第43話 眠りし旧神、目覚めの代償

月が欠けゆく深夜。

遥か彼方、かつて神域と呼ばれた地の地下にて、“それ”は目を開けた。


――《タル=ノヴァ》、旧世界の守護神。


契約の忘却と共に封印された存在。

だが、数日前に観測された“因果圧”の逸脱。

そして、図書館の禁書より放たれた“情報の解凍”が、彼の眠りを破った。


彼の視界に浮かぶのは、膨大な情報の渦。


【対象存在:イア】

特異性レベル:超越

分類:不明(想定外神格)

影響範囲:全領域構造

予測結果:世界因果の“上位”に存在】


「……存在してはならぬ者だ。

我は“世界の枠組み”を守護せし存在。

世界そのものが、自らを動かすなど――矛盾に等しい」


地下神殿の空気が軋む。

彼の手が動くだけで、何千もの“座標”が振動する。


「《抹消》するしかない。再び神域が崩れる前に」


目覚めた旧神は静かに姿を消し、世界の観測点へとその意思を散らしていった。


その頃、イアはギルドの裏庭で、小さな花を見つめていた。


その花は、舞踏会の日にロゼが彼女に手渡したもの――

今では、イアの部屋の鉢植えで静かに咲いている。


イアはその花に向かって、そっと問いかける。


「ねぇ、あなたは知ってる? わたしが、なにものなのか」


風が吹き抜けた。花は揺れた。

だけど答えは、やはり返ってこない。


それでもイアは、笑う。


「……大丈夫。わたしはわたし。“この世界が、好き”ってことだけは――本物だから」


その瞬間、空間の奥深くが震えた。

誰にも感知されない、“構造そのもの”が軋む感覚。


イアは静かに目を伏せ、立ち上がった。


(……来るね。世界を守ろうとする、別の意思が)


でも、構わない。


調停とは、“潰す”ことではない。

“選ばせる”ことだ。


「壊す必要なんて、ない。――ただ、理解してもらうだけ」


そう微笑んだその時――

空が裂けた。


真昼のように眩しい神光。

ただの一閃で、王都の外れの森が数キロ単位で消失する。


そして、そこに降り立ったのは――


「“世界そのもの”よ。汝は自我を得た時点で、“歪み”と化した」

「旧世界の守護者、タル=ノヴァ……」


イアは静かにその名を呟く。


そう、彼は“かつてイアの世界を守った存在”。

だが、今は“イアを敵と認識している”。


「なら、調停する。わたしのやり方で」

「全てを抱いて、終わらせよう」

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