第48話 仮面の下、静かなる脅威
「イアさん、仮面舞踏会、行きますよね?」
そう声をかけてきたのは、ロゼだった。
昼休みの中庭、春の風に揺れる桜の下。
イアは本を閉じ、にこりと微笑んだ。
「うん、誘われちゃったし。行かない理由もないかな」
「え……!?だ、誰に誘われたんですか!?」
思わず詰め寄るロゼに、イアは小さく肩をすくめた。
「……学園長代理から。“空席が出たから出てもらえるか”って」
ロゼは目を瞬かせた。
仮面舞踏会。それは学園でも限られた上位層――貴族や各国の後継者たちが集う夜の式典だ。
そして同時に、それぞれが“正体を隠したまま”情報を交わす、ある種の政治的な駆け引きの場でもある。
「……やっぱり、あなた……ただの転入生じゃないですよね」
ロゼの声には、少しの疑念と、少しの希望が混ざっていた。
イアは少し目を細めた。
「わたしは“ただの旅人”だよ。ただ、この世界の風景が好きで……今はここで学びたいだけ」
その言葉に嘘はなかった。
彼女――世界そのものであるイアは、あくまで“この世界を見て、理解する”ために存在していた。
だがその穏やかな時間を、遠くから見つめる“視線”があった。
――神界・幽識の殿
「やはり、あれは“創造核の断片”……いや、“本体”そのものかもしれぬな」
青白い炎のような姿をした存在が、薄闇の神殿に揺れていた。
かつて世界の運行に深く関わっていた神々の一柱、《記録の神》ファルノア。
その視線の先にあったのは、無数の“未来枝”が束ねられた因果図。
そこに、明らかに異質な干渉波があった。
“全てを無視し、ただ自らを優先する存在”。
「……危険すぎる」
ファルノアの下に、別の神が姿を現す。
“理の秩序”を担う上位神、バルケス。
「調停の意志ではなく、ただ“旅をしたい”という理由で現界している……が」
「その力は、下手な主神すら凌駕する。異例の存在だ」
「抹消するか?」
「否。今はまだ動く時ではない」
ファルノアは手をかざし、学園のイアの姿を映し出す。
仮面を手に取る彼女の姿は、無垢な少女のようでもあり、すべてを見透かす支配者のようでもあった。
「……仮面の下にあるもの。それが本当に“世界”ならば、我々では届かぬ」
「だが、観察は続けよう」
夜――
イアの部屋の窓辺に立つ少女の影。
仮面舞踏会に備え、黒と白のドレスが用意されていた。
(仮面の下で、誰が何を求めるのか……)
それを知ることは、イアにとっては“世界の変動点”を探ることに等しい。
“この世界に何が起きているのか”。
“なぜ今、この時代に裂け目が生じたのか”。
――すべての始まりは、彼女自身に通じていた。
「いいよ。仮面をつけた世界で、少しだけ“遊ぼう”か」
少女は仮面を手に取り、そっと目元に添えた。
黒曜のような仮面の奥に、星の輝きのような瞳が宿る。
その瞬間、遠く離れた神殿に再び警報が走る。
『構造優先権が、再び変動。観測不能な領域に到達』
『世界秩序、揺らぎを検知。対象:旅する“本質”』
それでも、イアはただ微笑むだけだった。
まるで“この世界”が、すべてを理解してなお、すべてを受け入れているかのように。
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