんとしっかり噛みしめる。

 ここまでを話すことだって……

 タマちゃんはきっと……うん、そう わたしが思うに きっと。すごく 頑張ってくれたと 思うんだ、そう ────


 

「…………ねぇ、タマちゃん……わたしその、実はそのぉ、もっと、色々聞きたいんダァ……。ミフネ君のこと、あなたの、お兄さんの事っ。おべんきょ頑張ってた話も、それは素敵だったけどおっっ…………なんだろ、例えば……そう!おもしろい話とかっ? ……わたしの知らない みぃ君の何かが、もっと、あったりしないかなって…………えへ……?」

「おもしろい、話ですか……? ふむ、私の知る限りの兄さんに関しては、素敵な話しかありませんが…………そうですね、こんな話はどうでしょう? 母から聞いたものなのですが…………幼い頃の兄は一時期、なぜか階段が登れなくなってしまったそうなんです。」

「かい、だん…………? えっ、階段???」

「ええ。どこにである、ただの普通の。なぜか階段に、近づきたがりもしなくなり…………母が手を引いて、『ホラお母さんと一緒よお、大丈夫よ怖くないねー?』と諭しても、 『やだあああ!!!!緑色のゼリーに飲み固められちゃうのおおおお!!!!!!』 なんて喚いて、泣き出しちゃって…………困り果ててた そうですよ。こほっ……ン、それで、無理やり抱き抱えて行こうとした父の腕に服の上から噛みついたりして、『痛いッ、痛いぞォ……!?オマエそんなに、そんなにか。そんなに、なのか……?? グッッっっ、ミフネ!! ぅ、オオお おおおお オオオオオ……!!!』……と、噛まれた父も……謎に、貰い泣きをし始めてしまったとか……。」

「っっっッっっっ、、、ぅう♡♡♡。 そうそうそれそれ そういうの!!! 何それぇええ、はアアああ……むねーの奥に、ぎゅんとクるっ!!!もおおおおおお どゆことそれは???っっっ……♡♡ コン、コーン!のじゃあ!きゃーーーっっっ!!!」

「意味わからなくて可愛いですよね、フフ。バクレツきゅーと兄さん すき。 ………………なんだか、興が乗ってきました。 更に こういう話もあります、実は──── 」



  

 ───タマちゃんと築く関係だって、わたしにとっての大事だいじのひとつ。

 

 丁寧に、大切に、積み上げていく。

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