第49話 仮面舞踏会
夜。
学園の北館に設けられた舞踏ホールは、まるで異世界のような光で満たされていた。
天井の水晶灯が空を模し、宙に浮かぶ蝶型の光球が幻想の調べを奏でている。
生徒たちはそれぞれ、仮面と礼装を纏い、“名前”と“素性”を伏せたまま踊り、語らい、駆け引きをする。
それは名家同士の駆け引きの場であり、次代の主権者を選ぶ、影の舞台だった。
イアは黒銀の仮面をつけ、白を基調としたドレスに身を包んでいた。
静かに、しかし周囲からひときわ目を引くその姿。
彼女がひとたび歩けば、空気がすっと澄む。
「……まるで、女神のようだな」
低い声が、背後から聞こえた。
振り向いた先、仮面の青年が立っていた。
銀のマスク、黒い燕尾服。
どこか、王族のそれを思わせる威厳を漂わせていた。
「こんばんは。お誘い?」
「いささか、図々しかったかな?」
青年は手を差し出し、イアはそれを受ける。
舞踏の調べが変わり、二人は静かにステップを踏み始めた。
「君は……この世界に属していない者だな?」
唐突な言葉に、イアのまつ毛がふるえた。
だが笑みは崩さず、問い返す。
「“君こそ”、仮面の下に誰を隠してるの?」
青年は答えなかった。
だが、イアの耳元でささやく。
「……私は、すでに滅びた“第五王国”の王子だった。君の力で消された者の一人、かもしれない」
イアの足が一瞬止まった。
青年は続ける。
「世界の断裂が始まったのは、君が動いた時からだ。
“調和の皮をかぶった破壊”――それが君ではないのか?」
それは、告発のようであり、問いかけでもあった。
だがイアは、ただ目を伏せ、囁くように答える。
「……私は壊したいわけじゃない。ただ、“知らないこと”を知りたいの。
すべてを見てきたこの世界自身として、わたしは、わたしの歩いた先を確認したいだけ」
青年の目が一瞬だけ揺れた。
そして、深く息を吐く。
「ならば、止めはしない。ただし――その行く先が滅びならば、俺が剣を取る日が来る」
イアはかすかに笑い、彼の手を離した。
「そのときは、私が世界ごと受け止めてあげる。王子様」
舞踏のあと――
イアは静かな廊下を歩いていた。
月の光が差し込む石畳の上、彼女の影が長く伸びる。
背後に気配が現れた。
「踊ってくれてありがとう、“世界の主”」
振り返ると、そこには誰もいなかった。
ただ、仮面だけが床に残されていた。
イアはそれを拾い、そっと胸元にしまった。
「……見逃してくれたんだね。あなたも、世界の一部だったから」
優しくつぶやくと、彼女は再び歩き出した。
“すべての存在が眠る世界”を背に、彼女はひとつ、またひとつ、歩を進める。
仮面の下に秘めたのは、誰よりも深い優しさ。
そして、世界すら測れぬほどの、力。
その少女――イアの旅は、まだ終わらない。
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