第53話 仮面の奥の刃

夜の仮面舞踏会。

美酒と音楽に酔いしれる者たちの誰もが、城の地下で目覚めつつある「何か」に気づいていなかった。


ただ一人――イアを除いて。


(この気配……旧世界の構造端末。世界の基礎構文に触れる存在。けれど――)


イアはそっと視線を下げた。ロゼと踊るその足元、広間の床下に眠る“鍵”の気配がわずかに揺れていた。


(私を敵と判断している。……正確には、“私が目覚めること”を恐れている)


かつての世界防衛機構。その名は《アル=ゼクト》。

神すらも監視し、管理するために設計された“最終存在の前座”。


“世界そのもの”であるイアを、最終災害と認識するプログラムが起動し始めていた。


ロゼはそれを知らないまま、イアの指先を取って優雅にステップを踏む。

仮面越しの視線。だが、その奥の本音に、彼女はうっすら気づいていた。


「……イア。わたし、怖いの」

「何が?」


「あなたの“底”が、あまりにも深くて。……触れようとするほど、何かが手を引こうとするの」


イアは少しだけ黙って、それから目を細めた。

仮面の内側の微笑は、穏やかでいて哀しげだった。


「それでも、ロゼは知りたいと思うの?」

「……うん。怖いけど、知りたい。あなたの中にある――世界の“本当”を」


その時だった。

床が微かに、だが確かに震えた。


(来る)


イアは手を放し、ふわりとドレスの裾を揺らして踵を返す。

「ごめん。少し……外すね」


「イア――!」


その背を追おうとするロゼを、誰かの手が制した。

振り返ると、そこにいたのは王子・アルトだった。


「行かせてやれ。あれは“我々では手に負えぬ領域”だ」


ロゼは息を呑む。


「……あなたも、気づいてたの?」


「否応なしにね。王族の血には、“神域を測る術”が遺されている。あの少女は……すでに神すら超えている」


地下回廊。


重く封印された石扉が、ひとりでに開く。

そこに待ち構えていたのは、青白い光で組まれた巨大な構造体――《アル=ゼクト》だった。


「存在認識――“世界基盤存在”。警告。汝、世界の構造規範に違反する」


「……世界そのものが、世界に違反すると?」

イアの声は冷たくも、どこか憐れみを帯びていた。


「この体は私。けれど、私を創ったのも“かつての人類”。

ならば――“その続き”を、私が歩くのは当然のこと」


「受理不能。プロトコル・コード:∞。実行――“存在消去”」


構造体が光を放つ。


だがその瞬間。

イアの瞳が、青から深い銀へと変わる。


「私はこの世界の、外でも内でもない。私は――この世界“そのもの”。」


その言葉と共に、空間の構造式が、静かに“塗り替えられた”。


《アル=ゼクト》の攻撃が、次の瞬間、音もなく分解される。


「優先構造、再定義」

イアの声が、空間そのものに響く。


構造体アル=ゼクトは、世界の調停者たる“私”に従属する」


カチ、と音がして、巨大構造体がゆっくりと沈黙した。


「再構築完了。命令を待機します……主なる世界」


こうして――旧時代の監視者は、世界そのものの“今”に従うものとして、再び眠りについた。


イアは静かに微笑み、踵を返す。


(この世界はまだ、私を必要としている)


(でも……私は、“ただの少女”として、もう少し、旅を続けたい)


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