第38話 実技試験
ノーア魔導学院では、毎月一度「実技査定日」が行われる。
貴族たちは自らの血統と魔力を示す場としてそれを誇り、教師たちは学生の将来性を見極める機会とした。
その日、イアにも順番が回ってきた。
「次、イア」
「……あの転入生か。へえ、どんな魔法を使うんだろ」
「外見だけじゃ判断できないしね。まあ、凡人ならこの場で炙り出されるさ」
生徒たちの興味と不安と警戒が入り混じる視線を、イアはただ静かに受け止める。
(抑える。必要最小限だけ。そうしないと、また――)
彼女の中には、途方もない力が渦巻いている。
それは大地を震わせ、天を割り、存在そのものを再構築しうる、“世界の構成因子”に等しいほどの魔力だった。
だが、今日使うのはほんの一滴。
「課題は《水系魔法:指定標的破壊》。魔力制御と精度を評価する。準備ができたら開始を」
「はい」
目の前に現れたのは、魔力強化された標的石。普通の初級生なら苦戦するだろう。
けれど――
「……《霧水刃(ミストブレード)》」
ぽつりと囁いたイアの指先から、白い霧がすっと広がった。
次の瞬間、霧は音もなく鋭利な刃へと変わり、標的を静かに――だが完璧に、縦一閃で切り裂いた。
「……ッ!」
「今のって、初級魔法か? 威力も、精度も……桁違いだろ」
「なのに魔力の波動が……見えなかった」
驚愕の声が漏れる中、教師のひとりがメモを取る手を止め、視線を鋭くする。
「魔力の“無音起動”……いや、それ以前に“濾過されすぎて”感知できないのか?」
ただ者ではない。けれど、それは“力を誇示した者”ではなく“力を隠した者”への畏れだった。
イアは静かに一礼すると、その場を後にする。
だがそのとき、ふと気配を感じて振り向いた。
「……?」
誰かが、こちらを見ていた気がした。
ほんの一瞬、時空の膜が揺らいだような、そんな――懐かしさすら伴う気配。
その夜、寮の自室で考え込んでいたイアに、ふと声が届いた。
「転入生さん、少しいい?」
姿を現したのは、生徒会所属の少女「グレア・グランディール。
彼女は学園の実質的な“情報掌握者”であり、同時に教師陣すら手を出せない領域を管理していた。
「あなたに見てもらいたいものがあるの。“地下”へ来てほしいの」
「地下……?」
「封印された“旧時代の図書館”があるわ。正式には、一般立ち入り禁止区域。でもあなたなら、見えると思う。“記録された真実”が」
イアの目がわずかに揺れた。
(この学院に、旧世界の知が残っている……?)
案内された通路は、生徒や教師すら知らぬ抜け道だった。
魔力によって封じられた扉を、グレアは迷いなく解いた。
「どうぞ。――あなたの、記憶を確かめに」
地下深く、封印の奥に眠る「禁書の間」には、かつてこの世界を生んだ存在たちの記録――そして、イアという名の“世界そのもの”に関する記述がわずかに残されていた。
それを前に、イアはただ静かに立ち尽くす。
「……知ってる気がする。ここに書かれてるのは、“わたしの”ことじゃない。でも……なぜだろう。懐かしい」
ロゼが横目で、イアの横顔を見つめる。
(あなたは何者なの……? 本当に“ただの転入生”なの?)
けれどこのときはまだ、誰も知らなかった。
この転入生こそが、世界そのものの“核”であり、
やがて神々すら動かす“存在の座標”となることを――
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