第40話 日常

貴族学園の朝は、ちょっとだけ騒がしい。


慣れた足取りで台所に入ると、イアはパンをトーストしていた。けれど、その背中はなんとも言えない“居心地の良さ”をまとっている。


「ありがとう、グレア。今日もきっと、いい日になるよ」


その笑顔は、誰がどう見ても「ただの良い子」だった。

世界の核心なんて、誰も思いはしない。


食堂では、いくつかのグループが談笑していた。


「イアちゃん、あの魔法理論のレポート、また満点だって!」


「えっ、本当に? すご……でも、イアちゃんって地味に強すぎじゃない? あの《模擬試合》の記録、まだ破られてないし……」


「え? あれはたまたまじゃ……」


笑いながらイアはかわす。――本気を出していないのは、もちろん誰にも言わない。


けれど、ほんの少しずつ。

“世界がイアを中心に回りはじめている”ことを、敏感な者たちは感じ始めていた。


 


放課後、図書館では。


「ねえイア、最近ちょっと顔つきが変わった気がする」


そう言ったのは、ゼノだった。


「昔よりずっと――こう、静かに強くなったっていうか。まるで、風の中で根を張った木みたいな」


「そう……かな」


イアは小さく笑った。その微笑みに、ほんの一瞬だけ“神秘の波動”が重なる。


――そして、ゼノは気づいていない。

彼の中に眠る“もう一つの核”が、イアの接近で目覚めかけていることを。


 


その夜、グレアとイアは寮の屋上で星を見ていた。


「ねえ、イア。あたしたち、いつまでこうやって普通でいられるのかな」


「……グレアは“普通”でいたい?」


「……んー、難しいね。でも、イアといるこの時間は……特別で、でもすごく普通で、好き」


その言葉に、イアはそっと手を握る。


「なら、守るよ。この“普通”も、グレアも」


その声音は、あまりにも優しくて、あまりにも――強かった。


 


だが、翌朝。


ギルドを通じて王都から“仮面舞踏会”の招待状が届く。


そしてそこには、こう書かれていた。


「世界の核を偽る者へ――“旧王族”からの招待を」


イアは、カードをそっと閉じると、笑った。


「さて――“お忍び世界調停者”、ちょっとだけ夜遊びかな」

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