第46話 異変

「また、変な顔してるね」


声をかけてきたのは、ロゼだった。彼女は腰に手を当てて、じっとイアの顔を覗き込んでくる。


「ねえ、イア。あなたって、やっぱり普通じゃないよね」


「……なんの話?」


「その返しが“普通じゃない”って言ってるの」


ロゼは、ため息交じりにイスに座ると、机の上に自分のノートを広げた。その筆跡は整っていて、分析的だった。


「わたしさ、仮面舞踏会のときから、あなたが“ただ者じゃない”ってずっと思ってたの。戦闘スタイルも、気配の消し方も、何より……魔力の“質”が、人間離れしてる」


「……ロゼ」


「別に責めてない。むしろ、興味があるの」


ロゼの瞳は、獣のように研ぎ澄まされていた。貴族の出でありながら、彼女は“観察者”の気質を強く持っていた。


「私たちは、みんな何かを隠してる。でもあなたのそれは、ちょっと……規模が違う。“人間であることを、演じてる”みたいな空気がある」


イアは何も否定せず、ただ目を細めた。


「……ロゼ。あなたも気づいてる?」


「気づいてる、というか、感じてる。“この学園の空気”が、ほんの少しだけ……歪み始めてる」


それは事実だった。最近、講義中や寮の中で、時間の感覚が曖昧になる瞬間があった。記憶が数秒だけ欠落したり、教室内に“知らない生徒”が一瞬だけ混じっていたような違和感。


さらに、魔力量の微細な“重複”――まるで、同じ存在が、同じ空間に二重に存在しているような不安定な魔素の揺らぎが、学園の一部で観測され始めていた。


「これは……裂け目、に似てる。けど、もっと内側の……“書き換えられた”気配」


イアは静かに立ち上がり、視線を廊下の向こうへ送った。


その奥には、古く閉ざされた“旧実験棟”がある。かつて、封印研究や深層記憶の実験が行われていた、忌まわしい過去を持つ区域。


(もしここで“優先構造”が崩れているなら……誰かが、“世界の秩序”に手を伸ばそうとしてる)


そして、イアの胸の奥で、《魂核》が微かに共鳴した。


――気づいて。わたしはここにいる。世界は、いま、あなたの名を求めている。


「ロゼ。ごめん、あとで話そう」


「行くんだね。……わかった。でも、無茶しないで。私は、あなたの“味方”だよ」


イアは微笑み、静かに頷くと、廊下を抜け、旧実験棟へと向かっていった。


その足取りは、誰よりも静かで、そして――世界そのもののように、揺るぎなかった。

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