第44話 調停者と旧神――世界の根底、揺らぐ刻

空が砕ける。

世界法則の“門”が開かれ、上位存在タル=ノヴァが降臨した。


その姿は白金の鎧に包まれた巨人。

その眼は、計測と抹消を告げる天秤のように冷たい。


「我は守護者。秩序に歪みを許さぬ。貴様は、存在してはならぬ」


それは宣告。問答無用の排除命令。


だが、イアは一歩も引かない。


「そう。でもわたしは、もうここにいる。

この世界を歩いて、感じて、好きになった」


タル=ノヴァが天を指す。

即時因果解体――上位構造の破壊が始まる。


世界が、二重に“重なる”。

イアがいる場所が、裂ける。時間すら歪み、観測が不能になる。


けれどその中心で――

イアはただ、静かに目を閉じる。


「“力”で対抗するんじゃない。わたしは、“構造”を書き換える」


イアの足元に浮かび上がる、虹の輪。

それは“世界そのもの”にのみ許された、最上位の干渉権限。


彼女が口にした言葉は、古の“創文”――


「――優先構造、上書き開始」


瞬間、空気が反転する。

天と地の座標が反転し、概念同士の力の順位が塗り替えられていく。


タル=ノヴァの身体が、わずかに“軋んだ”。


「……っ、これは……!? 貴様、“原初構造階層”に干渉しているのか……!」


「ううん。“私”が、“私の中の世界”に、在り方を問うてるだけ」


イアの声が、重なって響く。

現実に存在しながら、世界そのものの“中心”にアクセスしている彼女にしかできないこと。


タル=ノヴァが剣を振るう。概念殺しの剣――すべてを否定するはずの一撃。


だが、届かない。


いや、届かなくされた。


「世界が、わたしを《敵》だと定義してないから」


――再定義:対象イア=世界基軸構造における中心因子。

――対話優先順位、最高位。対抗行動、無効化。


イアは両手を広げる。


「タル=ノヴァ。あなたは、“守ろうとした”。でも、わたしは――“歩きたい”の」


その言葉が、世界の構造を書き換える。


次の瞬間、空が静かに閉じ、タル=ノヴァの存在は光の粒子となって、宙に漂った。


彼の鎧は砕けず、ただ“凍結”された。


「……守るべき世界が、お前を許容しているというのか」

「うん。だって、わたしはこの世界“そのもの”だもん」


残された守護者は、光の繭へと包まれ、眠りについた。

敵ではない。対話の結果、“理解”の中に置かれたから。


空が晴れ、日が差した。

誰もその戦いを見ていない。けれど、世界は少しだけ“安定”した。


イアは何も語らず、ただ一輪の花を拾って、胸元にしまった。


(もう少しだけ、この世界を歩いてみよう。わたしの足で)

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