16話 コンコ「裸の付き合い」中編
ちゃぽっ。身動ぎに撥ねる水面の音がよく響く。
「でしたら……まずは、貴女の話を聞かせてください。貴女と兄さんの関係を。兄さんを苦しめた、傷つけたという過去の経緯。一体なにがあったのか……。全てちゃんと、教えてください。私にとって……何より先ずは、そこからです。」
「うん。なんだって話すよ、タマちゃんには。 ええと、そうだね……詳しい経緯は本当に、みぃ君にも今日さっき伝えたばかりなんだけど ─────」
説明した。最初の方、ふたりの関係からひとつずつ。
ちなみに、彼と別れてから今日ここに至るまでの経緯は わたしの個人的なものであり、今回の本題とはまた別の話なので 一先ずは省略した。それでも、だいぶ長々と話し続けていたと思う。
「─────っていう、ところのじゃ。なにか気になるところなんかは、あったかな……?」
「……………………成る、程。」
わたしの話に一切の口を挟まず、すべて話し終える最後までタマちゃんは静かに聴いていた。
「………………いつも うなされ、泣いていたんです。」
「えっ……?」
少女が、ぽつりと。 静かに語り始めた。
「幼い頃。私が、私がまだずっと……病床に伏していた頃に。見舞いに来てくれる兄さんの表情に、翳りが見えるようになりました。気になって尋ねても、はぐらかされるばかりで……私の前では強がって、何も、教えてくれません。でも……兄さんが私の病室で、読書をしながらや、勉強をしながら……うたた寝をして しまう時。うっかり眠って しまう時……。 閉じた瞼から涙を流し、うわごとのように呟くんです。…………『どうして。ごめんなさい、コンねーちゃんごめんなさい……』。」
「っっ…………!!!」
「一度や二度じゃ、ありませんでした。兄さんは暇さえあれば、私の所に顔を出してくれていましたから。特に、東京の病院に移ってからは……面会が許可される頻度も上がったので。」
あの頃の様子が再び思い出され、胸が張り裂けそうになる。幼かった彼の気持ちを考えるだけで、叫びだしてしまいそう。
「流れる時が癒してくれたのか それの頻度は少しづつ減り……結局その事情を一切知らないままに、気づけば過去となっていましたが……貴女の名前を聞いて、すぐ思い当たる程度には 憶えていたんです、私。」
「そう、だったんだ……」
「………………ずっと……。」
とぷん……。
痩躯の少女が視線を落とす。ただでさえ窮屈そうに浴槽に座っている体積の少ないその身体が、背中を丸くして更に小さく縮こまった。
「ずっと、ずっと気になってた。私の
タマちゃんの、膝にかかった指先にギュウと強く、ちからが篭る。歯を食いしばるような音も聞こえた。けれどそれは先程の、わたしに対する怒りとは……なにかが違う、ような気がした。
俯きがちに一度、そのまま黙り込んでしまったものの……少しの間そうしてから、 ……ふう、と ひとつ息を吐き、再び顔を上げて話しだす。
「だから私には
「!」
ずっと わたしが気になっていた所に話が移り、思わず身を乗り出してしまう。
ぱしゃり。水面が揺れる。
「…………兄さんは、勉強を頑張っていたんです。」
「勉強……? 勉強って、あの、勉強?」
「義務教育で学ぶ、勉強を。テストで好成績を取るための、勉強を。より良い学校へ進学するための勉強を。それは将来のため、両親…………『家族』、の、ため。 ………………
「!!!」
むかし幼かった彼と交わした、ひとつの会話が脳裏をよぎった。
△
『げーむ……。あの、ぴこぴこだっけ?お父さんお母さんに お願いしてみたら?』
『いーんだ。うち、お金……、っその。なんてゆーか、ワガママいいづらい……から』
△
「お金……」
いりょうひ……確か、お金のことだ。人の、人間の社会にとっては、とてもとても重要なもの。そのくらいのことは、なんとなくなら わかってる。
…………だから。タマちゃんの言いたいことが、その意味してることが、ある程度なら理解、できたと思う。
「兄さんは、頭が悪いわけではないでしょう。しかし それでも、要領が良いとか、物覚えが良いとか、優れた思考ができるとか……そういった、恵まれた才人ではありません。あくまで私の見る限り、本来ならば、ごく普通の。平均より少しだけ得意なことがあったり、少しだけ苦手なことがある、くらいの。 そんな、 普通の ひと でした。」
わたしもそれを聞いて、深く納得できてしまった。小さい頃に接した彼は、お世辞にも賢しらな気配を感じさせる人間であったとは言えなかった。むしろどこか不器用で、単純で、少し抜けたところすらある、無邪気で元気がいっぱいな、ごくごく普通の少年だった。
「ただひとつ、兄さんが普通じゃかったのは。家族のため、目標のため、やりたくもないもののため。どこまでも真面目に……馬鹿正直に、頑張れる。頑張れてしまう……。 そんな、ものすごい人だったというところです。」
懐かしむように軽く目を閉じて、タマちゃんは続ける。
「中学に上がってからも……私へのお見舞いを欠かさなかった兄さんが、その手に必ず勉強道具を持参するようになったのは そこから 直ぐのことでした───」
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