第51話 神代の遺構

王都地下、封印された空間。

かつて神代の技術が集約されたと言われる研究中枢に、イアは静かに足を踏み入れた。


天井には無数の浮遊符が刻まれ、壁面には古代語で記されたコードの列。

だがそれらは、今となっては誰にも読めない――はずだった。


「――『旧観測炉、起動状態確認。構成情報、世界コードとの競合を検知』」


イアが呟くと同時に、空間が反応する。

それは封印を破る合図だった。


「私を敵として認識しているなら、今ここで沈める」


イアは、冷静だった。

世界の“主”である彼女にとって、旧世界のシステムなど、ただの残響に過ぎない。


だが、次の瞬間――


《アカシックユニット:解放コード一致。対象“イア”を構成外存在と認定。削除開始》


天井が崩れ落ち、巨大な金属の塊が姿を現す。

四本の腕を持ち、頭部には神代の印章。旧世界を守る最終防衛兵器――“アヴェル=レクス”。


「なるほど。守護者がまだ残っていたんだね」


その瞬間、構造空間が反転する。

イアは浮遊し、無数の攻撃魔法と演算衝突波が彼女を狙う。

だが――


「遅いよ」


イアが手を伸ばす。

ただそれだけで、空間が反転し、敵の魔法演算が“存在しなかったこと”に書き換えられる。


《致命的エラー:対象の権限が――上位認定不能……!?》


アヴェル=レクスが震える。

だが、止まらない。最終防衛機構として、プログラムは死の命令を遂行し続ける。


「……もう、眠っていいんだよ」


イアの足元に、光の輪が広がる。

それは世界の“優先構造”を書き換える魔法陣。


「あなたは、もう必要ない存在。

 この世界には、破壊の論理じゃなくて、調和の仕組みがあるから」


その言葉と同時に、イアの背後に“星図”が浮かび上がる。

それは、かつて神々が持っていた“絶対座標”を超える、世界の意思そのもの。


――《優先構造、書き換え開始》


数秒の沈黙の後、アヴェル=レクスは崩れ落ちるように沈黙した。

その身体は、まるで役目を終えたように、粒子となって霧散していく。


イアは静かに目を閉じる。


「ありがとう。……ずっと、ここで一人だったんだね」


その言葉に応えるかのように、天井の封印文字が淡く輝き、研究所の中心部が開く。

そこにあったのは、一冊の本――“始原の調律書”。


「これは……この世界を記す原初のテキスト?」


イアはそれを手に取り、そっと抱えた。

この本には、世界を“書き換える”ための根本構文が眠っている。

つまり、あらゆる“可能性の扉”を開く鍵だ。


その夜、学園の天文塔。

イアは星空を見上げていた。


ロゼがやってきて、隣に立つ。


「今日、少し空間が揺れた気がしたの。……あなた、何をしてきたの?」


「少しだけ、古いものと話をしてきただけだよ。もう、眠ってくれた」


ロゼは目を細める。

だが、深くは問わない。ただ、そっと言う。


「――あなたはね、“怖いほど美しい”」


イアは笑った。

それは、世界を背負いながらも、ほんの一瞬だけ人間の少女に戻ったような、優しい笑顔だった。

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