第50話 調停
仮面舞踏会の翌日。
校舎の窓からはやわらかな春の光が差し込み、生徒たちはいつも通りの授業に戻っていた。
「……うん、こうして普通に授業を受けてるだけで、少し不思議な気分になるね」
イアはそう呟きながら、教室の窓際に座っていた。
今日の授業は《元素と構造の応用魔術》。だが内容は、イアにとっては簡単すぎる。
隣の席では、ロゼが難しそうな顔でノートに何やらメモをしている。
ふと、彼女がイアの方を見て、こっそりささやいた。
「ねえ、昨日の舞踏会……あれ、イアでしょ?」
イアは一瞬だけ固まった。だがすぐ、いたずらっぽく笑う。
「なにそれ。あの人、すごくきれいだったよね」
「……やっぱりそうだ。目が同じだったもの」
ロゼの観察眼は鋭い。しかも、イアに対して何かを探るような雰囲気がある。
――でも、彼女は問わない。ただ、静かに観測するだけ。
(たぶん……ロゼは、もう半分くらい気づいてる。私が“ただの生徒”じゃないってことに)
そんな思いを胸に抱えつつ、イアは授業に視線を戻す。
放課後、イアは校舎の裏手、研究棟の資料室へ向かっていた。
目的は、学園の旧記録――とくに“裂け目”の発生履歴についての再確認だった。
鍵付きの棚を魔術コードで解錠し、重い書物を数冊、机の上に並べる。
だが、その時だった。
――キィィィィィン。
空間が一瞬、歪んだ。
いや、彼女だけが“そう感じた”。
「……また、来たね」
誰にも聞こえない“世界の振動”。
それは、イアにしかわからない“異変の前触れ”だった。
古文書のページが一枚、風もないのにふわりとめくれた。
そこに記されていたのは、古代王都の地下に眠る“神代の研究施設”――
かつて、神々に連なる者たちが使役していた「空間干渉炉」の名だった。
「神代の研究所……あそこが、今また動き出そうとしてる?」
イアの瞳が、ほんのり金色に光る。
これは、“調停者”としての本能。
翌日。
イアは早朝から、学園の指定防具と簡易装備を身に着けていた。
「調査任務、急ぎの依頼。引率はつかない特別指令。……まるで、私に向けたみたい」
王都の地下――王城跡地の下に眠る“封印区域”。
通常の生徒では立ち入れない。だが、イアの生徒ランクなら通行が許可されていた。
ロゼが心配そうに声をかけてきた。
「……一人で行くの?」
「うん。たぶん、他の人を連れていっても、意味がないから」
イアはそう言い、柔らかく笑った。
その瞳には、もう「決意」しかなかった。
王都地下。
地図にも載っていない、かつての“神域”。
崩れた石壁、歪んだ金属の残骸、そして――
空間に揺れる“裂け目”の亀裂が、静かにそこにあった。
「また、世界が自壊を始める前に、私が調停する」
イアの指先から、淡く輝く光が現れる。
“世界構造優先権”――彼女だけが持つ、“書き換え”の力。
「――この裂け目は、神の時代の負債。じゃあ、今の世界に合わせて整えてあげればいい」
彼女は、詠唱すら必要とせず、ただ“在る”というだけで世界の構造に干渉する。
裂け目が、静かに収束していく。
その頃、学園ではロゼが一人、図書館で旧神話の記録を読みふけっていた。
「“世界の意志が、人の形をして歩き出した”……この一節、やっぱり――イア。あなたのことだよね?」
彼女の中でも、すでに気づきが始まっていた。
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