第45話 静かな波紋

朝の陽光が差し込む中庭。風に揺れる花の香りが、穏やかな学園生活を彩っていた。イアは図書館の窓際の席に腰掛け、読みかけの本に視線を落とす。


……表面上は、何も問題はなかった。


誰もがそれぞれの日常を送り、授業を受け、友人と笑い、未来のことを語っている。ただ、イアにはわかる。この学園には、何かしら“亀裂”が走りつつあった。


「最近、妙なうわさが多いな」

隣に座ったのはロゼ。彼女は視線を本に落としつつ、低く呟いた。


「隣のクラスの子が急に転校した、とか。学園長の執務室に護衛付きで呼び出された生徒がいる、とか」


イアは軽く頷いた。だが彼女の思考は、すでに数手先を読んでいた。こうした小さな異変は、やがて大きな騒動へとつながる芽である。


“世界”であるイアにとって、この学園という小さな箱庭に生じた波紋は、まるで自分の中の動悸のように響いていた。


「私は、まだ何も知らない。けれど……この空気は、懐かしい」


自分が世界そのものであるという事実は、記憶として戻っている。


授業の終わり、イアは教室から一歩遅れて出た。廊下に残っていたのは、校内でも特に優秀とされる上級生たち。その視線が一瞬、彼女を射抜いた。


(私を知っている……? いや、警戒か)


イアは何も言わず、そのまま視線を外す。そして、自分を偽るように微笑みながら廊下を去った。


その夜。

学生寮のテラスでロゼと語らう時間が、唯一イアにとって素になれる瞬間だった。


「ロゼ。君は、何か感じてる?」

「うん。……この学園、“透明な線”が引かれてる気がする。誰かが意図的に、何かを隔てようとしてる」


ロゼの勘は鋭い。彼女もまた、何かに気づいているのだ。だがイアは、それを口に出すことはしない。


「私たちは、見ていればいい。いまは、まだ」


それは、力でねじ伏せるのではなく。観察し、記憶し、必要なときに動くというイアの“世界としての選択”だった。


だが。


その静寂は、長くは続かない。

学園という小さな世界に、歪みが広がっていく

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