第56話 均衡の砂時計
「この“砂時計”が、世界の均衡を測っている。……それが、我ら《監理者》の最後の役目だ」
薄暗い神殿の奥で、ゼクリアは静かに呟いた。
その足元には、巨大な宙に浮かぶ水晶の砂時計。
金色の粒が一滴ずつ、時の狭間を落ちていくたびに、どこかで“世界の揺らぎ”が記録されていた。
「イア=ノール……君の存在が、“静寂”を破ろうとしている」
かつて神に並び、世界の均衡を管理していた旧守護者たち――
彼らは今、静かに復活しつつあった。
その頃、貴族学園では表面上の平穏が続いていた。
中庭には花が咲き誇り、生徒たちの笑い声が響いている。
「……イア、また“お茶会”に誘われてたよ。断ってたけどいいの?」
ロゼがそう声をかけると、イアは紅茶をくるくると回して答えた。
「うん、別に。今は静かに“この世界”を感じたいだけだから」
「……ふふ、ほんと不思議。あんたって、まるで“この世界を外から見てる”みたい」
イアは何も言わず、空を見上げた。
――もうすぐ、“動く”。
その夜。学園の外れにある“古文書室”。
封印された扉が、音もなく開いた。
現れたのは、ゼクリア。そして、彼の背後に立つ影たち。
「……予定よりも早いが、“第一の鍵”が揃った。次は、神域“記録界層”へアクセスする」
その瞬間――
〈システムエラー:監理ログに“例外存在”が干渉中〉
室内の結界が振動し、空間が歪む。
「来たか……君が、“例外”として選ばれた意味が、今わかる気がするよ」
学園寮の屋上に立つイア。
風が、彼女の長い銀髪を揺らす。
「目覚めるのね、旧世界の理(ことわり)……でも、私はただ、“在る”だけ」
その目が、遠く“記録界層”を見据えていた。
そこは、世界のあらゆる知識と出来事が記される“存在情報領域”。
――神ですら、そこを書き換えることはできない。
ただ一人、“世界そのもの”であるイアだけが、そこへ介入することが許されていた。
「……止めないと。これ以上、“書き換え”が進めば、この世界が歪む」
イアは、静かに跳躍した。
空間を裂くように、身体が白光に包まれ、記録界層へと転移していく。
――記録界層。そこは時空を超えた“概念の図書館”。
巨大な書架が無限に並び、数千億の記録文書が浮遊していた。
ゼクリアは最奥の扉に手をかける。
「“世界の根源”の座標を取得。……あとは封じるだけだ」
だがその瞬間、白い光が降り注いだ。
「そこまで」
その声に振り向いたゼクリアは、淡く光るイアの姿を見た。
彼女の瞳は、既に“この世界の言語”を超えたものに染まっていた。
「君は、何をしようとしている……?」
「世界を書き換えることは許されない。私は、それを止めに来た」
イアは静かに、書架のひとつへ手を伸ばす。
その手が触れた瞬間――
“記録”が世界中へ伝播し、すべての構造が“再定義”されていく。
「ゼクリア、あなたは優しすぎた。だから、“神々”の道具として利用されようとしている」
「……それでも、私は正す。“異常存在”がいかに尊くとも、世界を歪めるならば」
次の瞬間、ゼクリアの背後に浮かぶ光輪が、強烈な魔力を放つ。
だがイアは、それすらも静かに見つめていた。
「この世界は、私のものじゃない。でも、私が“愛した”場所」
彼女が掲げた指先が、空間の座標を書き換える。
「――《世界優先構造:順位第一位》
世界の定義者=イア・ノールに切り替え。
すべての干渉を、“静止”せよ」
ゼクリアの身体が凍りついたように止まる。
時間すら、息を潜めた。
そして、イアはそっと記録界層の扉を閉じた。
「……まだ早い。神々が本気で動き出すのは、この先」
彼女は振り返りもせず、再び静かな学園へと戻っていく。
世界は――まだ、彼女を知らない。
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